一般社団法人 地域創造

島根県浜田市 浜田市立石正美術館10周年記念特別展「石本正 京おんな」

 日本海に面した人口約7,000人の島根県浜田市三隅町の丘の上に、赤瓦の屋根にアーチ状の回廊と小さな塔を備えたロマネスク風の建物が建っている。日本画壇の重鎮であり、90歳を超えてなお現役で活躍する石本正の作品を収蔵する浜田市立石正美術館だ。全国の多くの美術館が集客に悩むなか、同館では2001年の開館以来、年間約2万5,000人~3万人の入館者を迎えてきた。小さなまちの小さな美術館の、10年にわたる地道で果敢な取り組みをレポートする。 

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設計は金多潔・京都大学名誉教授。「地元の方々に気軽に来ていただけるよう、段差をなくし、喫茶室だけでも利用できるように工夫を重ねました。瓦や看板の石も地元のものを使っています」(金多さん)
Photo: Rika Yamashita

「なんもなーわー(何もない)」。学芸課長の神英雄さんが開館準備のために京都から赴任してきた時、地元の人たちはまちをこんな言葉で表現した。画壇の寵児であった石本が生まれ故郷の三隅町(合併前)に2,000点近い作品を無償譲渡し、その美術館が建設されることになっても、地元に石本のことを知る人は少なく、美術館で絵を見る習慣もほとんどなかった。「石本には、美術館は文化をつくるためにあるという強い思いがありました。主役は住民であるという彼の信念から『石本の作品を通して本物の感動を伝える』『石見の魅力を伝える』という2本柱を立てました」と神さんは言う。

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「ミュージアム・パフォーマンス」は、サポーターの協力も得て、講演会やワークショップ、石見弁での朗読会など多彩な内容で開催している。取材時に行われた弦楽四重奏のコンサートには、普段着姿の町民で70席がすぐに埋まった。
Photo: Rika Yamashita

 展覧会としては、収蔵作品で年4回の企画展を開催。作品の横には石本の言葉を添え、専門的な解説よりも画家の思いが伝わるようにした。受付には「10分以内で学芸員が解説します」と案内板を出し、要望があれば急ぎの仕事があっても展示室に駆けつけた。入り口には、職員手描きのウェルカムボードを毎日出し、週末にはミュージアム・パフォーマンスを行う。
  当初は、事務と学芸を合わせて職員はわずか5人。目の回るような忙しさだったが、地域住民を中心とする約40人のミュージアム・サポーター“石正アフロディア”が活動を土台から支えた。ポスター貼りなどの「広報」、草取りや花を生けるなどの「美化」、そして石本作品に限り、収蔵庫からの運び出しや壁掛けなどの「展示」までもサポーターが手伝っているのだ。
  「おんちゃん(おじさん)たちがいなかったらやっていけなかった」と開館以来の職員である久保田綾さんが言うほどの活躍ぶりだ。リーダーの斉藤省三さんは、「ここは美術館といっても、普段着で来れる。用事がなくても学芸員さんの顔を見に来たり、差し入れしたり。自分の居場所があるから10年続けられた」と言う。
  もうひとつのミッション「石見の魅力を伝える」では、歴史地理学の研究者であり、地域づくりに関わってきた神さんの経験が活かされた。廊下を使ったギャラリーでは、地域住民の作品を紹介するほか、1983年の豪雨災害をテーマにした「水難の詩」展、浄土真宗の篤信な信者を紹介する「石見の妙好人」展など、土地に染み込んだ人々の生活を美術館という場で伝えた。また、地元出身の漫画家・くらもちふさこの『天然コケッコー』原画展では、3,000人近くの来場者があり、漫画に描かれた三隅町の素晴らしさが再確認された。さらに玄関口に“観光コンシェルジュ”の看板を出して地域観光の窓口になり、館を飛び出して日本最大の棚田がある室谷での棚田まつりを地元自治会と共同主催で行うなど、徹底して地域資源を掘り起こし、それを伝える役割を果たした。そうした“石見の宝探し”は、美術館主導から地元の人々へと担い手が移ってきている。
  さらに、個人美術館ならではの活動として、年3~4回の石本正絵画教室を開講。石本は指導を一切せず、参加者と共に絵を描いてきた。2年前に体調の問題から石本自身は参加できなくなったが、そのまま教室は続けられている。今年1月に学芸員補として入った牛尾奈穂子さんは、初めて教室に参加した時の感動を「上手い下手ではなく、誰もが絵を描きたいという熱意に満ちていた。芸術でみんなが繋がっていることを実感しました」と振り返る。
  「石本の作品と美術館があることで芯がぶれない。地域の魅力を正確に伝えていけるのです」と言う神さん。「なんもなーわー」と言われたまちは、美術館のあるまちになり、棚田や和紙、桜など、美術館が掘り起こした宝をもつ地域になった。小さな美術館が果たした役割は大きい。

(アートジャーナリスト・山下里加)

●石正美術館開館10周年記念特別展
「石本正 京おんな」(同時開催:「小嶋悠司 生と死をみつめる」展)
[会期]4月2日~5月29日
[会場]浜田市立石正美術館

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