講師 佐東範一
(NPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク代表)
「コミュニティダンスとは、教育や健康、福祉、地域活性化などにダンスの力を活用しようとする活動」(下記参照)を指すが、そういう意味では、一般の人々が行う健康づくりのためのダンス、社交ダンスやフラメンコといったダンス、そして地域の盆踊りなども含まれるだろう。
しかし、私が注目しているのは、こうした踊り手として参加するものではなく、「どんな人でもアーティストの手助けにより自分の中に眠っている創造性を発見し、自分もつくり手になれる。自分の身体を使った表現を考えることは、人とのコミュニケーション力を育て、心身の健康を取り戻すことができる。そして、さらけ出した自分を他者に認めてもらうことができるといった総合的な経験を通じて、人としての自信や生きる力を育てることを目的とした」コンテンポラリーダンスの力を活かした新しい取り組みである。
こうした取り組みは、日本ではまだ歴史が浅いが、現状や制作上の留意点、今後に向けての課題など、今のところまとめられる範囲で紹介したいと思う。
●経緯と現状
2004年に英国にダンスを見に行く機会があり、その際に英国ではコミュニティダンスが大変盛んで、国の強力なサポートのもと行われていることを知り興味をもち、ブリティッシュ・カウンシルの協力を得て、2005年と2007年に現地調査を行った。
なぜ、コミュニティダンスに興味をもったのか─その理由はJCDNの活動目的と密接に関係している。JCDNは1998年の準備室開設から数えて、2008年でちょうど10周年を迎えた。この間、“コンテンポラリーダンスと社会を繋ぐ仕組みをつくること”を目的に、アーティストなどの情報を紹介する「ダンスファイル」の発行や、全国各地で「踊りに行くぜ!!」(*1)などを開催し、アーティストの育成やコンテンポラリーダンスの普及を図ってきた。並行して、舞台公演以外に福祉施設や学校などでのダンス・ワークショップのコーディネートも数多く行ってきた。
また、10年の間に、東京の「芸術家と子どもたち」をはじめ、大阪の「Dance Box」、横浜の「STスポット横浜」、京都の「子どもとアーティストの出会い」「Dance&People」などのアートNPOが学校や障がい者施設などと連携した活動を行うようになった。そして地域創造の公共ホール現代ダンス活性化事業や福岡市文化芸術振興財団の「芸術交流宅配便」(*2)などのように、公共ホールや文化財団もコンテンポラリーダンスを学校や福祉施設などに届けるアウトリーチ事業に取り組むようになり、ダンスを社会の中に活かしていこうというムーブメントも生まれてきた。
こうした取り組みを通じて、言葉ではなく、自らの身体を使ったクリエイティブな表現をつくるコンテンポラリーダンスこそ、今の日本社会が抱えている課題(創造力やコミュニケーション力、表現力の回復)に対して最も役立つ方法になるのではないか、社会の中でその力をもっと活かせるのではないか、そのためにはアーティストや関連団体からのアプローチだけではなく、社会に定着させる新たな仕組みを確立する必要があるのではないか─そう感じていた時に出合ったのが、国が事業としてダンスを推進しているという英国のコミュニティダンスだった。
2005年の調査を踏まえ、その年の秋には、英国のザ・プレイス(*3)のクリストファー・トンプソン氏を招いたシンポジウムを開催。地域創造の研修事業(ステージラボ・マスターコース)で公共ホールの職員と研究を始めるなど、具体的な取り組みに着手した。
こうした数年来の活動の次のステップとして、今年、マスターコースに参加した公共ホールと連携し、9組のアーティストが全国各地で子ども、高校生、高齢者、障がい者などと一緒にコミュニティダンスに取り組む「ダンスライフフェスティバル2008」(*4)を企画した。8月にはコミュニティダンス財団のケン・バートレット氏などを招いて東京と京都で計4日間にわたってシンポジウム「ダンスが日本を救う!?日本におけるコミュニティダンスの確立に向けて」を開催し、関心のあるさまざまな分野・立場の人たち約160人が参加し、熱い議論を行った。
●制作の要件とポイント
今、私が考えている範囲で整理すると、コミュニティダンス事業を行う場合の要件は、以下の通りとなる。
【プログラム】
コンテンポラリーダンスによるワークショップと発表。
【参加者(創作者)】
年齢、性別、障がいの有無、ダンス経験の有無を問わず誰でもつくり手として参加できる。人数は20~30人程度(1人のアーティストの目の届く範囲)。
【ファシリテーター(アーティスト)】
アーティストは参加者に対して決められた振り付けを行うのではなく、参加者から創造性を引き出し、参加者自らがダンスをつくることを実感できるようなワークショップを行う。アーティストによってその進め方や方法は違うのでアーティストとよく相談して内容などを決める必要がある。
【時間・期間】
事業目的によってケース・バイ・ケース。時間的には、例えば学校の授業の場合は45分でも可能。しかし通常のワークショップは90~120分で行われ、作品をつくる場合はもっと時間と期間をかけた取り組みが必要。いずれにしても決まった形はなく、どのようなワークショップを望むか、予算と参加者の条件などによって時間・期間は変わってくる。
【創作のプロセス】
アーティストのナビゲートによって、身体を動かすことから、参加者が無意識にダンスをつくっていくうちに、自分でダンスをつくることの面白さを感じられる組み立てが必要。こうしたプロセスを通して参加者は、それぞれの隠れていた創造性と人との違いによる面白さを発見することとなる。人と自分の違いを発見することは、自分を認めることになり、同時に他者を認めることに繋がる。それによって他者との新しいコミュニケーションも生まれてくる。ダンスを創る作業の中にそれらのことがすべて包括されている。
【発表】
つくったものを人に見せることによって改めてこれまで自分でも知らなかった新しい自分を確認できるいい機会となるので、できるだけ最終的には人に見せるということを行ってほしい。見せる形としては、公演として舞台でやるものからスタジオで知人を前にやるものまで、自由度は高い。つくったものを参加者同士で見せ合うことでも成立する。この自由度の高さがコンテンポラリーダンスの利点のひとつ。。
●今後に向けて
日本におけるコミュニティダンスの歩みは始まったばかりであり、やるべきことが山積している。まずはこうした取り組みの有用性を広く知らせるための広報が必要だと考えている。そのためにはダンスの特徴(社会に活かせる力)をわかりやすく説明し、コミュニティダンスとは何かということをプログラムとして一般化することも不可欠となる。制作的には、コミュニティダンスが文化、教育、福祉、健康、まちづくりなど多分野にまたがった取り組みであるため、それらを横に繋ぐ仕組みや推進組織も必要であろう。また、舞台芸術としてのダンスの経験しかないアーティストで、こうした活動に興味をもっている人が現場に出る前のある種のトレーニングシステムも必要だし、コーディネーターの育成も必要であろう。そしてどうすれば経済的に成立させられるのかという最も大きな課題もある。
JCDNでは、8月のシンポジウムの結果を受けて、手始めに日本におけるコミュニティダンスの情報を共有するサイトを立ち上げる準備を始めた。また、英国コミュニティダンス財団とも連携し、雑誌「アニメーテッド」の翻訳やアーティストのトレーニングのためのカリキュラムづくりにも着手したいと考えている。
これまでたくさんのコンテンポラリーダンスのワークショップを見てきたが、言葉で自己紹介してもなかなかうち解けられないのに、ワークショップで一緒に身体を動かすとその距離は一気に縮まる。言葉では伝えられないことが伝わる身体を使ったコミュニケーションこそ、今、日本に最も必要とされているものだと思う。アーティストのアーティスティックな力が活かせる職業の開発にも繋がるコミュニティダンスを、ぜひ日本に定着させたいと考えている。興味のある方はJCDNまでご連絡いただければと思う。
*1 「踊りに行くぜ!!」
地域巡回型ダンス公演プロジェクト。地元以外の場所でアーティストが公演する機会を提供し、新しい観客との出会いによってアーティストも観客も育っていくことで新しいムーブメントを生み出すことを目的としている。出演者は、各地での選考会ビデオによる公募等により決定。
*2 「芸術交流宅配便」
国内外の著名なアーティスト・芸術家を招き、各区役所・市民センター・公民館・学校・市民団体などと連携・協力し、市民が地域で優れた文化芸術に直接ふれ、文化芸術の面白さ、楽しさを実感できるようなワークショップや講座、レクチャーなどを開催するもの。
*3 ザ・プレイス
ロンドンにあるコンテンポラリーダンスのマルチ機関。詳細は雑誌「地域創造」21号“空間のエスプリ”参照。
●NPO法人ジャパン・コンテンポラリー
ダンス・ネットワーク(JCDN)
Tel. 075-361-4685
jcdn@jcdn.org
http://www.jcdn.org/
*4 「ダンスライフフェスティバル2008」
◎子どもから高齢者までが共に創るダンス in 岐阜・山県(2008年7月)セレノグラフィカがあらゆる世代の人たちとワークショップを行う。
「ダンスでタップリ」発表作品(山県市文化の里花咲きホール):あらゆる人々がダンスにふれられる機会となるよう、市内5小学校へのアウトリーチ、教員・保育士、女性、子どもなどを対象にした単独ワークショップ(各約1.5時間×1回)と、作品をつくりホールで発表する「ダンスでタップリ」(約2時間×9回)を実施。「アーティストと話し合い、参加者が主体的に自分たちの表現をつくれるようにプログラムを工夫した。また、身体を洗うのも食事をするのもダンスであるといった身体表現についての意識啓発を行った」(花咲きホール・服部祐司)
◎地域のあらゆる人たちに届けるダンス in福岡
・インドネシア・バリ島の舞踊ケチャのアーティストが市内3カ所に出向いてワークショップを行う(2008年8月)
・リズ・ラーマン・ダンスエクスチェンジがシニア世代と共にワークショップを行い、ダンスをつくる(2009年1月)
・健常者と障がい者によるイギリスのカンパニーStop GAPがアートのバリアフリーを目指してワークショップを行い、ダンスをつくる(2月~3月)
*いずれも福岡市文化芸術振興財団の事業
◎高校生と共に創るダンス in 岐阜・多治見
(2008年11月~12月/多治見市文化会館)
山田うんスクールだんさぁーず作品『ワルツノバラ』:誰でもつくり手になれるコミュニティダンスの特性を活かし、ホールに足を運ぶことの少ない高校生をターゲットに企画。山田うんとKENTARO!!の2チームに総勢43人の高校生が参加。ダンス部に所属する20人の女子高生が参加した山田チームでは、身体を使ったコミュニケーションゲームから始めて身体で表現する感覚を身に付け、思春期の女の子同士のボディ・ランゲージがはじけた舞台をつくり出した。
◎子どもと障がいを持つ人たちと共に創るダンス in 富山1&2(2009年3月)
伊藤拓次が子どもたちと、Stop GAPが障がい者とダンスをつくる。
◎高齢者と共に創るダンス in 札幌(2009年1月~3月)
リズ・ラーマン・ダンスエクスチェンジが高齢者とワークショップを行い、参加者の人生経験をダンスとして立ち上げる。