札幌市の南の丘陵地帯約40ヘクタールに広がる札幌芸術の森に、軽快なジャズ・ミュージックが響きわたる。野外ステージに集まった約4000人の観客たちが、思い思いのスタイルで踊り始める。これまで北の大地の定番だった冬の雪まつり、6月のYOSAKOIソーラン祭りに加えてもう一つ、真夏の祭りが生まれようとしている。
7月19日から8月10日にかけて市内各所を舞台に展開された「サッポロ・シティ・ジャズ2008」。今年2年目を迎えたこのイヴェントは約10万人の動員を記録し、早くも市民の心をがっちり掴んだようだ。
今回の魅力は、イヴェントのシンボルであるホワイトロックと名付けられた巨大な特設ドーム型テントが、昨年の中島公園から札幌市民の憩いの場である大通公園に移動したこと。400人を収容するドーム内は全面スクリーン。映像作家の作品が投影され、客席では北海道の美味しい食材やビールも楽しめる。ここで秋吉敏子ピアノトリオやカナダからやって来たピーター・アップルヤード等の巨匠の演奏が楽しめたのだから、連日チケット・ソールドアウトの大盛況も当然だった。
どんな経緯でこのイヴェントが生まれたのか。実行委員会の要となった札幌市芸術文化財団のプロデューサー、山内明光が解説してくれた。
「芸術の森では1999年から市民のアマチュアバンドとプロのバンドを招いてサッポロ・ジャズ・フォレストという野外イヴェントを行っていました。2000年からはジュニア・ジャズ・スクールも開校して、小中学生の演奏指導も平行して行ってきました。これらの活動が認知されてきたことと、札幌の夏にも観光の起爆剤となるイヴェントがほしいという市の思惑が合致して、昨年からこの取り組みになりました」
長引く不況の中で、札幌市が頼りにする観光客はここ数年1300万人台に低迷している。これをなんとか1500万人台に、将来的には2000万人台に引き上げるために、上田文雄市長は04年の初当選時から「文化で集客を」と唱え続けてきた。この意向を受けて07年には議会提案で文化振興条例が制定され、観光文化局では現在10年計画のアクションプランを策定中だ。その一環として、老若男女誰もが楽しめるジャズにスポットが当たり、06年に創立20周年を迎えた芸術の森を中心としてサッポロ・シティ・ジャズが創設されたわけだ。
つまりこのイヴェントには、ある意味で北の政令指定都市・札幌の将来がかかっているとも言える。山内が続ける。
「模範としたのは2週間で250万人を動員する世界一のジャズの祭典、カナダ・モントリオールのジャズ・フェスティバルです。そこに近づくために、今後我々はアジアをマーケットとした集客もしたいし、海外のアマチュアバンドも招聘したい。また全国公募して、今年は約150組が参加したパークジャズライブの優勝者は海外に送り出す仕組みもつくりたい。ジャズ・ブームとなっている韓国や上海とも密接に交流していきたいと思っています」
とはいえ、昨今の経済事情は最初から潤沢な予算を許すはずがない。昨年の市からの予算はわずか300万円。山内たちは企業を廻って協賛金を集め、アイディアを振り絞って2回目にこぎ着けた経緯がある。初体験の昨年は、中島公園内につくったホワイトロックから音が外に漏れて周辺のマンションから苦情がくるトラブルも経験した。財団の事業担当者5名でこの大イヴェントを切り盛りするのは並大抵のことではない。その苦労が報われ、今年の市からの予算は1800万円に増えた。昨年の評判を聞きつけてアーティストからも出演希望が多数舞い込むようになった。今年はジュニア・ジャズ・スクールの中学生たちがモントリオール・フェスティバルのメイン・ステージにも立った。
「何より今年は、タクシーの運転手が皆ホワイトロックのことを知っていてくれたことが嬉しいです」
UCLAのジャズバンドと札幌在住の学生選抜バンドとの交流ライブ「メガセッション」の準備をしながら、山内はそんな言葉で自ら手掛けるイヴェントの手応えを語ってくれた。
最終日の8月10日。星が輝き始めた黄昏時の野外ステージでは、札幌市民の人気No.1「熱帯Jazz楽団」の演奏が続いていた。芝生に寝そべっていた客たちが総立ちになると、目の前でひとりの少年が踊り始めた。そのTシャツの胸には「NIHON HAM Fighters」、背中には「Morimoto 1」。その可愛らしい踊りは、北の大地に新しい文化が確かに根付き始めたことを感じさせる象徴的なシーンだった。
(ノンフィクション作家・神山典士)
●サッポロ・シティ・ジャズ2008
[会期]7月19日~8月10日
[主催]サッポロ・シティ・ジャズ実行委員会(札幌市、札幌市芸術文化財団ほか)
[主なプログラム]
◎オープニングライブ(7月19日/ホワイトロック) 秋吉敏子ピアノトリオが開幕を飾る。
◎パークジャズライブ(7月20日、21日) 一般公募で参加したアマチュアバンドが、市内9会場で演奏を繰り広げる。コンテストも開催し、優勝バンドはノースジャムセッションのオープニングアクトを務める。
◎クロスシティジャズライブ(7月22日~25日、28日、29日/クロスホテル札幌) お昼時にプロミュージシャンのサウンドを満喫できる入場無料のコンサート。
◎ホワイトロックミュージックテントライブ(7月26日~8月3日) 大通公園2丁目に特設された映像投射式の巨大テントで行われるフェスティバルのメインプログラム。
◎ノースジャムセッション’08(8月10日/札幌芸術の森野外ステージ) キャンディ・ダルファー、スタンリー・ジョーダンら豪華アーティストを招いてのファイナルライブ。
◎ワークショップ 「サッポロ・ジュニア・ジャズ・スクール公開ワークショップ」(7月19日/札幌コンサートホールKitara)、「ピーター・アップルヤードワークショップ」(7月29日/エルム楽器本店)
◎メガセッション(8月11日/札幌芸術の森野外ステージ) フェスティバル最終日の翌日、The UCLA Contemporary Jazz Leと札幌在住の学生が共演。