オーケストラの生演奏、しかも舞台美術や照明、劇中で使われる映像の完成度は高く、すきがない。そんな極めてゴージャスな舞台が用意される中、市民ダンサーたちがシベリウスの『交響曲第二番』に合わせてダンスパフォーマンスを繰り広げた─。
3月13日、可児市文化創造センターaLa(アーラ)で「オーケストラで踊ろう!」が上演された。岐阜県内の可児市と大垣市の連携により実施された市民参加事業だ。舞台に立ったのは、両市の市民約160人。オケピットには、可児市に拠点を置くアマチュアオーケストラ、可児交響楽団が60数人編成で入った。
企画したaLaの衛紀生館長兼劇場総監督は「共生社会へのメッセージだ」と語る。「コミュニティダンスであれば、年齢や性、国籍の違い、障がいの有る無しに関わらず、誰もが参加でき、たとえ振りが揃わなくても、それを個性として認めあい、表現する喜びを分かちあえます」。
実際、参加者の年齢は6歳から74歳までと幅広い。多動性障がいをもつ子どももいる。また、可児市の場合、住民の1割近くを市内の工場などで働く外国人が占める。aLaでは演劇ワークショップを通じて在住外国人と交流する多文化共生プログラムなども行っているが、同プログラムを経て参加した外国人もいる。
昨年6月の出演者公募に応じた彼らは、8月から約半年間、練習を続けた。構成・振付は京都を拠点に活動するモノクロームサーカスを主宰する振付家の坂本公成で、毎週末可児に通って指導。2月からは約1カ月にわたって現地に滞在し、公演2週間前からホールの本舞台を使って連日稽古を重ねた。オーケストラとのリハーサルも計6回。「規模が大きくてどう組み立てるかかなり悩みました。アーティストの井上信太さん(*)が入って、市民と舞台美術をつくるワークショップを実施するなど出演者と細やかなコミュニケーションを取ってくれたのがとても助けになった」と坂本。
コミュニティに対する劇場からの発信をテーマに据えている井上は「劇場発の市民参加事業は公演当日だけで終わるものではない。出演者や来館者を巻き込みながら、コミュニティ・プログラムとしての広がりをどうすればつくれるかが重要だ」と語る。その信念から、私費で可児に1カ月間滞在して自主的に出演者や来館者に呼びかけたアート・ワークショップを展開し、シベリウスの曲のモチーフである鳥を題材にしたオブジェづくりなどを行った。
aLaの市民参加の舞台創造事業は平成20年度から行われ、20年度はミュージカル、21年度はダンス、22年度は演劇で、今後もこの3年サイクルで継続していく予定だ。多文化共生プログラムも含め、こうした市民に関わる事業は「aLaまち元気プロジェクト」と呼ばれ、このほかにも、学校や福祉・医療施設、公民館を視野に入れたアウトリーチや各種ワークショップなどが積極的に行われている。その事業数は約20。実施回数は実に年間200回を数える(21年度実績)。例えば、可児での定期公演と地域向け事業への協力を行うという「地域拠点契約」を結んだ文学座と新日本フィルハーモニー交響楽団のメンバーによる「アーラ芸術宅配便」や「朗読ポストマン」「家においでよ」などだ。
市民事業のほかにも、スタッフや俳優が可児に長期滞在して新作をつくるプロデュース公演「アーラコレクション・シリーズ」も実施している。「英国の地域劇場、なかでもリーズ市のウエストヨークシャー・プレイハウスは素晴らしい舞台作品を制作する一方、年間1000回のコミュニティプログラムを実施し、10数万の人を巻き込んでいる。当館は、そんな館を目指しています」と衛館長は胸を張る。
そうした意識の啓発・醸成の狙いもあって、今回の舞台づくりでは英国でコミュニティ・プログラムに関わってきたベテラン演出家のヒラリー・ウェストレイクをアドバイザーとして招聘。彼女は、160人もの市民が参加し、プロフェショナルの全面サポートによってオーケストラの生演奏で踊るというスケールに「英国でもあまり例がなく、非常にエキサイティングだった」と振り返る。
地域と市民に奉仕する劇場─そのひとつのモデルをつくりたいという決意が現れたステージだった。(ライター・田中健夫)
●「オーケストラで踊ろう!」
[主催]可児・大垣オーケストラで踊ろう事業実行委員会
[共催](財)可児市文化芸術振興財団、(財)大垣市文化事業団
[企画・製作]可児・大垣オーケストラで踊ろう事業実行委員会
[会期・会場]3月13日、14日:可児市文化創造センターaLa/3月20日:大垣市民会館
[作曲]ジャン=シベリウス
[構成・振付]坂本公成
[演出コンサルタント]ヒラリー・ウェストレイク
*他領域のアーティストとのコラボレーション、劇場や茶室、能舞台などを使った新たな空間構築に取り組む現代美術家。地域や学校でのアートプログラムも積極的に展開する