一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.35 美術館の改修① 世田谷美術館の事例[1]

講師 橋本善八
(世田谷美術館 美術課長 )

 

 日本各地で美術館の大規模改修が相次いでいる。1970年代末から80年代にかけて、日本では数多くの地方美術館が建設されたが、これらの施設の設備が一斉に20年~25年の耐用年数を迎えているためだ。

 例えば、2年間の改修工事を経て2008年にリニューアルオープンした群馬県立近代美術館(1974年開館・磯崎新設計)、今年7月から改修工事に入った米子市立美術館(83年開館)、2年の大規模改修を終えて今年4月にリニューアルオープンした東京都美術館(75年開館・前川國男設計)、現在、改修計画を策定中の福岡市美術館(79年開館)などが挙げられる。

 86年に建設された世田谷美術館も同様に設備の更新時期を迎え、2011年7月から改修に着手し、12年3月にリオープンした。建物自体の耐震性や老朽化の度合い、展示室の状況、バリアフリーに対応しているかといった施設の状況や事業内容、設置主体の財政、直営施設か指定管理者施設かなど、前提が異なるため、改修計画の策定方法や改修内容は、それぞれの施設で全く異なる。今回は、その一例として設備の更新を中心に行った世田谷美術館の取り組みについて紹介する。

●世田谷美術館改修のポイント

 世田谷美術館の改修におけるポイントを挙げると、次の5つになるだろう。

 

①指定管理施設における改修計画づくり
②1万6,000点に及ぶコレクションの扱い
③改修環境づくりと安全な職場環境の確保
④空調関係の設備更新のあり方
⑤休館中の事業展開(継続事業の存続と広報)

 

今回は①②について説明する。

 

①指定管理施設における改修計画づくりとスケジュール

 美術館の改修の主体はあくまで設置主体である世田谷区であり、すべての決定権は区にある。世田谷美術館の改修計画においては、美術館(財団)を所管する生活文化部文化・国際課と建物修繕を所管する施設営繕課が区側の担当となり、美術館運営に携わっている指定管理者である公益財団法人せたがや文化財団(世田谷美術館以外に世田谷文化生活情報センター、世田谷文学館を運営)の事務局と美術館メンバー、設計事務所・協力会社により計画づくりが行われた。

 改修計画づくりの大きな流れは下図のとおりだ。美術館では、25年を目途に空調設備の耐用年数が来ることから、09年頃から改修についての議論が行われていた。しかし、小中学校(約100校)の耐震化工事など区が有している施設のメンテナンスを順次行う必要もあり、営繕のために必要な予算全体でタイミングが検討されるため、美術館の状況だけでスケジュールを決めることはできず、結局、当初予定より2年ほど遅れての改修となった。

 当初、設置者と美術館が改修により「世田谷美術館の魅力アップ」という観点で1年ぐらい議論を行った。美術館内にプロジェクトチームを立ち上げてアイデアを出しあったりもしたが、予算が無ければ何も実現しない。収蔵庫の増築や緑青が剥がれてしまった屋根の修復等も必要とされたが、結局、躯体の老朽化も含めて次に大規模改修をせざるを得なくなる十数年後まで美術館として存続できるために必要な空調設備や水回り、電気系統の改修が今回の主たる目的となった。

①改修工程

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②1万6,000点に及ぶコレクションの扱い

 収蔵庫に入れたままで工事は可能なのか、工事期間中は外部に美術品専用の倉庫を借りて全作品を移動させるのか、あるいは展示室など館内の別の場所に移して保管するか─。1万6,000点に及ぶコレクションの扱いについては、改修計画が動き出した早い段階から多角的に検討がなされた。しかし、入札で施工業者が決定するまでは作業手順も確定せず、ぎりぎりまで具体的な対応策を決めることができなかったため、さまざまにシミュレーションを行った。

 まず、倉庫を借りてコレクションを移すことを考えて保険会社の見積もりを取った。環境の整った倉庫に移すことが作品管理の上で最も安全だというのが通常の考え方だが、保険会社の評価は全く異なる。高価なものを美術館の外に移動し、1カ所に集めて保管することはリスクが高いと判断され、保険料が跳ね上がってしまう。世田谷美術館の場合、輸送・保険料だけで億単位となることが判明し、倉庫に移すことは諦めざるを得なかった。

 また、休館中のコレクションの有効活用を区から求められたこともあり、多くの美術館に声を掛け、まとまって作品を貸し出せるところを探して交渉。企画が終了した後も、改修工事が終わるまで作品を預かってもらうようにし、有効活用とリスク軽減の両立を図った。

 群馬県立近代美術館の改修では、展示室にコレクションを移して管理を行ったが、世田谷ではメイン空調とサブ空調を切り替えながら行えば、大半の作品を収蔵庫に入れたまま改修できることが判った。空調機を取り替える際、1週間だけはどうしても空調を止めなくてはいけない状態になるが、空調機の設計者、施工業者および施設の維持管理を委託している委託会社との話し合いで、気候の安定する11月上旬であれば収蔵庫の構造上問題はないという判断だった。ダクト交換に際して工事で出た微細なゴミが収蔵庫に入らないよう吹き出し口に何重もフィルターを設置し、データロガーを使って環境測定をしながら1週間を乗り切った。結果的にほとんど環境に変化はなかった。

 ちなみに、作品の保管については改修に際して専門業者がいるわけではなく(また、専門業者に委託されているわけでもなく)、学芸部の担当領域となる。しかし、区から指定管理者に改修業務について改めて委託されるわけでもない。一方、施工業者は収蔵庫に何もない状態を前提に作業を行うことになっていたため、相応の協議を重ね、問題があった時には設置者である区が責任をもつという約束で作業が進められた。

②収蔵作品の保管に係る館内準備作業

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●世田谷美術館
〒157-0075 東京都世田谷区砧公園1-2
http://www.setagayaartmuseum.or.jp/
[開館]1986年3月
[敷地面積]19,000㎡
[建築面積]4,882㎡
[延床面積]8,577㎡
[設置者]世田谷区
[運営者](公財)せたがや文化財団
[設計者]内井昭蔵建築設計事務所

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