杜の都の演劇祭2009
12月12日、仙台の冬の風物詩「光のページェント」初日。イルミネーションに彩られた定禅寺通りに面した「旅カフェ サマルカンド」で、井上ひさしの自伝的作品『あくる朝の蟬』のリーディング公演が行われた。台本を手にした役者が、養護施設で暮らす兄弟を演じる。昔ながらの道具を使った音響効果も入り、観客はお茶やスイーツを楽しみながら、臨場感あふれる約1時間のステージを楽しんだ。
これは、2008年に始まり今回で2回目となる「杜の都の演劇祭」のひとコマ。街なかのカフェやバー、居酒屋など日常的な空間を“劇化”する試みで、11月~12月の2カ月にわたり、8プログラム、計49公演が行われている。チケットが飲食費込みで2,000円前後という手頃さもあり、口コミで観客が増え、会期後半の予約席は完売、キャンセル待ちが出るほどの人気となっていた。
現在、仙台市では40を超える劇団が活動しているが、1986年に(財)仙台市市民文化事業団が発足した当時は、劇団数は5つほどだった。小ホール開設や財団による舞台技術養成講座の開講などの効果で旗揚げが相次ぎ、90年、青年文化センターの開館を機に、地元の劇団による「仙台演劇祭」が始まる。95年には演劇ワークショップ参加者によるプロデュース公演、97年には仙台市の演劇振興事業「劇都仙台」もスタート。最盛期には劇団数が80を超えるほど活性化したが、2000年に入った頃から劇団活動も演劇祭も徐々に勢いを失っていく。02年、市の演劇振興の拠点となる練習場、せんだい演劇工房10-BOXがオープンしたのを機に演劇祭を見直し、04年に野外に仮設舞台を組んで神楽などの伝統芸能公演を試みる「街が劇場になる日(マチゲキ)」と銘打ったフェスティバルを行い、2日間で8,000人を動員する成功を収める。
これを踏まえ、「せんくら」(*1)やジャズフェス(*2)のような街なかを使った演劇祭の可能性を模索した結果、誕生したのが杜の都の演劇祭だった。1回目から中心になって企画しているのは、地元でアマチュア劇団を率い、舞台監督として東京でも仕事をこなす鈴木拓さん(30歳)だ。10-BOXとの関わりも深く、演劇祭事務局に制作チーフとして参画した鈴木さんは、「エンターテイメント性の高い企画で、観客を創造することが必要」との考えから、プログラムディレクターを置いて評価の定まった作品を取り上げ、主に60分程度のリーディングを行うという企画骨子を作成した。店に会場費は払わず、入場料を事務局と店で折半するという形にしたため、会場探しには苦労したものの、商工会議所やジャズフェス実行委員会の紹介、実行委員会メンバーの飛び込み交渉により、9店舗の協力を取りつける(第2回は8店舗)。第1回は、劇団四季の公演時期と重なった相乗効果もあり、1,338人を集客した。
演劇祭は隔年開催の計画だが、09年は仙台文学館が開館10周年を迎えることもあり、その記念事業の一環として第2回の開催が実現、文学館の初代館長でもある井上ひさしが作品を選んだ。学芸室長の赤間亜生さんは、「文学館の展示は文字情報が主。予め作家と作品を知っていなければなかなか楽しめない“限界”がある。そこで文学館では08年から『ライブ文学館』と題して、市内のホールで演劇人やアナウンサーによる朗読公演を行ってきました。その蓄積と、同じ財団の10-BOXとの人的ネットワークが今回に繋がった。これからもこうした企画により、もっと多くの人に文学に親しんでもらえたら」と話す。
また、今回は文化庁の地域文化芸術振興プラン推進事業(*3)の助成もあり、近隣の地区へ出前公演を行うキャラバンプログラムも合わせて行われている。10-BOX工房長の八巻寿文さんは、「こうした街なかのスペースを活用したリーディングは、新しい演劇のスタイルとして、他の地方都市にもカスタマイズできる可能性がある。メディアである店をうまく使うことで街が活性化することを実感しました」と話す。また、サマルカンドを経営する馬渡和良・光代さん夫妻は、「多くの人が交流する場にしたいと思っていたので、今回、参加できて本当によかった」と笑顔を見せていた。
いつでも、街のどこかで、ワクワクするような演劇との出会いがある。“杜の都”方式は、これからさらなる進化を遂げるに違いない。
(ライター・土屋典子)
●杜の都の演劇祭2009~仙台文学館開館10周年記念 井上ひさしセレクション
[会期]11月1日~12月27日
[主催]杜の都の演劇祭プロジェクト、財団法人仙台市市民文化事業団、仙台市
[企画・制作]杜の都の演劇祭プロジェクト、せんだい演劇工房10-BOX、仙台文学館
[プログラム(会場)]『笛吹峠の話売り』(旬房 街道青葉/作:井上ひさし)、『金!~評伝で綴る啄木~』(晩翠草堂/構成:クマガイコウキ)、『死神の精度』(Bar Lounge欅/作:伊坂幸太郎)、『ケンジの散歩道』(Waiting Bar 銀杏坂/構成:なかじょうのぶ)、『イサムよりよろしく』(カフェ・シナモン・エ・ラパン/作:井上ひさし)、『あくる朝の蟬』(旅カフェ サマルカンド/作:井上ひさし)、『土神ときつね』(純喫茶 星港夜シンガポールナイト/作:宮澤賢治)、『トカトントン』(アトリエJ /作:太宰治)
*1 「仙台クラシックフェスティバル(せんくら)」:2006年にスタートした大規模な音楽祭。45分から60分の公演を3日間に101回実施、街中がクラシックで溢れる。
*2 「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」:毎年9月に開催。3日間にわたって約700バンド・4000人が出場し、2008年には約75万人が来場した。
*3 文化庁の支援事業。宮城県では「みやぎ文化振興プラン」に基づき、2009年9月から10年3月まで県内各地で36プロジェクトを実施(「芸術銀河2009」)。その一環として、杜の都の演劇祭の朗読劇をキャラバンプログラムとして大崎市、美里町、七ヶ浜町、大河原町に出前。