一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.29 コミュニティダンスの基礎知識②  コミュニティダンス財団の取り組み

講師 吉本光宏
(ニッセイ基礎研究所 芸術文化プロジェクト室長)

 

 今回は、英国のコミュニティダンス振興の中心的な役割を担うコミュニティダンス財団(以下CD財団)(*1)の取り組みを紹介したい。現代表のケン・バートレット氏は(*2)、前回紹介したシンポジウムの終了後、財団の活動を情熱的に語ってくれた。スタッフ数わずか8人と聞いて耳を疑うほど、その内容は実に多彩だ。それを可能にしているのは、CD財団の明確なビジョンと戦略的なプログラムである。財団(Foundation)といっても、日本の助成財団や文化施設の運営財団とは全く異なる。自らがコミュニティダンスの具体的な事業を行うのではなく、情報提供や研修、ネットワークづくりなどを推進することで、各地のダンサーや芸術団体、大学などを巻き込みながら、コミュニティダンスを振興する。それは中間支援組織の成功モデルでもある。

●会員サービスの概要

 CD財団の中心事業は、約2,000人の会員に対する各種サービスである。会員には欄外に示したようにいくつかの種類があり、会員になると、雑誌やニュースレターのほか、さまざまなサービスが提供される。隔週発行の仕事に関するメールニュースには、毎回40件前後の仕事が紹介される。コミュニティダンスに関するものだけではなく、大学やダンスカンパニーの仕事も紹介されるが、舞台出演の仕事は含まれていない。その情報で会員が実際に仕事を行うことだけでなく、教育や健康、福祉など、さまざまな分野の仕事を提示することで、ダンスアーティストとしての新しい可能性に会員が目覚めてもらうことも大きな目的のひとつである。
 年6回発行の会員向けメールニュースは、現在障がいとダンスが中心テーマになっているが、今後、健康やソーシャル・インクルージョンといったテーマについても発行の可能性があるという。読者はダンス関係者だけではなく、福祉や障がいの分野で仕事をする人も含まれているため、そうした異分野の専門家との連携を促進するマーケティングツールにもなるのだと、バートレット氏は狙いを語る。『Animated』という雑誌は、コミュニティダンスの実践例だけでなく、理論的な研究レポート、あるいは、政府のジェンダーに関する政策やコミュニティダンスに影響のある国際情勢なども掲載する。
 毎年3回、英国各地で開催されるネットワークイベントへも会員は無料で参加できる。その目的は、特定の課題について議論すること、CD財団と会員との関係を顔の見える親密なものにすること、財団を介さずに会員同士のネットワークを促進すること、の3つである。

●重点分野と専門的人材育成

 CD財団の長期ビジョンは「ダンスがすべての人にとって意味のある世界へ」(*3)で、ミッションは「ダンスへの参加を社会や市民生活、コミュニティにとって不可欠なものにすること」(*4)である。しかし、CD財団自身が、ダンサーを雇って具体的な事業を主催することは少ない。ネットワークの形成、人材育成、情報やアドバイスの提供、アドボカシー(コミュニティダンスの意義や効果の啓蒙・普及)など、あくまでも中間支援に徹し、限られたリソースで最大限の効果を発揮するため、戦略的なプログラム開発に重点が置かれている。今後、CD財団が取り組む重点分野は、労働力(コミュニティダンスの専門家)の開発、健康、障がい、異文化間の対話、ロンドンオリンピック、国際的活動の6つである。
 コミュニティダンスの労働力を強化し、専門家を育成、定着させるためには、コミュニティダンスのアーティストが、教師や医者、看護師などと同様に専門性の高い職業であることを認知させる必要がある。そのため、CD財団では二段階の仕組みを検討している。ひとつは、コミュニティダンスの専門家としてのスタンダードを明確にし、外部の人が安心して仕事を任せられるようにすることである。次に、障がい者、健康、子どもたち、高齢者などその人固有の専門分野を設ける、というものだ。バートレット氏は前者をパスポート、後者をビザに例える。つまり、基本的な能力を身に付けた人はコミュニティダンスの仕事を行うパスポートを手にし、特定の分野でより専門的な仕事を行うためには、特定の国への渡航と同じようにビザが必要だというのである。
 そのため、CD財団では入門コース、オリエンテーション・コース、そして上級コースの3種類の人材育成プログラムを実施する計画である。入門コース以外の2つのコースはさまざまな団体や大学と共同で実施される。オリエンテーション・コースは、健康、障がい、教育など分野ごとの専門的な研修プログラムである。入門コースを修了すればパスポート、オリエンテーション・コースを修了すればビザが与えられる、というイメージである。そして、ある程度の経験者がもう一度訓練を受けたいというような場合に対応するのが上級コースで、大学と共同で実施する予定だ。そのコースを受けると履修単位が得られる仕組みで、学位取得も可能となる計画である。

●健康、障がいとコミュニティダンス

 2つ目の重点分野は健康だが、CD財団は、ただ身体を動かしているだけの肉体的なダンスではなく、アーティスティックなダンス、クリエイティブなダンスをすることが、いかに健康に寄与するか、ということを重視している。実は、これがコミュニティダンスの定義にも関わる重要なポイントである。シンポジウムでも、バートレット氏は「コミュニティダンスの参加者には、ダンスを学ぶ人(learner)ではなく、クリエイターやアーティストとしての役割が期待されます。我々は参加者をアーティストとして扱い、アーティスティックな質問をし、アーティスティックな対応を促します。つまり、コミュニティダンスにとっては、素晴らしい芸術作品を一緒につくろうというアーティスティックなプロセス全体が重要なのです」と力説した。
 ダンス(体を動かすこと)が肉体的な健康に寄与する、ということは、スポーツの専門家がさまざまな立証データを把握しているという。そうではなく、コミュニティダンスの芸術的な側面が、肉体的、精神的、社会的な健康にどのように寄与するか、CD財団は、アーツカウンシルと共同でリサーチに取り組んでいる。その一環で、米国のマーク・モリス舞踊団の協力を得て、パーキンソン病の患者に対する効果を調査中である。この場合も、ダンスセラピーではなく、アーティスティックな表現、クリエイティブな要素を含むダンスに関わる、ということが前提となっている。
 健康保険料の多くは病気やけがをした時の治療費として用いられるが、それでは健康保険ではなく“病気保険”である。その予算をもう少し健康づくりに回して、人々のダンスへの参加を促進し、健康を維持できれば、人生全体の健康保険(ヘルス・サービス)を提供できる、とバートレット氏は強調する。
 CD財団の調査によれば、障がい者を対象にダンスプログラムを実施した会員の割合は、2000年の25%から昨年は45%に上昇している。EU委員会から資金提供を受け、最近取り組んでいるのが「リフレクター」というプログラム。障がいのあるダンスアーティストと障がいのないダンスアーティストが互いに学び合う、というものである。そうした活動を積み重ねて、障がいをもったコミュニティダンスのアーティストを育成するのが狙いだ。それが実現すれば、通常はダンスをしたいと思わない障がい者も、ダンスをしてみようと思うに違いない、というのである。そしてそれが仕事になれば、障がい者の自立にも繋がるという戦略である。

 このように、CD財団の活動は、芸術としてのコミュニティダンスを振興することが、人々の生活を豊かにし、社会を改善していく、という強い信念に支えられている。何より、バートレット氏の発想は、とにかくポジティブである。シンポジウムでは、日本でコミュニティダンス的な活動を展開しようとしても、インフラが整備されていない、国や自治体に理解されにくい、という悲観的な意見が出た。しかし、「日本には地域創造のダン活もあるし、JCDNもあるじゃないか。我々は30年もかかったけど、日本のほうがずっと早く達成できる!」というのが、バートレット氏からのメッセージである。

*1 Foundation for Community Dance
詳しくはwww.communitydance.org.ukを参照

*2 Ken Bartlett, Creative Director

*3 “A world where dance matters to everyone.”

*4 “To make participation in dance vital to society, people's lives and their communities.”

 

●コミュニティダンス財団の概要

◎会員の種類と年会費
・コーポレート会員(大中規模の団体・組織):85ポンド(17,000円)
・グループ会員(小規模な団体・組織):45ポンド(9,000円)
・個人会員:22.5ポンド(4,500円)
・学生・無職・障がい者:15ポンド(3,000円)
*2年継続会員になるとそれぞれ2年間で160、80、40、25ポンドに割引される

◎会員サービス
・雑誌Animated(年3回発行):障がい、健康、国際交流など毎回特集テーマを設定
・ネットワークニュース(年6回発行):コミュニティダンス財団や会員団体の興味深い活動や事業の紹介、研修やトレーニング、助成金などに関する情報提供など
・会員向けのメールニュース(年6回)
・仕事に関するメールニュース(隔週)
・CD財団からの情報やアドバイス、相談等の提供
・CD財団のイベントや研修会、出版物などの優先案内と割引
・会員同士のネットワークイベントへの無料参加
・会員名簿への掲載
・犯罪記録局の公開情報(児童虐待者リスト等)への特別アクセス権(イングランド、ウェールズの会員のみ)
・製造物責任保険スキームへの特別アクセス権
*バートレット氏によれば、会員の退会は非常に少ないので、サービスへの満足度は高いはずだという

◎年間予算
・アーツカウンシルからの助成(アニュアルグラント):約20万ポンド(4,000万円)
・会費収入:約5万ポンド(1,000万円)
・その他に財団や信託からの特定のプロジェクトに対する助成金:今年度は7.5万ポンド(1,500万円)

◎運営体制(計8名)
・クリエイティブ・ディレクター(芸術的な方針やプログラムの企画・開発の責任者)
・ディベロプメント・ディレクター(経営、マーケティング、広報、資金調達、情報提供、会員サービスなどの責任者)
・人材育成プログラム・マネジャー
・総務担当
・プログラム・コーディネーター
・情報提供担当
・会員サービス担当
・ウェブサイト・コーディネイター

*1ポンド=200円で換算

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