おんかつ、ダン活は学校現場でどんな効果を発揮しているか
吉本光宏
(ニッセイ基礎研究所 芸術文化プロジェクト室長)
今では各地の公立文化施設で実施されているアウトリーチ。日本にその考え方が紹介されたのは1990年前後だった。美術館ではそれ以前から、教育普及事業という枠組みで同様の取り組みが行われていたが、公立ホールも含め、アウトリーチが本格的に実施されるようになったのは、90年代の後半になってからである(*1)。
これまでも、アウトリーチの意義や役割について、さまざまな研究や検討が行われてきた(*2)。しかしそれらは、公立文化施設の運営にとってアウトリーチはどのような役割を果たすのか、という視点のものが中心だった。つまり、アーティストをアウトリーチ(派遣)する側からの分析で、学校や福祉施設など、受け入れ側にとってアウトリーチがどのような効果をもたらしているか、ということについては、十分な検証が行われてこなかった。
そうした背景もあり、地域創造では、2008、09年度の2カ年にわたって、「文化・芸術による地域政策に関する調査研究」を実施することとなった。この調査研究では、従来のアウトリーチにとらわれることなく、教育や福祉、地域づくりなどの分野で可能性をもった文化・芸術による取り組みを幅広くとらえ、住民や地域社会にもたらす効果、公立文化施設の運営に与える影響、実施・継続の問題点や課題などについて、調査研究することになっている。
1年目は、アーティストを学校に派遣するタイプの事業に焦点を当て、学校現場における成果を把握するため、児童および教員を対象にしたアンケート調査を実施した。3月末に中間報告としてまとまった主な調査結果は、右ページの図表のとおりで、主要なポイントを以下に整理した(*3)。
●満足度・継続意向 [図表①②]
◎おんかつ、ダン活を体験した児童の満足度は極めて高く、90%が継続を希望している。
◎教員も95%がその効果を認め、実施前の信頼度より実施後の評価が高まっており、継続の希望も90%以上に達している。
●効果の内容(児童) [図表③④]
◎児童の3人に2人は、「芸術家が目の前でやっていることを見たり聴いたり、自分で体験できたりしてうれしかった」と感じており、継続した場合「いままでよりも、からだを動かすのが楽しくなると思う」「いままでよりも、音楽や図画工作の時間が好きになると思う」と回答した児童が多い。
●効果の内容(教員) [図表⑤⑥]
◎一方、教員は100%が「子どもたちが、芸術家と交流したり、ナマの芸術を体験する喜びを味わえた」と感じ、「普段の学校や授業に比べて、子どもたちが自発的に授業に参加し、楽しそうだった」と評価する教員の割合も90%を超えている。
◎またおんかつやダン活は、児童の「素直に感動する心(感受性)」「自分の考えや気持ちを表現する力(表現力)」を育むのに効果があると考える教員が多い。
●課題 [図表⑦⑧]
◎事業を実施する上での課題としては、40%以上の教員が「アーティストやコーディネーターとの打合せ、調整に時間と手間がかかる」と回答している。
◎継続のための課題として「授業の実施に必要な予算の確保」を挙げた教員の割合は60%近くに達し、「授業を実施するための授業時数の確保」も30%強となっている。
このように、おんかつやダン活は、学校現場で、児童だけではなく教員からも、その効果を高く評価され、継続意向も高いものの、実施や継続には課題が存在していることも明らかとなった。
今年度は、学校だけではなく福祉施設も対象に同様のアンケート調査や事例調査を継続し、海外の先進事例についても調査を実施する計画で、2カ年の調査研究の成果は、2010年3月末に報告書として取りまとめる予定となっている。
図①[回答:児童]
今回の時間を前から楽しみにしていましたか
今回の時間に参加してみてどうでしたか
このような時間をこれからもまた受けてみたいと思いますか
図②[回答:教員]
このプログラムの実施する前に、その効果について信頼していましたか
今回の授業を実施したことで、期待した効果があったと思われますか
今回実施したような授業を、今後も継続してみたいと思いますか
図③[回答:児童] このような時間を受けてみて、どのように感じましたか(MA)
図④[回答:児童] このような時間がまたあると、どのようになると思いますか(MA)
図⑤[回答:教員] 具体的にどのような効果があったと思われますか
図⑥[回答:教員] 今回のようにアーティストが学校に出向いて行うような授業は、特に子どもたちのどのような能力や心を育むことに効果があると思われますか(MA)
図⑦[回答:教員] 今回のような授業を実施する上で感じられた課題は何ですか(MA)
図⑧[回答:教員] どのような課題を解決することができれば、今回実施したような授業を継続しやすくなると思いますか(MA)
●アンケート調査の実施要領
[実施時期]2009年1月16日~2月22日
[配布・回収]地域創造職員が担当教員に手渡し、おんかつ、ダン活参加団体を経由して回収
◎児童
◎教員
※設問によって回答教員が異なるものがある
*1 地域創造では、1998年に「公共ホール音楽活性化事業(おんかつ)」を、2002年に「公共ホール現代ダンス活性化事業(ダン活)」を開始。若くて有能なクラシックの演奏家、現代ダンスの振付家・舞踊家を地域に派遣し、アウトリーチと公演を組み合わせた事業を各地の公立ホールと共同で実施してきた。08年度までの実施数は、おんかつが219団体、ダン活が37団体で、1団体当たり4件のアウトリーチが行われたとすれば、これまでに1,000件を超えるアウトリーチが実施されたことになる。昨年スタートした「公共ホール演劇ネットワーク事業」でも、演劇の表現者を地域に派遣し、演劇の手法を使ったアウトリーチと公演が行われている。
*2 地域創造も、2000年度に「地域文化施設における芸術普及活動に関する調査研究」を実施し、「アウトリーチのすすめ」と題した報告書をまとめている。また、雑誌「地域創造」14号(2003年)でもアウトリーチを特集した。
*3 各地のアートNPOが実施する同様の取り組みについてもアンケート調査を行ったが、ここでは、地域創造の実施した「おんかつ」「ダン活」の集計結果を掲載した。
※専門研究会委員ならびにコーディネーター会議委員名簿は財団HPをご参照ください
http://www.jafra.or.jp/j/guide/independent/investigation01/index.php