同タイトルの関連企画展(10月~11月)などが続く。
建畠覚造(1919~2006)は、川口の職人と縁の深い彫刻家だ。日本の抽象彫刻のパイオニアとして第一線で活動を続けるかたわら、川口市芝新町にあるマネキン制作会社ローザ工芸(現・株式会社ローザ)の設立に参画し、原型作家として多くのヒットマネキンを世に送り出した。また、同じく芝中田にある協伸鉄工(現・株式会社協伸ハイテック)を野外彫刻制作のパートナーとして見い出し、ステンレス素材による造形の可能性を広げていった。展覧会では、晩年まで精力的に制作された波をモチーフにした「WAVI NGFIGURE」シリーズをはじめ、野外彫刻の図面やマケット(模型)、マネキンとそのデッサンなどを紹介しながら、これら川口の職人たちとの関係を浮き彫りにしている。
川口駅東口から徒歩8分ほど。アトリアは、ショッピングセンターやマンションが立ち並ぶ「リボンシティ」の公園内にある。取材したのは5月中旬の爽やかな日曜日。家族連れや学生、お年寄りなどが行き交い、子どもたちは芝生や噴水で元気に遊び回っていた。
リボンシティは80年の歴史をもつサッポロビールの埼玉工場跡地で、3,000坪の敷地のうち、1,500坪の土地とアトリアの建物が同社から川口市に寄贈された。集成材を利用した木構造の平屋造り(一部2階)の建物は、大きくとったガラス張りの窓、公園に面したウッドデッキが、内と外の敷居を取り払った開放的な空間をつくり出し、人とアートが自然の中で出会うよう設計されているのがわかる。ちなみに、工場の土台を支えた松杭が、床材として再利用されている。
「50万人都市でありながら、川口には市立美術館がなかったため、要望の大きかった美術施設が計画されました。スペースと運営予算を考え、収蔵品をもたない“敷居の低い”ギャラリーを目指しました。子どもたちや市民がアートに出会う初めの一歩になれば」と山下浩文館長は話す。
市の直営で運営し、開館当初から非常勤とはいえ専門スタッフを配置して、春と秋の企画展、夏の子ども企画、公募展、年間40本ものワークショップ、講座などを実施。特に子ども向け事業には力を入れ、小中学校1校ずつに年間10回もアーティストを派遣して成果展をアトリアで開く「アーティスト・イン・スクール」を続けてきた。
そうした実績を踏まえ、今年度から2名の学芸員を市の職員として雇用。「本当の豊かさとは心の豊かさ。これからの時代、人と人を結ぶ文化・芸術はますます重要になります。今後も文化に力を入れていきたい」と、この日、ふらりとアトリアに姿を見せた岡村幸四郎・川口市長もギャラリーの活動に期待を寄せている。
ハード上の制約から美術館コレクションの受け入れが難しいアトリアでは、展覧会のためのアーティストとの協働や地域の文化資源の発掘に力を入れてきた。元専門スタッフで現学芸員の水田美世さんは、川口の文化資源を調査するうち、建畠が深く川口と関わっていることを知る。さらに、ステンレス加工を得意とする鉄鋼職人・渡邉政雄さん(協伸ハイテック代表取締役)が建畠作品と資料を数多く所有していることを知り、今回の展覧会を企画した。「建畠先生のデッサンや基本図面を元に、構造計算をして大きなモニュメントに仕上げていくこと、ステンレスを限界まで磨き、設置する作業は大変だったけど、決してできませんとは言わなかった。先生との仕事は真剣勝負。やりがいのある面白い仕事でした。川口=鋳物というイメージだけど、ほかにも技術をもった職人がたくさんいることを多くの人に知ってもらって良かった」と渡邉さん。「芸術を支える技術にスポットを当てることができました。川口には渡邉さんのような職人さんがたくさんいます。今後もこうした人たちの仕事を美術の観点から紹介していきますのでご期待ください」と水田さんは力強く結んだ。
(ライター・土屋典子)
●川口市立アートギャラリー・アトリア開館5周年記念展第1弾
「彫刻家 建畠覚造『思考の一端と川口の職人たち』」
[主催・会場]川口市立アートギャラリー・アトリア
[日程]4月16日~5月29日