吉本光宏(ニッセイ基礎研究所 主席研究員・芸術文化プロジェクト室長)
評価指針とアドバイザー派遣
地域創造では、平成16年度から3年間にわたって「公立文化施設における政策評価等のあり方に関する調査研究」を実施し、その成果として平成19年3月に「公立ホール・公立劇場の評価指針」を作成した。これは、指定管理者制度の導入や行財政改革を契機に、公立文化施設でも評価が厳しく問われるようになった一方で、従来の事務事業評価では、文化施設の特性を踏まえた適切な評価が困難だということが背景となっていた。
この評価指針では、評価の目的や基本的な考え方、評価の手順などが整理され、「A.設置目的」「B.運営・管理」「C.経営」という3つの評価軸に沿った評価体系に基づき、戦略目標(評価大項目)、戦略(評価中項目)、評価指標・基準から成る「戦略・評価ユニット」が示されている。それを活用すれば、館の事業や運営を自己点検でき、ミッションや事業、運営の見直しに繋がる仕組みとなっていた。
その評価指針の活用を促進し、公立文化施設における評価を定着させるため、地域創造では平成19年度から「公立ホール政策評価アドバイザー派遣事業」を行ってきた。公立ホール・劇場等にアドバイザーを派遣し、評価指針の解説および各施設の実情に応じた政策評価に関する助言を行うというもので、3年間に14館(下記データ欄参照)で実施された。
●調査研究委員会
草加叔也(空間創造研究所代表取締役)
熊倉純子(東京芸術大学音楽環境創造科教授)
中川幾郎(帝塚山大学法学部教授)
吉本光宏(ニッセイ基礎研究所主席研究員・芸術文化プロジェクト室長)
※公立ホール政策評価アドバイザー派遣事業のアドバイザーもこの4名が担当
●公立ホール政策評価アドバイザー派遣事業実施館
・平成19年度
新潟県民会館
まつもと市民芸術館
八尾市文化会館(プリズムホール)*
アステールプラザ
・平成20年度
日立シビックセンター
江東公会堂(ティアラこうとう)
富士見市民文化会館(キラリ☆ふじみ)
豊田市コンサートホール・能楽堂
高槻現代劇場*
滋賀県民芸術創造館
・平成21年度
栃木県総合文化センター
栗東芸術文化会館さきら
北九州芸術劇場*
日田市民文化会館(パトリア日田)*
*印は平成22年度の「『公立ホール・公立劇場の評価指針』の活用に関する調査研究」でフォローアップ調査を行った館。
評価指針の活用で生まれた成果
「『公立ホール・公立劇場の評価指針』の活用に関する調査研究」は、その実績や成果を振り返り、「評価指針」のさらなる活用促進を目的として平成22年度に実施されたものである。
具体的には、アドバイザー派遣事業実施館から4館をピックアップし、「評価指針」を含めた評価への取り組み状況、評価で得られた効果、評価を実施する上での課題、設置団体の評価制度、文化施設の位置づけ、公立ホール・公立劇場の望ましい評価のあり方などについて、運営団体、設置団体の双方から聞き取り調査を行った。その結果、各館とも評価に積極的に取り組み、次のような効果、成果が生み出されていることが明らかとなった。
◎設置団体の文化政策における文化施設の位置づけならびにミッションの明確化
◎文化振興条例、文化振興計画等の策定に向けた契機づくり
◎効率化一辺倒に陥らない指定管理者制度の適切な運用
◎運営団体と設置団体間のコミュニケーションの促進、設置団体や議会からの信頼構築
◎スタッフ間のコミュニケーションの促進、職員の意欲向上、組織の活性化
◎事業展開の戦略構築や方向性の検討
◎市民に対する説明責任の達成
◎職員異動時の円滑な引き継ぎ(直営館)
例えば、高槻現代劇場では指定管理者制度の導入をきっかけに、劇場と市の文化振興課が共同で「劇場のあり方を考える検討会」を立ち上げ、2年間の議論をまとめて劇場の経営指針を策定しているが、その際に、併せて地域創造の評価指針を活用した経営評価指標を作成している。
その結果、劇場と市の文化振興課の関係はより緊密なものとなり、両者の良好なコミュニケーションが続いているほか、指定管理者制度や外郭団体を統轄する市の行政経営室でも、劇場の経営指針・経営評価指標への取り組みを前向きに評価している。
一方、八尾市文化会館では指定管理者制度の導入をきっかけに、独自に評価を行うため、日本生産性本部の経営品質アセスメントに取り組むようになった。その後、平成19年度に「アドバイザー派遣事業」を実施し、現在では事業毎の評価シートの作成、アンケート調査の実施、経営品質アセスメント、地域創造の「評価指針」など、多様な評価を導入している。
北九州芸術劇場では、開館初年度から事業評価調査を実施して報告書を作成・公開しており、平成21年度に「アドバイザー派遣事業」として、「評価指針」の段階評価を活用したスタッフへのグループインタビューを実施した。開館以来、目の前の業務に追われていたスタッフ一人ひとりにとって、評価への取り組みが業務の振り返りや現状認識、さらには将来への課題抽出に繋がった。それらの成果を踏まえ、現在ではミッションに基づく組織運営と組織内のコミュニケーション力向上を目指した取り組みを進めている。
直営の日田市文化会館では、市の文化振興条例、文化振興基本計画、そして館のアクションプランという形で市の文化政策が体系化され、会館の位置づけや事業内容が明確に定められている。そうした中、「評価指針」への取り組みは、市民に対する会館の説明責任ばかりか、引継ぎ書としても有効に機能している。異動の際に、前任者の認識した課題を正確に把握し、対応策を継続できるからである。
文化施設の評価から始まる文化政策の明確化
設置団体が行う指定管理者制度のモニタリング・評価は、公の施設全体で統一的に行われている場合が多い。それらは、館の運営に関する進捗管理という側面が強く、文化施設の特性を踏まえ、ミッションに基づいた目標達成を評価できるような仕組みとはなっていない。今回の調査でも、直営の日田市文化会館を除く3館は、いずれも同じ状況だった。
指定管理者制度には、文化施設以外のものが数多く含まれていることを考えると、これはやむを得ないと思われる。しかし、「評価指針」を活用した館では、独自の評価結果を設置団体に積極的にアピールし、文化施設には他の公の施設とは異なる評価が必要だという理解が徐々に得られつつある。それが、運営団体と設置団体とのコミュニケーションを促進し、さらには、文化施設の運営や事業に対する設置団体の理解に結びついている点は注目できる。
高槻現代劇場では、評価をきっかけにして、市との間で定期的な連絡会議ばかりか、時間外の勉強会なども開催されるようになった。平成23年度には、そうした積み重ねが、市の文化振興ビジョン策定の動きにも繋がっている。つまり、公立文化施設の評価は、館の事業・運営の改善やステップアップばかりか、文化振興計画さらには文化振興条例といった設置団体の文化政策の明確化を促しているのである。
文化施設にとって、評価はともすると後回しにされがちなやっかいな業務だろう。しかし評価への取り組みは、公立文化施設が、地方公共団体における文化行政の専門機関として、文化政策をリードすることに繋がっている。今後は、そうした発想に基づいて、公立文化施設の評価に取り組むことが肝要である。
「公立ホール・公立劇場の評価指針」における戦略目標(評価大項目)一覧
※「公立ホール・公立劇場の評価指針(平成19年3月)」から抜粋
「評価指針」では、ここに記載したそれぞれの戦略目標(評価大項目)毎に3~4の戦略(評価中項目)が示され、個々の戦略に対応する形で複数の評価指標・基準が設定され、そのひとまとまりを戦略・評価ユニットと呼んでいる。