現在、日本各地で数多くの芸術祭が開催されているが、地場産業を主軸にしたものは少ない。しかも、この芸術祭は、美術館ではなく、福島県立博物館が企画運営しているのだ。
「通常、博物館は評価が固定した“乾きもの”を扱っていますが、僕たちはここに“生もの”を持ち込んだ」と語るのは、8年前に同館館長に就任した赤坂憲雄さん。東北芸術工科大学東北文化研究センターの所長も務める民俗学者である。同館に初めて“生もの”、つまり現代アートを持ち込んだのは同館学芸員で美術館学芸員の経験をもつ川延安直さんだ。川延さんは、2005年の「老い─老いをめぐる美とカタチ」展や、09年の「はじめる視点─博物館から覚醒するアーティストたち」展で、博物館資料と現代アートが混在する画期的な展覧会を実現させた。当然、館内外からは拒否反応もあったが、「厳しい予算削減の中、このままでは生き残れない。博物館とは何か、地域にどのような役割を果たしていくのかを自ら問いかける博物館にならなくては」という切実な危機感があったのだ。
一方、会津の漆産業も衰退傾向にあり、職人や問屋が加盟する会津漆器協同組合も次の打つ手を探しあぐねていた。博物館では、学芸員の小林めぐみさんが漆を専門に調査を重ねており、5年ほど前から「その成果をどのように地域に還元していくか」を考えていた。そして昨年、博物館と組合などが協働で「〈漆のくに・会津〉プロジェクト」を実施。漆樹の育成体験や体験用の漆器づくり、漆産業を考えるシンポジウムなどを開催した。今回、組合青年部として漆を使った参加型イベントを実施するとともに横山裕一さんのネオ漫画をお膳に漆で描いた本田充さんは、「プロジェクトをきっかけに組合でも漆の歴史や文化を学ぶ勉強会を始めました」と語り、博物館からの刺激を歓迎している。
そうした博物館と漆産業の双方の危機感をベースに、芸術祭は立ち上がった。準備期間は短かったものの、現代アートに関しては川延さんが、漆職人への協力依頼は小林さんのネットワークが駆使された。
もうひとつ、この芸術祭になくてはならない協力者が、会場を提供した町の有志たちである。会津の地酒末廣の旧酒蔵「嘉永蔵」を蔵ミュージアムとして公開しているオーナーの新城希子さんは、「この酒蔵も工場の移転で一度は閉鎖しましたが、守っていかなければと公開することにしました。芸術祭では、当初はどんなことになるのか想像できなかったのですが、圡屋さんや職人の方々が精魂をこめた作品を展示できて、この蔵も喜んでいると感じています」と語り、自前の案内板をつくるなどでサポートしている。
赤坂さんは、「かつて漆は“japan”と呼ばれていた。会津には、縄文時代の遺物や漆樹など漆の文化をめぐるすべてのものが存在している。だからこそ、地域に根ざしながら地域を越えていける。国内で産地競争をするのではなく、芸術祭を通じてこの会津の地が世界の漆の拠点となる一歩を踏み出せれば」と抱負を語る。過去の研究を礎に未来を創造する福島県立博物館の挑戦は始まったばかりだ。
(アートジャーナリスト・山下里加)
●会津・漆の芸術祭
[主催]福島県、福島県立博物館、「会津・漆の芸術祭」プロジェクト委員会
[会期]2010年10月2日~11月23日
[会場]会津若松市(野口英世青春通り、七日町通りなど)、喜多方市(中央通り、小田付通りなど)、三島町(道の駅 尾瀬街道みしま宿)、昭和村(織姫交流館)
[出展作家]特別招待作家(伊藤公象、田中信行、辻けい、中村哲也、松島さくら子)のほか、招待作家30組、公募作家17組、会津の作家職人45組
※同時開催
◎福島県立博物館「漆のチカラ─漆文化の歴史と漆表現の現在─」展
(2010年10月9日~11月28日)
◎喜多方市美術館「漆 そのあたらしい表現を巡って」展
(2010年10月23日~11月23日)