そんな前代未聞の試みが2月13日、足利市民会館で行われた。「子どもの舞台芸術創造プロジェクト」オペラ『夕鶴』である。演奏を担った足利ユースオーケストラのコンサート・ミストレス、岡崎美玖さん(中学2年生)は「オペラでは、自分たちの演奏だけでなく、歌とも臨機応変に合わせなければなりません。それが非常に難しかった。でも、終わった後には演奏会以上の達成感がありました」と、屈託なく話す。
「足利市民会館活性化計画」(*)に基づき、足利ユースオーケストラが結成されたのは、2009年4月。現在、小学生から高校生までの約100人が在籍し、毎週土曜日、群馬交響楽団OBら約20人の講師から指導を受ける。定期演奏会や中間発表演奏会もすでに3回ほど経験した。
「ユースオケを立ち上げた時、いずれはオペラがやれるような楽団にしたいという思いがありました。ただ、こんなに早く実現するとは思っていませんでした」と、同オケを全体統括する風岡優氏(元群響コンサートマスター)は言う。
発端は、2010年度の文化庁「優れた劇場・音楽堂からの創造発信事業」の採択だった。市民会館の阿部栄館長は「助成が得られることになり、過去に1例あるだけの子どもオーケストラによるオペラ公演に挑戦することになったのですが、当初は『演奏できるのか、ソリストの方に失礼にならないか』という不安はありました。でも、こういう機会はそうはない。オケピットでの演奏を含め、子どもたちにとって得難い経験になるということから、実施に踏み切りました」と話す。
楽団員に公演への参加を呼びかけると、子どもたちは臆することもなく、半数以上の65人が手を挙げた。一番下の子は小学3年生だ。彼らは昨年9月から週末の通常練習後、『夕鶴』のための追加練習を続けた。
「当オケには、楽団に入ってから楽器に初めて触ったという子どもも多く、今回の公演では各パートに講師陣が一人ずつ入りました。ただし、首席奏者はあくまで子どもです」(風岡氏)
楽団員の保護者たちも、練習をサポートした。保護者会代表の松場政芳さんは「譜面が追えない子もいます。そこで、各家庭で『夕鶴』のDVDやCDを繰り返し視聴してもらうように申し合わせた。耳で覚えておけば、演奏が途切れても、次から入れますから」と振り返る。
そうした努力の末の本番だった。「つう」を演じた二期会所属の声楽家・臼木あいさんは「最初の合わせでは、あちこちで全然違う音が出たり、タイミングを間違える子がいたり(笑)。でも、どんどん上手になっていった。それを引っ張っていく先生たちの存在や親御さんのケアがあった。さまざまな力が重なって、こういう奇跡的な公演ができたのだと思います」と語る。
また、今回のオペラでは、市内の子どもたちで編成された足利オペラ「夕鶴」児童合唱団も出演。公募に応じた小学4年生から中学3年生までの19人だ。小学6年生の工藤はなゑさんは「この1カ月でピアノやバレエ、お琴など5つの発表会があって忙しかった。なかでも、バレエが一番好きだったのだけれど、5つの本番を経験して一番楽しかったのはオペラ。今後も、こういう機会があったら参加したい」と話す。
そもそも、足利は音楽活動が盛んなまちだ。活性化計画でも、音楽祭を市民協働で開催したほか、東京藝大との連携で市民オペラ『ラ・ボエーム』を制作した。今回の公演で組織された実行委員会の中心は足利音楽連盟。同連盟には市民交響楽団や市民吹奏楽団など市内の25の音楽団体が加盟する。そんな土壌の上に、子どもたちの果敢な挑戦が花開いた。
長年市民会館のオペラ事業に関わり、今回のオペラを演出した直井研二東京藝術大学音楽部オペラ科助教は「足利のまちがもつ音楽文化を次世代に繋げていくためには、子どもたちが鑑賞だけでなく、自分で参加することが非常に重要です。ユースオケの設立は非常に意味があったと思います」とエールを送る。
(ライター・田中健夫)
●子どもの舞台芸術創造プロジェクトオペラ『夕鶴』(全一幕)
[主催]財団法人足利市みどりと文化・スポーツ財団(足利市民会館)、足利市教育委員会
[運営]オペラ「夕鶴」実行委員会
[会期]2011年2月13日
[会場]足利市民会館大ホール
[作曲]團伊玖磨 [作]木下順二
[演出]直井研二 [指揮]諸遊耕史
[出演]臼木あい、高梨英次郎、杉浦隆大、岡元敦司、足利オペラ「夕鶴」児童合唱団
[演奏]足利ユースオーケストラ、足利ユースオーケストラ指導講師陣
*足利市民会館は、開館40周年にあたる2006年に“市民が芸術・文化を体験的に学ぶ「現代版・足利学校」の創設”を目指す「足利市民会館活性化計画」を策定。07年度から3カ年計画で、音楽、演劇、日本伝統芸能の3部門で市民と協働したさまざまな事業に取り組んだ。さらに、2010年9月、それら事業の指導にあたった各分野の専門家を「足利市民会館クリエイティブ・アーティスティック・パートナー(A.C.A.P)」として組織化し、市民参加型創造事業の継続を図っている。今回のオペラ公演に関わった直井氏や風岡氏もA.C.A.Pメンバー。