東日本大震災から1年が過ぎ、被害のあった美術館も徐々に日常を取り戻しつつある。そんな中で注目されているのが、水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催中の「ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガー─力が生まれるところ」だ。作家と親密に交流してきた学芸員が2年前から企画し、震災を経て、作家と共に丁寧な作業を積み重ねて実現した過去最大規模の個展である。
スイス出身のゲルダ&ヨルクは、その土地にまつわる伝承や風俗、拾い集めた素材などを取り込んだインスタレーション作品で知られ、今回も1カ月以上水戸に滞在し、作品づくりを行った。「余震の影響も考慮してベテランの美術館ボランティアの自宅にホームステイしてもらいました」と、担当学芸員の門脇さや子さん。門脇さんは福岡の民間ギャラリーに勤務していた時に二人と出会い、今回念願かなって企画を実現した。「震災があり中止になるかも知れないと思いましたが、二人は喜んで来てくれました」と感慨深げだった。
展覧会のテーマは、「Power Sources─力が生まれるところ」。入口で古い携帯電話を頭に沢山付けたアフリカのお面のような神様に出迎えられると、そこから先は、生も死も、町で拾ってきたゴミも美も、自然界のものも人工のものもすべてが同等で、生と死と再生の循環を繰り返すという命の世界が存分に展開されていた。
上:『Nursery』
下:『Lymphatic System』
『Nursery(苗床)』と題された第1室は、博物館から借りてきた鳥の剥製が宙を舞い、小学校の古い机12台に参加者が液体をかけて育てる色鮮やかな結晶などのインスタレーションが施されていた。展示室全体を上部から薄い銀の膜で覆った新作『Lymphatic System(リンパ系)』は、銀幕の内側にボロボロになった発砲スチロールのブイや捨てられた人形や小さなゴミをたくさん吊し、その間を巡る細いチューブで水を循環させたまさにゴミのリンパ系。星空を見上げるように、ふわふわのベッドに寝そべって見上げる。また、万華鏡のような映像作品を巨大なブランコに乗って鑑賞する新作『Logic of Beauty』では、震災への想いを込めたネイチャーヨーデルが流されていた。
このほか、人々の涙を採取し、その結晶を顕微鏡で見ながら気持ちに思いを馳せる『Tear Reader』、紙幣の切れ端や髪の毛など微細なゴミに特別な物語を見い出して言葉で綴る『Sweet Little Nothing(いとしいなんでもないもの)』など、微細な見捨てられていくものに命を吹き込む心にしみる作品ばかりだった。
「元々体験型の作品が多いのですが、今回は特に知識や理屈よりもまず全身の感覚や想像力を開放して楽しんでほしいと思っていろいろ工夫しました。3.11以後、“すべては繋がっている”と強く感じるようになりました。近代以降、分断されてしまったさまざまな領域を繋いでいけるのがアートの力だとすると、ゲルダとヨルクは、対極のものを融合させて世界を一つのカタチとして表せる希有な作家です。今、この時期に紹介できて本当に良かったと思います」と門脇さん。
会期中には、震災前から取り組んできた教育プログラムも複数開催されていたが、その成果も素晴らしいものだった。高校生を対象にした無料招待期間「高校生ウィーク」では、ワークショップ室の一画を衣替えした無料カフェ「苗床喫茶」を開店。片隅に設けた観照神社の高校生が制作したおみくじが鑑賞の手引きになるなど、お楽しみが満載だった。
特に驚いたのは、0歳から未就学児を対象にした親子鑑賞ツアー「赤ちゃんと一緒に美術館散歩」が開催されていたことだ。取材当日にも行われていたが、赤ん坊が寝ころんで「リンパ系」を見上げ、若い母親がベビーカーで会場を散策していた。教育担当学芸員の中野詩さんは、「監視員さんの中からスタッフチームを組んで、1組の親子にスタッフが1名付く体制で行っています。ほとんどのスタッフに子育て経験があり、保育士の免許所持者もいます。子どもの美術体験の充実だけでなく、外出しづらい母親の気分転換や仲間づくりも目的にしています」と話す。
ゲルダ&ヨルクが望むアートですべてが繋がった、アートから生きる力を吸収する世界がそこでは実現していた。これこそ美術館の目指すべきひとつの道なのではないかと思った。
(アートジャーナリスト・山下里加)
●「ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガー─力が生まれるところ」
Gerda Steiner & Jörg Lenzlinger-Power Sources
[主催]水戸市芸術振興財団
[会期]2012年2月11日~5月6日
[会場]水戸芸術館現代美術ギャラリー
◎「赤ちゃんと一緒に美術館散歩」(ゲルダ&ヨルク展期間中は3月28日、30日の各日2回)
水戸芸術館の企画展ごとに行われる未就学児とその保護者のための鑑賞ツアー。各回5~7組の親子連れを対象に行い、駐車場まで迎えにいくなどきめ細かい対応をしている。
◎「高校生ウィーク2012」(3月8日~4月8日)
毎年恒例の、高校生と同年代を対象にした展覧会無料招待期間。アーティストや学芸員と高校生が数カ月にわたって行う「ブカツ」(『看板部』『写真部』『書く。部』)の成果発表もある。