静岡県立美術館で開催中の収蔵名品選「カラーリミックス ─若冲も現代アートも─」の関連企画として、音楽家の野村誠さんのワークショップ「絵から音楽をつくろう!」が開かれた。これは、本物の絵を楽譜に見立て、公募で集まった人たちと即興で曲づくりを楽しもうという企画だ。野村さんは、特別養護老人ホームの老人たちとコラボレーションするなどユニークな共同作曲で知られている。
「美術作品から発想を得る共同作曲は、2004年にイギリスで初めて行いました。その後、徳島県立近代美術館、群馬の館林美術館、福岡市美術館で行い(*1)、今回が5回目です。絵を楽譜にすると、従来の音楽や作曲の約束事から解放された自由な音楽が生まれる。また、『この絵のどの部分を、どの楽器で演奏しますか?どう演奏しますか?』とディスカッションしていくと、作品のディテールまで長い時間鑑賞して色々な発見をしていく。その体験がとても驚きだった」と野村さん。
上:講義室でレクチャーする野村さん
下:正木隆の《狭山9月》で作曲するチーム
Photo: Rika Yamashita
今回は4月21日、22日の2日間、各4時間にわたり、みんなが持ち寄った楽器や音の出るものを使ってワークショップが行われた。取材に訪れた22日には、5歳の子どもから大人まで14人が参加していた。午前中は、講義室で即興で作曲するためのウォーミングアップが行われた。ヴァイオリンや鍵盤ハーモニカ、鈴や民族楽器、中にはプロパノータというオリジナル楽器まである。野村さんによる自己紹介代わりの鍵盤ハーモニカ演奏に続き、とりあえず全員で音を出す。次いで、楽器の種類ごとに順に音を出し、最後に全員で合奏しながら作曲し始める。順番も出す音も参加者の意見で決めるが、迷う人がいると野村さんがアドバイスする。そうして合奏すると、「音楽」に聞こえるから不思議だ。その後も絵や体の動きによる作曲体験をし、午後にはいよいよ展示室へ向かった。
通常の来場者もいる中で、参加者たちは楽器片手に若冲の大作《樹花鳥獣図屏風》の前に座った。野村さんからの「どうしたい?」という質問に応えようと絵を見つめる参加者たち。すると「あれ?水辺に緑色の変な動物がいる!」「この絵は何回も見ているのに初めて気づいた」といった会話が聞こえてきた。音楽にすることを目的としながら、深い鑑賞の時間になっていることに驚く。この作品では、ヒョウの斑点やリスの尻尾までが音に変わった。
そしていよいよ2、3人のグループに分かれて自力での作曲に挑戦。今回は美術館が指定した6作品(*2)が題材だった。「当館のコレクションの多様性を知ってもらえるよう、日本画や油彩画、彫刻、現代アートなど時代も国もさまざまな作品を選びました」と担当学芸員の大原由佳子さん。当初とまどっていた参加者も、1時間もかからず曲を完成させた。
シニャック、ヴラマンク、モネの風景画を作曲したチームは、教会の鐘や風、人々のざわめきなどを曲に取り込んだ。アンドレの《鉛と亜鉛のスクエア》(2種類の灰色の板が交互に床に敷かれた作品)に当たった女性2人組は、1枚ずつの金属板の傷や汚れに注目した。正木隆の《狭山9月》のチームでは、7歳の少女がヴァイオリンで、闇の中を歩いている小学生の不安な様子を表現した。ブランクーシの金属彫刻では、表面に映り込む周囲の日本画の様子までを表現し、展覧会の来館者からも喝采を浴びた。
正木作品でヴァイオリンを演奏した少女のお母さんは、「楽譜を見て練習する毎日で落ち込んでいたので、音楽にもっと楽しくふれてほしくて申し込みました。今日の演奏は私にとっても意外で、娘の新しい面を発見できました」と喜ぶ。他の参加者たちも「30分もひとつの作品を見たのは初めて。自分が作曲した作品に対して愛着が生まれた」と充実した表情で語った。
今回のワークショップで生まれた曲は、後日野村さんがピアノ曲として作曲し、その譜面を館内で無料配布する予定だ。「楽譜になることで、皆さんの家庭や世界に広まっていく。この曲が演奏される時は静岡県立美術館とそこにある絵のことを思ってもらえるのでは」と野村さん。美術館の中核を成す収蔵作品と人々を深く結びつけ、多くの可能性を生み出す秀逸なワークショップだった。
(アートジャーナリスト・山下里加)
●静岡県立美術館収蔵名品選「カラーリミックス ─若冲も現代アートも─」
[会期]2012年4月14日~5月27日
[主催・会場]静岡県立美術館
◎ワークショップ「絵から音楽をつくろう!」
[会期]4月21日、22日(10:30~15:30、昼休憩1時間)
[講師]野村誠
[対象]小学生以上
*1 福岡市美術館のワークショップを元に野村誠が作曲したピアノのための21の小品「福岡市美術館」に対して、遠田誠・高須賀千江子がデュオ・ダンス「福岡市美術館REMIX」を創作。2010年に福岡市美術館ロビーで発表。
*2 楽譜として使用された作品(22日)伊藤若冲《樹花鳥獣図屏風》、カール・アンドレ《鉛と亜鉛のスクエア》、正木隆《狭山9月》、クロード・モネ《ルーアンのセーヌ川》、ポール・シニャック《サン=トロペ、グリモーの古城》、モーリス・ド・ヴラマンク《小麦畑と赤い屋根の家》、コンスタンティン・ブランクーシ《ポガシー嬢Ⅱ》