一般社団法人 地域創造

平成24年度アートミュージアムラボ報告

平成24年度アートミュージアムラボ報告 2013年3月6日~8日

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写真
左上:事業体験プログラム①「むすびじゅつ」平川渚がスノドカフェで滞在制作したインスタレーション
右上:受講生は遠藤一郎の「未来へ号」に乗車して「むすびじゅつ」を回遊
左下:事業体験プログラム②「耳で楽しむ美術館─ 朗読とチェロの午後『セロ弾きのゴーシュ』」
右下:ゼミ7「大学との連携・コンソーシアムの可能性」(静岡県立美術館の活動をサポートする静岡大学の学生たち「KenBee」と意見交換)

 今回で3回目となる公立美術館等職員のための研修プログラム「アートミュージアムラボ」が3月6日から8日まで静岡で開催されました。この研修の特徴は、先進的な地域交流型の事業を行っている公立美術館を会場に、実際に行われている事業を受講生が体験する「事業体験プログラム」です。今回は静岡県立美術館との共催で、現代アートによる地域連携プロジェクト「むすびじゅつ」と、美術館と静岡県舞台芸術センター(SPAC)との連携による朗読コンサート「耳で楽しむ美術館」を取り上げ、美術館と地域の連携の新たな手法や事業の文化政策への位置づけについて学びました。ご協力をいただきました関係者の皆様には心より感謝を申し上げます。

 

●多彩な講師陣による地域との連携事例
 コーディネーターを務めたのは、日本近代洋画やロダンを専門としながら、ミュージアムマネジメントや美術館の評価システムに取り組む静岡県立美術館の泰井良上席学芸員です。初めに「公立美術館が連携をする際に最も意識するのが『地域』。他の施設や住民、アーティスト等との連携について、その考え方を第一線で活躍する講師からお聞きし、さまざまな課題について全員でディスカッションを行います」との説明がありました。
  最初の講義は東京大学名誉教授であり静岡県立美術館長の芳賀徹さんです。芳賀さん自身の美術との出会いについて、フランス留学時代のパリの宿舎、メゾン・ド・ジャポンの住人たちとの思い出やパリで出会った作家や作品など、数多くのスライドを交えて講義が行われました。「同じアパートに住んでいた今井俊満や堂本尚郎と朝晩一緒に過ごし、彼らの制作を間近で見ていて、『きれい』より『強い』絵がいいと思うようになったのが美術への目覚めだった。アーティストは命、快楽、すべてを懸けてモノを創り出す、野獣性と最先端の知性を併せ持った存在だ。美術作品は人間の根源から生まれるもので、音楽や詩歌も同じ。そのような芸術についての生々しい体験が地域連携には必要ではないか。」という情熱的な言葉一つ一つに受講生は聞き入っていました。
  次に、芦屋市立美術博物館で開館時から勤務し、兵庫県立美術館に移り教育普及やコレクションを通した地域との連携に取り組んできた河﨑晃一さんは、「学芸員が志を持ち続けても自己満足ではダメ。住民と設置者の双方が美術館を必要と感じていなければ美術館は無くなる。外との連携と同様に中との連携が大事」と、自らの経験に基づいたお話をいただきました。
  続いて、ミュージアムエデュケーションプランナーの大月ヒロ子さんは、美術館と教育や福祉、医療等の他分野との「機能連携」の事例や、現在自らが取り組む廃材を活用したクリエイティブ・リユースの紹介により、学芸員が地域に切り込んでいく方法を伝え、静岡県立美術館の坂田副館長は、自らが立ち上げた県内の美術館が連携して市内の小学生を招待する「キッズアートプロジェクトしずおか」での試行錯誤と、今後目指す県域での組織づくりの構想を基に、政策的な連携について紹介しました。

 

●地域とつながる2つの事業体験
 「むすびじゅつ」(*1)は、静岡県立美術館で現代アートを担当する川谷承子上席学芸員と市内のアート関係者が連携し、静岡ゆかりの作家8名の作品を市内6会場に点在させる初めての取り組みです。「1時間で行けるので刺激が欲しい人は東京へ行ってしまう。これまでの当館での現代アートの企画展は、苦労の割に手応えが薄かった。美術館から点で発信するだけではダメで、地域のさまざまな人とつながり、面で発信していくことが必要だと思った」と川谷さん。静岡のアートシーンを盛り上げるため、6年ほど前からアーティストと市民が交流できるイベントを多数実施しているオルタナティブスペース・スノドカフェ主宰の柚木康裕さんや静岡市美術館の青木良平学芸員たちと議論を重ね、今回の企画に至りました。
  受講生は出展作家のひとり、遠藤一郎さんの作品兼住居である「未来へ号」に乗り、約2時間半をかけて6会場を巡りました。Gallery PSYSの榊原幸弘さんは、「各会場はそれぞれの得意分野がある。民間の会場は夜遅くまで開けられるし、このギャラリーはある程度建物にダメージを与えることも許容できる。小さなギャラリーにとってこうした連携は存在を知ってもらうチャンスになる」と話していました。また、遠藤さんはSPACに展示された市民とのワークショップ作品の前で、「政治や教育などでできないことをやるのがアートや文化。それを言葉ではなく形にして伝えたい」と熱い思いを語りました。

 「耳で楽しむ美術館」は、県立の6つの文教施設が参加する「ムセイオン静岡」(*2)の一環として、美術館とSPACが連携して実施しているものです。今回はSPAC文芸部の大岡淳さんの演出で、俳優の奥野晃士さんとチェロの長谷川陽子さんによる朗読コンサート『セロ弾きのゴーシュ』が美術館のエントランスで行われ、約540名もの観客が詰めかける大盛況となりました。
  その後のディスカッションでは、“作品のクオリティと親しみやすさの両立”“作品を地域にどう伝えていくか”“活動の継続に必要なものは”といった課題について、受講生による積極的な議論が行われました。

 

●設置者とつながるために
 3日目は、静岡県立美術館と共同研究している北海道大学教授の佐々木亨さんによる“美術館に一度も来館したことのない人=未来館者”に対する調査方法と分析結果についての講義からスタート。「来館したことのない住民を来させるのではなく、来ないままでも美術館が地域にあることを誇りに思うような社会を目指すにはどうすればいいか。そのためには、ステークホルダーごとに美術館の意味を顕在化させることが重要」と佐々木さん。
  研修の締めくくりとして、『事業(美術館)と文化政策(設置者)をつなぐには何が必要か』をテーマに2時間のフリーディスカッションが行われました。最後に、泰井コーディネーターが受講生の問題意識や各館の課題にふれながら、「連携は人と人とのつながりであり、つながることで事業は広がる。それは、一人より遥かに大きなパワーになる。サイレントマジョリティ(物言わぬ多数派=未来館者)を味方に付けることで大きな渦となり、設置者が動かざるを得なくなった時、継続性の芽が見えてくる」と、設置者との関係性を戦略的に構築している自館を例にお話しされ、3日間の充実した研修を終えました。

 

●研修プログラム
◎第1日(3月6日)
・ゼミ1「私の戦後美術体験」(芳賀徹)
・ゼミ2「美術館が地域にできること」(河﨑晃一)
・ゼミ3「美術館が異分野連携することで得られるもの」(大月ヒロ子)
・ゼミ4「キッズアートプロジェクトの取組み」(坂田芳乃)
◎第2日(3月7日)
・概要説明/事業体験プログラム①説明
・事業体験プログラム①「むすびじゅつ─ 結ばれていく、結んでいく、結んでいく術を考える」
・ゼミ5「ムセイオンの取組みとこれからについて」(中沖英敏、小針由紀隆)
・事業体験プログラム②「耳で楽しむ美術館ー朗読とチェロの午後『セロ弾きのゴーシュ』」
・パネルディスカッション「美術と地域とのコラボレーションの可能性」(大岡淳、大月ヒロ子、河村章代、柚木康裕、泰井良)
・グループディスカッション「ワールド・カフェ:美術と地域とのコラボレーションの可能性」(内田稔子、大月ヒロ子、川谷承子、河村章代、泰井良)
◎第3日(3月8日)
・ゼミ6「静岡県立美術館の公益性をあらためて考える─未来館者調査結果から─」(佐々木亨)
・ゼミ7「大学との連携・コンソーシアムの可能性」(平野雅彦)
・フリーディスカッション「文化政策と美術館をつなぐもの」(佐々木亨、平野雅彦、泰井良)

 

*1 「むすびじゅつ─結ばれていく、結んでいく、結んでいく術を考える」静岡ゆかりの若手現代アーティスト8名が静岡県立美術館や映画館、劇場など市内6会場に作品を展示するプロジェクト。
[主催]むすびじゅつ・しずおか
[日程]2013年3月5日~10日
[会場]Gallery PSYS、ボタニカアートスペース、静岡シネ・ギャラリー、静岡県舞台芸術センター(SPAC)、オルタナティブスペース・スノドカフェ、静岡県立美術館
[参加アーティスト]川見俊、辻牧子、辻直之、遠藤一郎、臼井良平、野沢裕、八木貴史、平川渚
http://www.musubijutsu.net/

 

*2 ムセイオン静岡
2009年、静岡市谷田地区周辺の県立施設6館が相互協力して、文化・芸術・教育を学ぶ場を提供し、文化発信に取り組む連携事業。
[連携施設]静岡県立大学、静岡県埋蔵文化財センター、静岡県舞台芸術センター、静岡県立中央図書館、静岡県コンベンションアーツセンター グランシップ、静岡県立美術館
◎「耳で楽しむ美術館―朗読とチェロの午後『セロ弾きのゴーシュ』」
[主催]静岡県立美術館、財団法人静岡県舞台芸術センター
[日程]平成25年3月7日
[会場]静岡県立美術館1階エントランスホール
[出演]演奏:長谷川陽子(チェロ)、朗読:奥野晃士(SPAC専属俳優)
[演出]大岡淳(SPAC文芸部)
[テキスト]宮沢賢治『セロ弾きのゴーシュ』
[曲目]J.S.バッハ 無伴奏チェロ組曲より ほか

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