一般社団法人 地域創造

静岡市 静岡音楽館AOI オペラ『ポポイ』

 静岡駅に隣接した中央郵便局のビル内に、クラシック業界では全国的に知られている静岡音楽館AOI(以下、AOI)がある。開館は1995年。日本を代表する合唱曲の作曲家であり、戦後の現代音楽の礎を築いてきたキーパーソンのひとり間宮芳生が初代芸術監督に就任。その方針により、日本で唯一、国内外の現代音楽のアーティストに継続的に新作を委嘱するユニークなプログラムがスタートした。2005年、開館当初から企画会議委員としてAOIに関わってきた野平一郎(作曲家・ピアニスト)が2代目芸術監督に就任し、その意志を引き継ぎ、委嘱事業を展開している。

 6月28日、20作目の記念として間宮に委嘱されたというオペラ『ポポイ』(倉橋由美子の小説のオペラ化)が初演されると聞き、同じく現代音楽にも力を入れている津田ホール・プロデューサーの楠瀬寿賀子さんとともに取材に出掛けた。

 

 

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間宮芳生:オペラ『ポポイ』より
(左から)聡子:波多野睦美、舞:吉川真澄、ポポイ:上杉清仁
撮影:日置真光/提供:静岡音楽館AOI

 1987年に書かれた原作は、元首相宅に乱入したテロリストの美少年が切腹して介錯されたにもかかわらず、生命維持装置で首人間ポポイとなって生き続け、世話役の孫娘・舞との交流により知と愛に目覚めるという怪奇ファンタジー。ラジオドラマとして放送された際に間宮が音楽を担当し、以来20年間構想を温めてきた。

 今回のオペラの特徴のひとつが、舞の吉川真澄(ソプラノ)、ポポイの上杉清仁(カウンターテナー)に対し、台詞を話す元首相(祖父)に能楽師の清水寛二を配し、演出に舞踏家の田中泯を迎えるなど、西洋音楽と日本のルーツを調和させる試みが行われたことだ。ステージ上に垂らされた和紙にポポイの首や巨大な目が映し出され、黒子が舞台転換するなど、シューボックス型の制約があるホールでオペラを上演する工夫も随所に施されていた。

 AOIの委嘱事業は、オープニング記念として行われたフィンランドの作曲家オッリ・コルテカンガスと間宮の共作による合唱曲『木々のうた』(フィンランドのタピオラ少年少女合唱団と静岡児童合唱団が共演)を皮切りに、年1、2作のペースで続けられ、1999年にフランスのフィリップ・ユレルに委嘱した『墓(トンボー)~ピアノと打楽器のための』や2005年のフィリップ・マヌリ『奇妙な儀式』など、世界で再演が繰り返される楽曲も生まれている(委嘱作品リストはHP参照)。

 野平芸術監督は、「特殊な編成のものは再演するのが難しいが、どうすれば委嘱作を自分たちの財産として活用できるか考えていきたい。今年の3月には将来を嘱望されている若い作曲家3人(鷹羽弘晃、西風満紀子、鶴見幸代)に親子を対象にした音楽会のための曲を委嘱した。彼らは難しい曲は書くが、現代音楽の世界を知らない聴衆にどうアプローチするかを考えたことがない。クラシックではアンケートを直接演奏家などに見せることはあまりやらないが、今回は厳しい意見も含めてありのままを見てもらった。また、かつては国立劇場が若い作曲家に日本の伝統音楽や邦楽器のための曲を委嘱していたが、今ではそれもなくなった。西洋音楽一辺倒になってしまった日本の若い作曲家たちに、日本の伝統にふれる機会も提供していきたいと思っている。若い演奏家と若い聴衆(子ども)の育成はAOIの重要な事業であり、もっと力を入れていきたい」と話す。

 子どもたちに音楽を好きになってもらうために始めたという「子どものための音楽ひろば」(年70人限定。月2回程度、詩人、ダンサー、作曲家など幅広い講師が表現を楽しむ講座を開き、最後に子どもたちがつくった合唱曲などを発表。また、「ひろば」のためのコンサートも開催)や、専門家を対象にしたピアノ伴奏法講座(年6人限定。全国から伴奏者を公募。ヴァイオリニストの漆原啓子など一流のソリストと組むという経験を通じて指導する公開講座)など、芸術監督が発案し、自ら現場に立つ企画も多く、その熱意には頭が下がる思いだ。

 楠瀬さんは「クラシック音楽の魅力を知ってもらうことと同じように、現代音楽をきちんと評価して紹介することも重要。AOIは委嘱事業によって、単に新しい作品をつくることに留まらないで、若い世代の作曲家と地元の聴衆の育成を両立させようという視点を加えることでさらに一歩進んでいる。公共ホールがこうした明快な意図をもって困難な事業に取り組んでいることに敬意を表したい」と話す。表現の革新と普及を両立させるべく、静岡の地では今日も志に支えられた取り組みが続けられている。

(坪池栄子)

 

●静岡音楽館AOI
1995年開館。パイプオルガンを備えたシューボックスタイプのコンサートホール(618席)、リハーサル室2室、講堂などを備える。AOI(エーオーアイ)は愛称募集で集まった「葵ホール」の呼び名を世界に通用するよう読み直したもの。開館当初から芸術監督制により運営され、芸術監督とクラシック音楽から民俗音楽までカバーした第一線の専門家5名(池田直樹、高橋アキ、田村博巳、沼尻竜典、福田進一)による企画会議委員、市民会議委員によってプログラムを検討。市民に対する音楽の普及と音楽文化の発展という両輪を目指して運営され、芸術監督の芸術方針として掲げた若い音楽家の登用や現代音楽の作曲家への委嘱などによるユニークなプログラムを展開。
[主な事業]コンサートシリーズ(年間10数回)、AOI・レジデンス・クヮルテット(年1、2回)、企画募集事業(年2回程度)、静岡の名手たち(オーディションで選ばれた新人演奏家の音楽会)、講座(子どものための音楽ひろば、ピアノ伴奏法講座)など。委嘱作品のリストは下記ウェブサイト参照。
http://www.aoi.shizuoka-city.or.jp/2d_list.htm

 

●オペラ『ポポイ』
[会期]2009年6月28日
[主催]静岡音楽館AOI(指定管理者:財団法人静岡市文化振興財団)
[原作]倉橋由美子
[脚本・音楽・指揮]間宮芳生
[演出]田中泯

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