●公共ホール音楽活性化事業10周年
財団法人地域創造が平成10年度にスタートした「公共ホール音楽活性化事業(通称:おんかつ)」は、昨年度、無事10周年を終えることができました。この事業は、クラシック音楽の新進演奏家と専門家のコーディネーターを全国の市町村立ホールに派遣し、コンサートとアクティビティを行うものです。この間、参加した公共ホールは延べ200館に達し、オーディションを経て2年ごとに登録されるアーティストも延べ64人・組となりました。
平成17年度からは、OB館が自主的に企画・実施するおんかつ事業を財政的に支援する「支援事業」をスタート。また、平成16年度からは都道府県と共催する「アウトリーチ・フォーラム事業」を新設するなど事業を拡充してきました。実施館も当初の12館からおんかつ関連事業を合わせて400館を超えるなど、全国の公共ホールのあり方に大きな影響を与えるリーディング事業として成長し続けています。
この3月には、これまで培ってきたノウハウを「おんかつハンドブック」としてまとめ、11年目に向けて新たな船出をしました。今回は、10年の歩みを振り返るとともに、改めておんかつのミッションについてご紹介したいと思います。
●公共ホール音楽活性化事業の歩み
「ステージラボ」など公共ホール職員の人材育成を中心に自主事業を展開していた地域創造が、公共ホールを活性化するモデル事業として初めて提案したのがおんかつです(現在、「公立文化施設活性化推進事業」のひとつとして位置づけ)。
当時の市町村立ホールは、クラシックの演奏会が企画できない予算規模のところも多く、コンサート企画の経験や地域とのネットワークをもつ職員も少なく、演奏会を行っても聴衆が集まらないなど多くの課題を抱えていました。おんかつは、こうした課題を解決するモデル事業として、アメリカの「ヤング・コンサート・アーティスツ(YCA)」が行っているミニレジデンシー・プログラムを参考に企画されました。
当初の枠組は、①文化芸術による地域づくりの担い手となるホール職員・演奏家の人材育成を行う研修会、②ホール職員が演奏家・コーディネーターと共に企画・実施する地域に親しみやすい本格的な演奏会、③聴衆を育成するために行うアクティビティ(音楽を通じた地域・市民との交流プログラム)、の3つでした。
①では、研修以外に登録アーティスト全員が実演するプレゼンテーションと、アーティストとホール職員の情報交換会が設けられ、以来、公共ホールとクラシック演奏家を結ぶ場として大きな役割を果たすようになりました。特筆すべきは、③のアクティビティとしてアーティストが地域の学校や福祉施設などに出かけていく「アウトリーチ」活動を実践したことです。平成12年度には「アウトリーチ活動のすすめ~地域文化施設における芸術普及活動に関する調査研究」報告書も発行され、その手法は公共ホールの芸術普及活動のスタンダードとして一気に広がっていきました。
立ち上げから現在まで、この事業に携わってきた児玉真地域創造プロデューサーは、次のように振り返っています。
「以前から学校の体育館などで音楽教室という名前の出前コンサートはよく行われていました。しかし、おんかつのアウトリーチはそれとは質の異なる仕組みとして考えたもので、子どもたちの普段いる空間にアーティストが訪れてアーティスティックな時間を身近に共有することを目的としています。そのために提案したスタイルが、小空間、少人数、少(短)時間という3つの“しょう”という考え方です。当初は、体育館でおんかつアウトリーチはできないというのを先生に説得するのが大変でしたが、今ではこのスタイルもかなり定着しました。しかし、近年は学校等に出掛ければそれでいいというようなアウトリーチを安易に理解する傾向があり、気になっています。何のために音楽を通じて地域・市民と交流するのか─アーティストが地域とできることはもっと色々とあるはずです。アウトリーチの目的に立ち戻って意識付けをする時期にきているように思います」
こうした問題意識を踏まえて、この春発行したハンドブックでは、改めてミッションを整理するとともに、アウトリーチではなく「コミュニティ・プログラム」という言葉を用いて事業の整理が行われました。また、昨年度から地域を題材にした創作や医療・教育との連携などアーティストが地域と行うコミュニティ・プログラムの可能性にチャレンジする「応用プログラム」が新たにスタート。リーディング事業としてこれからも発展し続けるべく、可能性を拡げてきています。
最後に、第2期登録アーティストとして参加して以来、支援事業を含めて8年間関わっていただいているピアニストの白石光隆さんにもコメントをいただきました。
「おんかつ以前にも学校での演奏会をしたことはありましたが、ミッションに則ってコーディネーターやホールの職員と一緒に相当の話し合いをしてアウトリーチを考えるのは全く違う経験でした。稼働率4割で困っていたホールでロビーコンサート、バックステージツアー、小学校の夜間開放での演奏会をやり、稼働率9割を超えるホールで養護学校の親子に向けたアウトリーチをやったあたりから、ホールや地域の課題に向き合うおんかつの意義や公共ホールの役割、職員の使命がわかってきました。今は、僕たちが経験したことを後進に伝えて、僕は音楽のスペシャリストとして、学校の先生を対象にするなどもっと地域やホールが活性化するような次のステップに進みたいと思っています。一方でアウトリーチをやればいい、数をこなせばいいという安易な風潮も目に付く。おんかつが立ち上がった時と今では社会が求めることも変わってきているので、初心に返って何をなすべきかを考えていくのもOBの役割なのではないでしょうか」
常に現状を見直し、どう発展させていくのか、その責務が問われ続けるのもリーディング事業だからこそ。9月13日から本年度のおんかつ事業がスタートしました。11年目のおんかつには、次なるステップにむけての新たな試行錯誤が求められています。
●ヤング・コンサート・アーティスツ(YCA)
スーザン・ワズワースが1961年に設立したNPO。若くて有能な演奏家を発掘し、演奏の機会を提供し、社会に送り出すことをミッションに、毎年、国際オーディションを実施。入賞者には数々の演奏機会とプロモーションが約束されている。特徴あるプログラムのひとつ「ミニレジデンシー・プログラム」は、演奏会が行われる地域に滞在して、YCAのアーティストが学校や教会などでミニコンサートやレクチャーを行うというもの。詳細は雑誌地域創造5号(98年10月発行)の「海外スタディ」参照。
●おんかつ事業の歩み・開催実績推移
●「おんかつハンドブック」より
◎ミッション
音楽と住民との幸福な出会いの創出によって
・地域と住民に活力を与えること
・公共ホールを活性化すること
・音楽芸術と音楽家を活性化すること
◎おんかつの成果・効果を最大限に発揮するための5つの考え方
1.地域の団体や施設、住民との新たな回路を構築する
2.歴史や伝統、自然環境、優れた人材など、地域資源を再発見する
3.コミュニティプログラムとコンサートを効果的に連携させる
4.明確な目標を定め、創造性あふれる独自プログラムにチャレンジする
5.継続が公共ホールの支持層を広げ、未来を切り拓く
*1、3、5はおんかつに必須の考え方だが、2、4はおんかつに取り組む個別の地域やホールが達成したい目標やホール担当者の経験値等によって重要度は変化する。
●公共ホール音楽活性化アウトリーチ・フォーラム事業
若手演奏家(フォーラム・アーティスト)を対象にしたアウトリーチ手法開発研修と都道府県・政令市におけるアウトリーチ拠点づくりを目的とした事業。都道府県・政令市と共催でフォーラムアーティストを市町村に派遣するアウトリーチと、おんかつ支援アーティストとフォーラムアーティストの出演する総括コンサートを行う。
●公共ホール音楽活性化応用プログラム
公共ホール音楽活性化支援事業を実施した団体等を対象に、音楽分野における地域交流事業の手法を活用・応用して、地域を題材にした作品等の創作活動や教育・医療・福祉など他分野との戦略的連携を図るもの。地域創造では一部経費を負担するほか、企画会議、地域交流事業、公演事業に対する演奏家やコーディネーターの派遣等を通じて事業の実施をサポート。
●おんかつの構成要素
●問い合わせ
◎公共ホール音楽活性化事業、同事業応用プログラム
芸術環境部 清水・瀬川・小澤
Tel. 03-5573-4093
◎公共ホール音楽活性化支援事業
芸術環境部 川口
Tel. 03-5573-4056
◎公共ホール音楽活性化アウトリーチ・フォーラム事業
芸術環境部 尾形・飯川
Tel. 03-5573-4076 Fax. 03-5573-4060