一般社団法人 地域創造

平成21年度「公共ホール演劇ネットワーク事業」報告

平成21年度公共ホール演劇ネットワーク事業「たいらじょうの世界」

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写真:錦部小学校でのワークショップ(長野県松本市)
左:魚の人形を使った稽古の様子
右:ワークショップ3日目、発表会の様子

 昨年度からリニューアルされた「公共ホール演劇ネットワーク事業」では、地域にアーティストが1週間ほど滞在し、演劇の手法を使ったアウトリーチ・プログラムと公演を実施しています。今年度は人形劇俳優の平常さんによる「たいらじょうの世界」が10地域に、伊丹アイホールのディレクターを務める岩崎正裕さん作・演出による『どくりつこどもの国』が4地域に出向きました。岩崎さんのアウトリーチについては次号「制作基礎知識」で詳しくご紹介しますので、今回は、地域創造の事業として初めて取り上げた人形劇のアウトリーチについてレポートします。

 

●子どもたちに対して有効な“人形”
 昨年6月2日にまつもと市民芸術館から始まった平さんの演劇ネット・ツアーは、北海道から九州までを縦断し、1月24日に福岡ふくふくホールで無事に全日程を終了しました。
  平さんは、自作の人形を自ら舞台に出演して一人で遣って演じる人形劇俳優として知られる人気アーティストです。そのレパートリーは幅広く、シアタースタートプログラムと題した0~2歳のための人形劇場『てるてるジョウくんとあそぼう!』、段ボールでつくった人形による『お花のハナックの物語』、自分の手と指だけを使って演じるオンリーハンドシアター『ハンドラブ』、また大人のためのR15人形劇と題した寺山修司作『毛皮のマリー』など、0歳から大人までを対象にした公演とワークショップが可能という希有な存在。全体研修会でこうしたレパートリーのダイジェスト版を観た参加館の担当者は、まずどの作品を上演するのかを選ぶプログラムづくりから企画し、10地域で計8作品が上演されました。
  ツアーのトップを飾ったまつもと市民芸術館のアウトリーチでは、山間部にある錦部小学校に出向きました。これは今回のツアーの中でも特別な企画で、平成23年に閉校する学校でオリジナルのパフォーマンスを3日間かけて子どもたちと一緒につくるというもの。各地でさまざまなワークショップを行ってきた平さんにとっても、初めてのチャレンジでした。
  参加したのは小学1~3年生の計30人。1日目は“ジョウくん”(平さん、あるいは分身の人形のこと)のデモンストレーションと人形の設計図づくり、2日目はモノを動かす楽しさを知る身体やモノを使った遊び、歌の稽古、人形づくり、セットで使う半透明のゴミ袋を貼り合わせた巨大キャンバスへのお絵かき、ジョウくんと遊びながらのパフォーマンスづくり、そして3日目は体育館の仮設劇場での通し稽古と本番─3日間とはいえ人形劇づくりの要素がすべて入っており、子どもを自作・自演できる表現者として見ている平さんの姿勢が表れたプログラムでした。
  デモンストレーションでは、ホウキが人間のように振る舞ったり、両手だけで表現した「よだか」が空を自由に飛び回ったり、紙で切り抜いた蝶が本物のようにヒラヒラ舞ったり、シンプルなだけに「ものから命を引き出す」人形劇の魅力が一瞬で子どもたちに伝染。こうしたデモンストレーションは他の地域でも行われましたが、大人も子どもも、平さんによって引き出された、「見えないものが見えた」という自分の想像力の虜になっていました。
  身体やモノとの遊びで子どもたちが一番夢中になったのが、新聞紙ワークショップです。丸めるたりつまんだりするだけで芋虫から蝶や魚や焼き芋に変わり、最後に細かくちぎって大雪にするというストーリー仕立てで、遊びながらモノで表現する楽しさを知る素晴らしいワークショップでした。
  3日目、本番で発表されたパフォーマンス『ここはむかしむかし海だった』は、平さんの作品に一貫している「命をリレーして今の自分がある」という感謝が込められた作品でした。この地域が800万年前は海だったことから、過去の命を甦らせ、子どもたちが思い思いにイメージした海の生き物たちが、空を飛びたかった夢を叶えるという物語。ゴミ袋の幕がオープンすると、人形のジョウくんのナレーションに乗って海の生き物たちが次々に登場し、ゴミ袋の波を越えて空へと飛び立っていく…。開演前のミーティングで、「劇場って何だと思う?ジョウくんは心のレストランだと思う」と問いかけるなど、徹頭徹尾、表現者としての子どもと向き合った3日間でした。
  まつもと市民芸術館では大人向けのワークショップも行われました。こちらは、文楽・歌舞伎・能狂言の所作を勉強したという平さんの身体の使い方や人形遣い、動いていない人形の表情を「見ている人の想像力が動かす」ための目線の配り方、日本語を明晰に耳に美しく響かせるための母音法と息づかいによる演じ分けの極意など、プロフェッショナルな人形劇の「蹴込みの裏側」(バックステージのこと)を体験できるプログラムでした。

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左:竹ひごをつけた段ボールのチョウチョを動かす児童(神奈川県)
右:新聞紙ワークショップ(福岡市)

 このほか、北海道の深川市文化交流ホールでは、今回のツアーで唯一、拓殖大学短期大学で幼児教育を学んでいる学生を対象にした講演会が行われました。人形のジョウくんと一緒に登場した平さんが小学生に対するのと全く同じ自己紹介を始めると、大学生たちもジョウくんに釘付けに。人形を媒介としたコミュニケーションの可能性を改めて実感しました。
  講義では、人形についての考え方、人形劇俳優になった経緯、人形劇俳優という職業などについて約1時間にわたって話が行われました。
  「人形に命を吹き込むという人がいますが、僕は命を“引き出す”だと思っています。命は相手にあったほうがものごとは豊かになるからです。人形劇ではプロとアマチュアの定義はあいまいですが、強いて言うならそれで生計を立てている人がプロ。でもだからといってプロとは言えない人もいる。僕は子どもに関する限り、プロでもアマでも責任が伴うと考えています。それは人形が上手に操れるとか、台詞がきちんとしゃべれるとかいうことではなく、何を伝えたいのかということ。子どもたちの豊かな未来のためになることを伝える責任があります。…生まれたときから人形を使って遊ぶのが好きでした。運動にも遊びにもついていけないけど、人形を通すと自分を表現できたし、人を楽しませることができた。ゲームは同じことの繰り返しに思えて3日で飽きました。人形劇は自分でどんどん話がつくれるし、段ボール1枚、ペットボトル1個あれば無限に遊べる。人形は便利アイテムで、それさえあればどんなことでもできます」
  こうした平さんの人生があるからこそ、子どもたちと表現者同士として付き合えるのだと感じました。このほか、北九州の小学校からは、耳の不自由な子どもと一緒に歌えるように手話で合唱を行いました。
  全日程終了後、平さんは「劇場に行ったことも演劇を観たこともない子どもたちもいるので、彼らの芸術体験がつまらないものにならないように気をつけました。子どもたちには、質の低いことをすぐに見透かす力がある。常に質の高い内容を求められていると感じました」と改めて振り返っていました。

 地域創造・津村卓プロデューサーは、「公共ホール演劇ネットワーク事業を通じて、アーティストに学校で演劇的な方法を使って何ができるかを提案してもらいたいし、ホールの担当者にもそうした力を社会に活かす取り組みにトライしてもらいたい」と話しています。平成22年度は、兵庫県立ピッコロ劇団による『さらっていってよピーターパン』が全国3地域に出向きます。また、4月20日、21日には23年度事業のための事業説明会と演劇セミナーが行われます。

●公共ホール演劇ネットワーク事業
地域創造と複数の公共ホールの連携により実施。公共ホール等による企画プレゼンテーションを行い、これを受けた公共ホール等から参加を募り、企画および参加団体を決定する。事前に参加団体による研修会を行い、各地域で概ね1週間の日程で学校へのアウトリーチ90分×3コマ(計270分)、ホール等での一般向けワークショップを90分×1コマおよび劇場での本公演を実施する。
*ワークショップ1コマあたりの時間など、実施の条件は年度によって異なる場合があります。

●公共ホール演劇ネットワーク事業に関する問い合わせ
芸術環境部 玉木・大垣
Tel. 03-5573-4055

●平成21年度「公共ホール演劇ネットワーク事業」スケジュール
◎「たいらじょうの世界」
2009 年6月2日~7日:まつもと市民芸術館(長野県松本市)/6月16日~21日:深川市文化交流ホール(北海道深川市)/9月8日~13日:いわき芸術文化交流館アリオス(福島県いわき市)/9月29日~10月4日:大野城まどかぴあ(福岡県大野城市)/10月20日~25日:高知県立美術館ホール(高知県)/11月10日~15日:北九州芸術劇場(北九州市)/11月25日~29日:君津市民文化ホール(千葉県君津市)/12月1日~5日:神奈川県民ホール(神奈川県)/2010年1月11日~16日:アルカスSASE BO(長崎県佐世保市)/1月19日~24日:ふくふくホール(福岡市)
◎『どくりつこどもの国』
2009 年10月9日~12日:AI・HALL(兵庫県伊丹市)/10月14日~18日:三重県文化会館(三重県)/10月20日~24日:ラポルトすず(石川県珠洲市)/11月4日~ 8日:長崎ブリックホール(長崎市)

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