一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.32 演劇アウトリーチの基礎知識③ 演劇ワークショップの事例[2]

講師 内藤裕敬
(劇作家・演出家、南河内万歳一座代表)

演劇ワークショップを始めるまで

 南河内万歳一座という劇団を主宰して30年以上になるが、劇作や演出をすることも、劇団という組織を運営することも実験だと思って取り組んできた。そういう芝居をつくるための試行錯誤が、現在行っている演劇ワークショップの考え方、内容に反映されている。また、1996年からピアニストの仲道郁代さんと行っている芝居仕立てのコンサートで音楽の可能性を知ったこと、それから恩師である劇作家・演出家の秋浜悟史先生の教えにも大きな影響を受けている。
  秋浜先生は、現代演劇の基礎を論理的に整理し、演劇の力(創造力、想像力)が教育現場でどのように機能するかを実践的に示してこられた方。2005年に急逝された先生の志を引き継がなければという気持ちが強くなり、劇団活動以外で演劇の力を伝えるワークショップにこれまで以上の意義を見出すようになった。
  演劇とは、基本的に「他者(社会)と関わる」ということだ。他者とか社会があって自分がある─どんなに面倒臭くても他者と関わらなければ生きていけない。他者や社会とどう関わるかということを自分の作品でもモチーフにしてきたし、他者である若い劇団員とも付き合ってきた。それがワークショップで他者と関わることにも生きている。また、劇作についても劇団員が面白がって関わることのできる(遊べる)ルールをつくることだと考えるようになり、その考え方もワークショップを展開する上では極めて有効だった。
  公共セクターと初めて仕事をしたのは、1986年に大阪の小劇場合同公演として大阪駅コンテナヤード特設テントで行われた『三文オペラ』である。ちょうど大阪の小劇場が盛り上がってきた頃で、大阪市などから合同公演の演出を依頼され、91年、93年と3回にわたって行った。
  その後、設立されたばかりの地域創造から、95年2月に開催するステージラボ宮崎セッションで公立ホール職員のための演劇ワークショップを依頼されたのがきっかけとなり、公立ホールや自治体の事業としてワークショップを行う機会が増えていった。財団プロデューサーの津村卓さんとは、扇町ミュージアムスクエア、伊丹アイホールのプロデューサーの時から一緒に仕事をしてきた間柄であり、一般の人を対象にした演劇ワークショップのプログラムについても二人で相談しながら開発していった。

 

演劇ワークショップで目指していること

 演劇も社会も「人と向き合う」「言葉と向き合う」ということでは同じだと考えている。人や言葉と「視点をずらして」向き合うと飛躍的に豊かな瞬間を体験できるのに、一番大切な教育の現場でそうした体験をする機会が少ないように思う。特に学校へのアウトリーチでは、この「人と言葉に向き合う豊かさ」をテーマにワークショップを組み立てている。
  では「豊かさ」とは何か。豊かさとは「奥行きと幅」ということなので、人や言葉に向き合って、そこからどれだけイメージを拡大できるかということをやっている。ただ、何でもアリだとメチャクチャでもいいということになるので、「書いてあるものから書かれていないものをどこまで想像・創造できるか」「見えているものから見えていないものをどこまで想像・創造できるか」「聴こえているもの(音楽)からどれだけのものを想像・創造できるか」の3 つを基本にプログラムを考案している。
  また、遊びの中でしか想像・創造力は膨らまないと考えているので、ワークショップを行う時には、遊びとして面白がれる「可能性のあるルール」を参加者に提示するようにしている。こうした基本は、一般を対象にした演劇ワークショップでも学校へのアウトリーチでも同じだ。

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左:平成20年度公共ホール演劇ネットワーク事業 南河内万歳一座『なつざんしょ』(作・演出:内藤裕敬/撮影:谷古宇正彦)
右:同事業で行われたアウトリーチ(北九州市立尾倉中学校)

●具体的なプログラム

 これまで行ってきた演劇ワークショップを大きく分けると、以下の5種類になる。

①イントロダクション
②劇作家系プログラム
③俳優・演出家系プログラム
④演劇基礎知識プログラム
⑤イメージ遊び

 

①イントロダクション
  他者(言葉という他者、他人という他者)と向き合う準備として、まずは参加者同士のコミュニケーションを図る必要があるので、まずは声を出しあう、他者に触るなどの遊びを行う。例えば、他者に触れるための遊びとしては、部屋をみんなで歩き回りながら(空間を認識する)、「今朝パンを食べた人は大声を上げて倒れる」「側を歩いていた人が大丈夫ですか?と声をかけて身体を揺らす」といった遊びをする。歩きながら方向を変えたり、ちぐはぐなダンスをするなどして言葉を使わずに他者を認識するような遊びもする。この場合、全員で同じ遊びを行い、お互いを認識できる(他者に興味をもてる)ような環境をつくることが重要となる。
  また、「ちぐはぐジャンプ」(ジャンプをしながら上にあげた両手と両足をばらばらに開閉する)で、自分の身体がいかに思い通りにならないかを理解し、過信しながら自分について客観性をもてるような遊びなども行う。
②劇作家系プログラム
  言葉と向き合うという意味では、すべての人を対象にしたワークショップ。「ある日、家に帰ってみると脅迫状が届いていた」「冷蔵庫を開けると真っ白なウサギが入っていた」という1行だけのト書きから、そのモチーフを遊びながら想像力・創造力を膨らませて台本をつくってもらっている。
③俳優・演出家系プログラム
  俳優には、肉体から発想することと、テキスト(言葉)と向き合うことの両方が求められる。肉体から発想するというのは一番時間のかかる作業なので、短時間のプログラムでは行うことができない。短時間の場合は、台詞を言うのがどういう行為かを体験するプログラムと、②を組み合わせて実施している。
  台詞は、「自分が言う」のではなく、「自分のイメージが言わせてくれる」ことを体験してもらっている。例えば、台風が過ぎ去った後のビルの屋上という設定で、空の模様をイメージしながら、実際に屋上に立つという身体感覚も含めて台詞にアプローチしてもらう。
  演出については、専門的な領域なのでワークショップでやれるようなものではないが、同じテキストが解釈によってこんな風に変わるといったことを、自分でやってみせることはある。
④演劇基礎知識プログラム
  どうして演劇をやるのかを考えるためのディスカッションをワークショップと併せて行うこともある。創作のプロセスで迷って取捨選択を迫られた時に、演劇の表現の幅を狭めたり、演劇的でなくなる方向に展開させることがないように、演劇がどうあるべきかをディスカッションしておくことが重要だと考えている。
⑤イメージ遊び
  これは、音楽の世界をできるだけ遊んでみようというプログラムだ。仲道さんと作業をして感じたのは、音楽理論を踏まえた楽曲解釈には論理的な部分と感覚的な部分が混在しているということ。そこで、音楽を聴いて感覚的に自由な音楽世界で遊ぶだけではなく、その内的な世界(イメージ)を言語化して遊ぶとどうなるかというプログラムを考えた。
  それをやってもらう助走として、イメージを自由にするための遊びをやっている。例えば、「封筒の中に入っている絵を透視する」とか、「僕が夢で見た天国の風景の絵を想像して書いてもらう」とか。みんな「見えないけど見ることができる」というイメージする力を信じているので、こういう問いかけをすると何もなくても見ようとしてくれる。こうした助走によってイメージする力を喚起してから、音楽を聴いて言葉にしてもらう。表現されたものとどう向き合うかを体験するワークショップとしても有効なプログラムだと思う。

  こうしたプログラムを行う時に留意しているのは、たとえワークショップの時間が短くても、作品をつくって発表するということ。コミュニケーションゲームでお茶を濁していたのでは、演劇が人生や生活を飛躍的に豊かにする表現だということを体験してもらうことはできない。また、マニュアルとして行われるプログラムにはあまり意味がなく、演劇の現場で仕事をしている人間が一緒にやりながら参加者の感性や個性や発想力を引き出し、表現の豊かさについて伝えることが重要だと考えている。そういう意味で、こうした演劇ワークショップは創作劇をやっている演出家などのやるべき取り組みであると思う。

●内藤裕敬
1959年栃木生まれ。大阪芸術大学舞台芸術学科在学中は、秋浜悟史教授(劇作家・演出家)に師事。80年に南河内万歳一座を『蛇姫様』(作・唐十郎)で旗揚げ。以降、全作品の作・演出を手がける。常に現代を俯瞰した作風に定評があり、劇団外での作・演出も多数。世界的ピアニスト・仲道郁代企画の異色コンサート「ゴメン!遊ばせクラシック」全国ツアーの構成・演出も手がける。2000年、OMSプロデュース『ここからは遠い国』(作・岩崎正裕)の演出で、読売演劇大賞・優秀演出家賞受賞。
公立ホールや自治体とのワークショップ事業では、滋賀県や北九州市に劇場ができるまでの環境づくりとして地域の人や地元劇団を対象にワークショップを実施したほか、高知県民文化ホールや山口県での高校演劇部を対象にした事業などさまざまな取り組みを行う。また地域創造では、ステージラボのコーディネーターや講師を務め、2008年度には公共ホール演劇ネットワーク事業で4地域での公演と計6校でのアウトリーチを行った。

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