東日本大震災から1年5カ月経った8月11日、5回目となる「福島現代美術ビエンナーレ2012─SORA─」が開幕した。会場は、震災時に輸送の要となった福島空港。海外からの参加を含む80名以上のアーティスト、日米大学生による多彩な作品が展示された。
オノ・ヨーコは“空”を題材にした詩を贈り、河口龍夫は震災後に“闇”を封印した作品『DARK BOX-2011』(*1)を今も運休中の国際線カウンター前に設置。河口は「震災後は手が止まらなくなって、1年で200点以上も制作しました。落ちている昆虫の足もゴミに見えず、蜜蝋のケースに入れて作品にしたほど。良い悪いという判断もせず、僕自身のすべてを解放したんです」と言う。
ひときわ目をひくのが、ロビーにすっくと立つ高さ6.2メートルの巨大彫刻『サン・チャイルド』だ。放射線をテーマに防護服に身を固めた像をつくり続けてきたヤノベケンジが震災後に制作した作品で、大きな瞳の子どもが防護服のヘルメットを脱ぎ、太陽を持ち、顔を上げて空の彼方を見つめている。「実行委員長の渡邊さんからこの作品を(渦中の)福島で見せたいと言われて、正直ためらいました。しかし、それではいけない、今、福島から世界に向かって発信することこそ重要だと覚悟を決めました」とヤノベは言う。
上:メイン会場・福島空港のロビー。円谷英二の出身地であることから、福島空港にはウルトラマンや怪獣があちこちに展示されている。右にそびえ立つのがヤノベケンジの『サン・チャイルド』
下:壁を埋めたフロッタージュの中には、鉛筆でなぞった飯舘中学校校歌もあった。
同ビエンナーレが始まったのは2004年。呼びかけたのは福島大学准教授であり、アーティストでもある渡邊晃一だ。「私が着任した2000年当時、福島には現代美術を見る場所も発表する機会もほとんどありませんでした。04年に教育学部が人類発達文化学類に改編されて、新たな人材の育成を求められるようになったことから、地域の文化創造の担い手の育成と、地域の方々と美術の面白さを共有する場としてビエンナーレを始めました」と渡邊。
福島県文化センターを会場にグループ展として出発した1回目で4,000人を動員。以後、街なかへと会場を拡大し、08年には県内の美術館・博物館の学芸員や内外の大学教員とのネットワーク組織「芸術による地域創造研究所」が発足。また、同じく渡邊が関わる会津美里町の「風と土の芸術祭」や、「IWAKI ARTトリエンナーレ」「会津・漆の芸術祭」も次々と始まるなど、アート・プロジェクトの輪が広がっていく。そこに、震災が起こった。
「実は2010年の後しばらく休むつもりでした。が、震災をきっかけに始めた『Koi 鯉アートのぼり』(*2)でさまざまな繋がりが出来、またアーティストからも協力できないかという声が届き、これはやらなければと思いました」(渡邊)
福島グローバルロータリークラブの震災前からのオファーもあり、会場は空港に決定。しかし、資金難により『サン・チャイルド』の設営費さえ確保できず、ヤノベ自身がイラストを描き、サポーターを募集して資金を集めた。
一方で、震災後に発表の場を探していたアーティストからは参加の申し出が相次いだ。郡山市在住の書道家・千葉清藍は「震災前から県内の全市町村を巡り、書を書いてきましたが、あと6カ所というところで震災が起こった。お世話になった方々の顔が浮かび、今こそ“美しき福島”を伝えたいと、渡邊さんに連絡を取りました」と言う。また、須賀川市で生まれ、現在はニューヨークで活動する映像作家の武田慎平は、震災後から福島各所の土に含まれる放射線で印画紙を感光させる作品を制作していた。「地元の人たちがどう思うのか心配しましたが、祖母の友人が活動資金を渡してくれるなど応援してくれた。直接的すぎると言われ、発表の機会がなかったのですが、ようやく展示できた」と言う。
運営を担う福島大学の学生たちも、連日空港近くの公民館に泊まり込み、深夜まで作業を行った。大学院1年生で、学部1年生からビエンナーレに関わってきた副委員長の園部章代さんは、「今も喪失感が続いています。でも、これに関わることで、福島を再発見し、福島だからこそやる意味を考え始めています。ビエンナーレでの経験は、これからの私を支えてくれると思います」と言う。
運営は容易ではない。だが、3.11後、「アーティストとして、人間として何をすべきか」を問いかけた作品が空港に集い、世界に飛び立とうとしている。
(アートジャーナリスト・山下里加)
●福島現代美術ビエンナーレ2012─SORA─
2006年から「Sora 空」、「YAMA 山」(2008年)、「HANA 花」(2010年)のテーマを掲げて開催。
[企画・主催]福島現代美術ビエンナーレ実行委員会、国立大学法人福島大学芸術による地域創造研究所
[会期]2012年 8月11日~ 9月23日
[会場]福島空港、空港公園ほか
http://www.wa-art.com/bien/bien2012/
※公式サイトで協賛金募集中
*1 『DARK BOX-2011 』
震災後にいわき市立美術館で開催された『光あれ! 河口龍夫─ 3.11以後の世界から』(2012年4月3日~22日)に出品された作品のひとつ。河口が震災後に制作した200点以上の作品すべてを展示した。
*2 「Koi 鯉アートのぼり」プロジェクト
福島大学の芸術による地域創造研究所によるアート支援プロジェクト。鯉のぼり型の生地に自由に絵を描き、展示する避難所の子どもたちを対象にしたワークショップから拡大。