一般社団法人 地域創造

調査研究事業報告 平成22・23年度調査報告「文化・芸術を活用した地域活性化(行政効果の検証)に関する調査研究」

吉本光宏(株式会社ニッセイ基礎研究所主席研究員・芸術文化プロジェクト室長)

 文化・芸術活動は、地域の抱える諸課題に対する“総合的な処方箋”であり、地域活性化の“起爆剤”となり得るという観点から、地域創造では幅広い調査研究を行ってきた。その一環として、平成20・21年度は教育と福祉に焦点を当てた「文化・芸術による地域政策に関する調査研究」を実施し、「新[アウトリーチのすすめ]─文化・芸術が地域に活力をもたらすために」を作成した。

  平成22・23年度に実施した「文化・芸術を活用した地域活性化に関する調査研究」では、対象領域を地域の安心・安全から、観光・商工、地域の環境、地域・コミュニティにまで広げ、全国各地からより多くの事例の収集・整理、分析を行った。ここでは、その成果を取りまとめた報告書「地域における文化・芸術活動の行政効果」の概要を紹介したい。

●従来の文化行政にない発想を

 これまで地方公共団体の文化行政は、劇場やホール、美術館などを整備し、音楽や演劇、ダンス、美術などの文化・芸術を地域住民に提供したり、施設や場の提供を通して地域の文化活動を支えたりする施策を中心に実施されてきた。こうした取り組みは、住民に感動をもたらし、地域ならではの文化・芸術の振興に結び付くなど、大きな成果を収めてきた。

 最近になって、そうした文化・芸術の役割をとらえ直す動きが活発になっている。文化・芸術が地域や住民に対して多様な効果や便益をもたらすケースが増えてきたためである。その領域は非常に幅広く、現在の行政課題に通じている。そこでこの調査研究では、最終的な成果として、表に整理したとおり、6つの分野ごとに提言を取りまとめた。

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 これらの提言を導き出すため、本調査研究は「参考事例の収集・整理」「代表事例の調査・分析」の2つのアプローチから進められた。前者では、既存の文献や調査資料の整理、インターネット検索などの方法によって、実施地域、効果の及ぶ行政分野、芸術分野などのバランスを考慮して初年度に約150件の事例を収集。2年目に効果を及ぼす行政分野の幅広さ、事業の継続性、実施体制などの視点に基づいて、最終的に100件を抽出し、各事例を1枚のデータシートにまとめて別冊資料集に「参考事例集」として掲載した(*1)。

 

*1 参考事例集では、地方公共団体がそれぞれの関心分野や役割、芸術分野、団体規模に応じて次の分類から参考事例を検索できるよう一覧表を添付した。

●関連する行政分野:安心・安全、福祉、教育、観光・商工振興、地域の環境、地域・コミュニティ

●地方公共団体(または公共文化施設)の関わり方:事務局、財政支援、場の支援、人材支援、情報提供、その他

●活動の芸術分野:音楽、ダンス、演劇、美術、伝統芸能、その他

●地方公共団体の規模:5万人未満の市町村、5万人以上の市町村、10万人以上の市、30万人以上の市、政令指定都市・東京23区、都道府県・全国

 

 報告書では、それら参考事例から見えてきた傾向についても、提言と同じ6分野に分けて分析・整理を行っている。

●各地の実践例に見る幅広い効果

 100件の参考事例の中から、効果のある行政分野、文化・芸術の分野、地方公共団体の規模や地域バランスなどを考慮し、6つの代表事例を抽出し、現地調査と関係者へのインタビュー調査を実施した。その結果、各地で文化・芸術のもたらす幅広い効果の実態が明らかとなった。その中から3件の概要を紹介しよう(*2)。

◎「写真の町」東川町(北海道東川町)

 1985年から国際写真フェスティバル、95年から写真甲子園を開催するなど、写真の町としての事業を四半世紀以上継続してきた結果、町職員の意識や町民との関わり方が変化し、行政と住民が一体感をもって地域の魅力を生み出そうという機運が高まり、地域の農産品のブランディングや観光、産業の活性化にもつながった。

 今では、過疎に新しい価値を与えて「価疎」に転換するのは文化しかない、という考え方に基づき、町長自らが先頭に立って文化事業を推進している。

◎神山アーティスト・イン・レジデンス(徳島県神山町)

 1992年に地元NPOが国際交流事業を立ち上げ、その後の県の国際文化村構想を受けて、99年に神山アーティスト・イン・レジデンス事業(KAIR)をスタート。「作家としてのキャリアや作品の評価よりも、アーティストと地域との関わり方を重視したい」という考え方を貫き、地元住民によって運営されてきた。

 その結果、徐々に国内外のアーティストやクリエーターが定住する事例が生まれ、IT系のサテライトオフィスの誘致にも成功するなど、KAIRが起点となった「開かれた田舎の魅力」が、都会からの移住に結びついている。

 過疎と高齢化に直面する神山町は、人口が減少しても持続可能なまちを実現しようという「創造的過疎」の考え方によって、全国から注目を集めている。

◎BEPPU PROJECT(大分県別府市)

 世界有数の温泉地別府での国際芸術フェスティバルの開催を目的に2005年に創設されたNPOは、行政とも連携しながら、「別府市中心市街地活性化基本計画」に事業を提案。空き店舗の改修によって8つの拠点を整備し、地域の回遊性を高めることに成功した。09年に「混浴温泉世界」と題した現代芸術フェスティバルを開催し、翌10年からは中心市街地全域を活用して市民の文化活動を支援する「ベップ・アート・マンス」をスタートさせ、集客・交流人口の増大につなげている。

 文化・芸術がもつ「触媒」としての特性を活かすことで行政、NPO、大学、民間企業のネットワークが広がり、老朽化した空き店舗などの地域資源の再発見や活用も促進されている。

 

*2 他の代表事例は次の3件。

●NPO法人DANCE BOX(神戸市)
●いわき芸術文化交流館・アリオス(福島県いわき市)
●イザ!カエルキャラバン!(NPO法人プラス・アーツ)

別冊資料集では、6つの代表事例の概要を整理した上で、詳細なインタビュー記録を掲載した。そこからは、いかに多くの人たちが、立場の違いを超えて共通の目標に向けて努力しているかが浮かび上がってくる。

●文化・芸術による地域活性化の留意事項

 しかし、これら幅広い効果を導き出すためには留意すべき点も少なくない。本調査研究ではそれを次の7点に整理した。

 

◎首長や行政幹部が文化・芸術には多様な効果があることを認識し、その理解を深めること
◎異なる分野の取り組みを結びつけられる文化・芸術の特性を活用し、他の行政分野における新たな発想を引き出すこと
◎文化・芸術事業そのものの独自性や質的な価値を追求する姿勢を重視すること
◎短期的な問題点や課題に振り回されることなく、長期間の変化や発展、成果の蓄積を見守り続けること
◎アウトプット(結果)、アウトカム(効果)、インパクト(波及効果)など、事業の成果を多様な視点から評価すること
◎文化・芸術による地域活性化の推進機関として文化施設の機能や役割を大きく捉えること
◎文化振興部局から他部局への働きかけや連携を促進するとともに、首長のリーダーシップを発揮できる推進体制を構築すること

 

 文化行政を取り巻く環境は厳しさを増す一方である。しかし、この調査研究の成果は、文化政策がもはや文化・芸術のためだけではないことを如実に示している。報告書が活用され、各地で文化・芸術による地域活性化が推進されることを願いたい。

 

●提言検討委員会委員
太田耕人(京都教育大学教育学部英文学科教授)
熊倉純子(東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科教授)
澤井安勇(帝京大学教育学部客員教授)
高橋正樹(高岡市長)
田辺国昭(東京大学公共政策大学院院長、東京大学大学院法学政治学研究科教授)
平田オリザ(劇作家、演出家、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授)
吉本光宏(株式会社ニッセイ基礎研究所 主席研究員・芸術文化プロジェクト室長)

 

●事例検討会委員
大谷燠(NPO法人DANCE BOX代表)
大月ヒロ子(有限会社イデア代表取締役、ミュージアムエデュケーションプランナー)
苅宿俊文(青山学院大学教授、NPO法人学習環境デザイン工房代表)
中島諒人(演出家、鳥の劇場主宰)
長谷川聡(北海道医療大学看護福祉学部准教授)
藤浩志(アーティスト、NPO法人プラス・アーツ副理事長)
若林朋子(社団法人企業メセナ協議会シニア・プログラム・オフィサー)
*順不同・敬称略(肩書きは就任当時のもの)

 

●本報告書は当財団ウェブサイトからも閲覧・ダウンロードが可能です。
https://jafra-web.comcre.work/

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