展示とワークショップを繋ぐオリジナル教材の開発を行い、オープン当初から教育普及活動に力を入れてきたことで知られる目黒区美術館。春と夏の年2回、子どもから大人まで幅広い層を対象にしたワークショップを展開してきた同館が、この夏、こうした20年の活動を振り返る展覧会「『画材と素材の引き出し博物館』+ワークショップ20年のドキュメント展」を開催している。
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1979年の板橋区立美術館を皮切りに、区立美術館の建設が相次ぐ中、87年、6番目の美術館として目黒区美術館はオープンする。
「75年に始まった東京都美術館の『公開制作』や『造形基礎講座』のように、美術館と市民のインタラクティブな関わりは実技講座から始まっています。その後、参加者がより積極的に関わる、いわゆるワークショップが、宮城県美術館(81年開館)や世田谷美術館(86年開館)などで行われ始めました。そうした流れの中、目黒区美術館のワークショップは、美術と美術館を区民に知ってもらうことを目的に、開催する展覧会と密接にリンクさせるという方針でスタートしました」と、20年間、一貫してワークショップを担当してきた学芸員の降旗千賀子さんは当時の背景について語る。
当初、同館では、木や紙、金属などの素材や色彩に焦点を当てた展覧会を企画。そこから「素材とのふれあい」「色の博物誌」「線の迷宮」といったワークショップ・シリーズが生まれる。例えば92年の展覧会「色の博物誌─青」では、「ラピスラズリからウルトラマリンブルーをつくる」と題し、古代の色を現代に蘇らせるワークショップを実施。その後も継続する人気企画となった。
以降、建築や身体表現などジャンルも広がり、美術館を飛び出して展開する「アートピクニック」なども行われるようになり、子どもと大人が一緒に参加するプログラムへと変わっていく。
ワークショップは、参加者が「新しい自分」を発見する体験型と、テンペラ画などの技法を集中して学べる専門性の高い講座の2本柱となっている。講師には、教えることのプロよりも「ワークショップは共同制作・共同作業の場であり、参加者、作家、スタッフが対等の立場で、時間と空間を共有し、対話しながら相互に高め合う場である」という考え方の下、一緒に場をつくることで、自らの創作に還元できる人が選ばれてきた。
今回のドキュメント展ではそうした多彩な取り組みの記録写真が展示されているが、20年間、撮影してきた写真家の岡川純子さんは、「ひとつとして同じ内容のものはない。子どもたちが参加するものは学校とは違う、体育と美術、美術と理科、美術と社会というクロスオーバーな内容が魅力になっています。子どもも大人もワークショップの始まりと終わりとでは全く表情が違ってきます」と話す。
ワークショップとともに同館が力を入れてきたのが、オリジナル教材の開発・制作だ。その代表が『画材と素材の引き出し博物館』である。これは顔料や絵具、筆、画用紙などの画材と、木、紙、金属などの素材を、引き出しの形にレイアウトしたオブジェで、開館準備室時代の86年から、素材をテーマとした展覧会を行っていた時期にかけて降旗さんら美術館スタッフが手づくりで制作したものも含め、全部で81個を数える。
今回の会場にはすべての引き出しが展示されており、素材の特性を学べるだけではなく、美しい作品として、観る人を魅了している。また、美術館が収蔵している「トイ・コレクション」をきっかけにボランティアTVT(Toy collection Volunteer Team)が生まれ、ワークショップや児童館でのアウトリーチを行うようになってきた。
「現代は子どもも大人も“人間性の回復”が叫ばれている時代。世代を超えてコミュニケーションできる機会として、美術や美術館の普及ということ以上に、美術館のワークショップは可能性を秘めているのではないでしょうか。この20年でワークショップという言葉が定着したことで、かえって固定的なイメージやひとつのスタイルが出来てしまっているように思います。ここで改めてオリジナリティ溢れるワークショップの可能性を考えていけたらと思っています」と降旗さんは言う。
地域に根ざした小さな美術館がコツコツ積み上げてきたものの大きさがひしひしと伝わってくる展覧会だった。
(ライター・土屋典子)
●「画材と素材の引き出し博物館」+ワークショップ20年のドキュメント展
[主催]目黒区美術館、目黒区教育委員会
[会場]目黒区美術館
[会期]7月1日~8月31日