─昨年の事業を振り返っての感想をお聞かせください。
まず、財団事業に対して多大なご協力をいただきましたアーティストほか関係者の皆様に心から感謝申し上げておきたいと思います。
<アウトリーチに成果・県の主体性に期待>
私が理事長に着任したのが昨年の9月ですから、この1年で財団の事業に一通り立ち会わせていただいたことになります。特に、財団が力を入れている「アウトリーチ事業」につきましては、クラシック音楽の演奏家を小中学校などに派遣するモデル事業を始めてから10年が経過し、ノウハウが定着したこともあり、地域の皆様から大変喜ばれ、評価される事業になったのではないかと感じました。現代ダンスのアーティストを派遣する事業も始めていますが、今後ともこうした取り組みを拡充していければと考えています。昨年は、演劇についてもアウトリーチの試みを行いました。子どもたちが演劇によって人間についての理解を深め、人間関係の基礎となるコミュニケーション力を身に付けることはこれからますます重要になってくるのではないかと感じました。
美術の領域につきましては、県立美術館などの豊富な収蔵品をもつところと町村立の小規模美術館との「連携」を働きかけることが当財団の重要な役割だと認識しています。本年度は関係団体のご協力により『北大路魯山人─世田谷美術館所蔵 塩田コレクション』『没後30年 熊谷守一展』などといった展覧会を全国に巡回することができました。今後ともこうした連携企画の支援に力を入れていきたいと思っています。
いずれにしましても、こうした事業を広めるには財団が直接行うだけでは限界があります。各県が主体性をもって地域内のアウトリーチ事業に取り組んでいただけるようになれば、さらに全国的な展開が可能になるのではないかと期待をしているところです。
<人材育成に重点を>
当財団が一貫して取り組んできた大切な仕事のひとつに「人材育成」があります。ステージラボやブロックラボについては、さらに充実させるために対象範囲などの再検討も考えていきたいと思っています。今後は、地方団体の関係職員だけでなく、管理部門の方々に対する研修機会も充実させ、お役に立ちたいと考えています
<社会の要請に応えて>
今、私たちはいろいろな意味で「新しい時代」の入り口に立っているわけですが、そこにおける「文化・芸術」の役割は非常に重要なのではないかという思いが、私の中で日に日に強くなっています。当財団もそうした世の中の要請に応えて地方団体を応援できるよう、事業の適正な見直しを図りつつ、積極的なチャレンジができる体制にしていきたいと考えています。
このため、全国の児童・生徒に我が国の伝統文化である邦楽、雅楽、能楽などにふれることのできる機会も充実させてゆきたいと考えています。新たに地域伝統芸能の後継者の育成事業に対する助成と、合併市町村等における公立文化施設の活用計画の策定に対する助成制度を創設しました。3月末まで募集を継続しておりますので、ぜひ、ご活用いただければと思います(下段参照)。
─年明けの1月25日に、市長を対象にした『都市行政文化懇話会~文化による都市づくりを考える~』が開催されます。これは初めての試みですが、なぜ懇話会を企画されたのですか。
<行政への貢献>
着任以来、何度も申し上げてきましたが、これからの「新しい時代」において効果的な行政施策を展開してゆくためには、首長を含めた地方団体の指導者の方々に地域づくりにおける文化・芸術の重要性についてご理解いただくことが必要だと考えています。当財団の事業は、公立文化施設の関係者から高く評価されてきたと自負しておりますが、こうした公立文化施設の活性化という使命と平行して、今後は、より地方団体や行政に貢献することが求められているように思います。それがあって初めて、時代が求め、地域の皆様が求めている本当の意味での文化・芸術が社会に定着し、そのための動きが加速されるのではないでしょうか。
その第一歩として立ち上げたのが『都市行政文化懇話会』です。文化・芸術を中心に据えた地域づくりに積極的に取り組みたいと考えておられる市長にお集まりいただき、文化・芸術の行政における役割と行政効果、あるいは諸外国における「創造都市」の最新動向などをお伝えし、情報の提供をさせていただきながら、共に文化・芸術による地域づくりに向けてギアアップする機会にしたいと考えています。
我々の使命は、あくまで「文化・芸術を通じた地域社会の活性化」にあります。この機会を通して、文化・芸術を地域社会(あるいはコミュニティ)を活性化し、再生するための新たな地域戦略、起爆剤として位置づけるための協議ができればと考えています。
また、こうした使命を実現する上で一番大切なのは、人材育成であると確信しました。このような観点から、他の文化関係団体やメセナ協議会等との連携・交流を強めてゆきたいとも考えています。文化・芸術を通じた地域社会の活性化が重要であるという認識をもち、地域でリーダーシップをもって邁進してくださるような人材を育てるにはどうすればいいか、財団の中長期の重点政策として考えていきたいと思っています。
─今年(2008年)は日仏交流150周年であり、創造都市の代表であるナント市などフランスの諸都市と日本の諸都市との都市間交流も計画されています。国際的な観点も踏まえて、文化・芸術を通じた地域社会の活性化についてご意見をお聞かせください。
<新たな地域戦略を>
世界的な潮流で見ると、産業革命以降、製造業で栄えたヨーロッパ・アメリカの諸都市は、1970年代には日本や韓国に取って代わられ、衰退してゆきました。昨年私が訪れたナント市はそうした都市のひとつだったわけですが、市長の強力なリーダーシップにより、今は文化・芸術と人に優しい都市計画により再生を果たしています。現在の日本の諸都市は、中国やアジア諸国に製造業の拠点を奪われ、ヨーロッパ・アメリカの都市が30年前に辿ったのと同じような立場に置かれているように思えます。
そのように考えると、文化・芸術だけとは言いませんが、製造業に代わる新しい時代の成熟産業を育て、地域がそれぞれの特色をもった生き方を選択しない限り、地域社会の再生・活性化は叶わないのではないでしょうか。東京のようなところは国際金融都市として生きていけますが、地域はそうもいかないわけで、やはりそこがもっている歴史と伝統、自然環境、あるいは地域が育ててきた文化や伝統産業を拠り所にして生きていく道を考えていかなければ、地域の衰退というものに対する回答は出てこないと思います。
こういうグローバルな動きを踏まえると、我が国におけるこれからの国づくりも、歴史と伝統・文化、自然環境と人材を基盤にした方向に必ず進むと思われますし、地域もそれぞれの特徴を大切にして、地域の宝物を掘り起こしながら、それを基軸にした生き方を考える方向に進まざるをえないと思います。時代が変わりつつあることをはっきりと認識し、産業構造も都市施策も思い切ってギアチェンジするくらいの覚悟が必要なのではないでしょうか。
行政の基本は、そこに住んでいる人がより幸せになり、より豊かになるためにどのような制度をつくり、どのような施策をやるかということです。「ここに住んでよかった」「ここで死ねてよかった」というまちづくりをするためには、人との触れ合い、共感、幸せを感じる機会を提供する文化・芸術が重要になってくると感じています。
今回、「創造都市」にチャレンジしているフランスのナント市を中心とする諸都市が、日本の都市との本格的な交流・連携に着手したことに大変勇気づけられています。それによって、日本における新しい時代に向けての地域社会づくりのモデルが出来ていくのではと期待しています。
●林 省吾(はやし・しょうご)
岡山県生まれ。
昭和45年自治省入省。総務省自治財政局長、総務省消防庁長官、総務省事務次官を歴任。この間、京都府、外務省在サン・フランシスコ日本国総領事館、茨城県、静岡県教育委員会、静岡県、大阪府での勤務を経験。
●後継者育成事業に対する助成と合併市町村等における公共施設活用計画策定に対する助成について
平成20年度より創設された「地域伝統芸能継承者(青少年等)育成事業」「公立文化施設活性化支援事業」に限り、3月末まで募集を行います。詳細は担当者までお問い合わせください。
◎問い合わせ先
「地域伝統芸能継承者(青少年等)育成事業」 総務部 渋谷泰一
Tel.03-5573-4069
「公立文化施設活性化支援事業」 芸術環境部 飯川晃
Tel.03-5573-4185