一般社団法人 地域創造

神戸市 アートツーリズムワークショップ「神戸観考」

 神戸ゆかりの5人のアーティストがそれぞれ思い入れのある神戸の場所と向き合うアートツーリズムワークショップ「『神戸観考』~アーティストの思考と感性をめぐる旅~」が、神戸ビエンナーレの関連企画として開催された。これは、開館以来、アートによって地元である新開地の街を再発見する取り組みに力を入れてきた神戸アートビレッジセンターが企画したもの。
 10月21日、そのひとつ、鉄の前衛作家として知られる榎忠さんがナビゲーターを務めた「榎忠のアトリエ訪問と食の夕べ」に参加し、そこでとんでもないパフォーマンスを見た。

 アトリエ訪問として連れて行かれたのは、神戸の下町、長田区の工場が建ち並ぶ一画にある「兼正興業株式会社」。同社は、金属くずを集荷、処理し、製鋼所へ納品する製鋼原料問屋であり、神戸在住の榎さんがアート活動と平行して30数年にわたって働いてきた職場兼アトリエだという。そこで行われたのが、「磁界magnetic field」と名付けられたアート・パフォーマンスだった。このパフォーマンスは、榎さんのプランに兼正の社長である兼田義也さんのが賛同し、クレーンを操る技師とも協力し合って実現したものだ。
  普段立ち入ることのできない工場内は、山と積まれた鉄のスクラップが強烈な存在感を示し、それだけで集まってきたアートファンや町の人々を圧倒していた。

 

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「磁界magnetic field」。
巨大磁石に吸い寄せられた金属が踊る

 開始の挨拶が終わると、クレーンから吊された巨大な磁石が轟音と共に下降。地面近くの中空で止まると、床に用意された鉄の破片の群れがついっと立ち上がる。磁石が左右に移動するのにつられて、鉄の破片がきらめきながら動く。豪快かつ繊細な、鉄のダンスだ。巨大磁石は、リングや棒状の鉄、空き缶、そして最後には巨大なH鋼も自在に操り、鉄の優雅な動きを披露した。詰めかけた観客たちは驚きの声と惜しみない拍手を送った。
  榎さんは、1960年代後半から関西を中心に活動し、金属を使った大規模な作品を街中やJR神戸駅の高架下などで発表してきた伝説の作家であり、今回もその名に恥じない迫力だった。
  これまで神戸アートビレッジセンターでは、新開地を再発見するアート・プロジェクトとして、新たな視点から地域の歴史と個性を見直す『湊川新開地ガイドブック』の編集・発行(2003年)、期間限定のコミュニティスペース「新開地楽座」の開設(04年)、藤本由紀夫、藤浩志ら神戸市外から訪れたアーティストが、新開地を舞台にさまざまなアート・プログラムを展開した「新開地生誕100年の饗宴」(05年)などを実施してきた。今回の企画者である美術プロデューサーの木ノ下智恵子さんは、「これまでは新開地の歴史や商店街をベースにプランニングしていきましたが、今回は、アートの最も根源的な存在となるアーティストに焦点を当て、“街がアーティストにとって向かい合える存在になりえるかどうか”を問いかけたかったのです」と言う。
  「神戸観考」の第2回、第3回は、神戸に在住歴のある束芋、神戸で生まれ育った澤田知子ら若手アーティストが、ナビゲーターとしてそれぞれ思い出の深い会場でトークショーを開催。第4回は、神戸に生まれ育った島袋道浩が神戸港で働いていた経験もふまえ、クルージング付きの港町神戸の旅を提案。最終回に登場する藤本由紀夫は、アーティストらによって運営されるアートスペースCAP HOUSEでのアトリエ公開やパーティなどを企画している。5会場は、工場街から街中、海辺、山手と神戸のさまざまな地域に散らばっており、型通りの観光では見えてこないこの地の奥深さが、アーティストの活動を通して見えてくる内容だ。

 

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榎忠さん(左)

「磁界magnetic field」終了後、榎さんの展覧会には必ず足を運ぶという兼田社長は、「私たちは鉄のリサイクルを行っているが、榎さんは、この素材でこんな表現になるのかという驚きを与えてくれ、心のリサイクルをしてくれている」と語った。“アート”という言葉とは疎遠でも、榎忠という作家の本質をつかみ、応援している人たちがいる。それもまた、神戸の奥深さだと知った「神戸観考」の旅であった。

(フリーライター・山下里加)

 

●アートツーリズムワークショップ「神戸観考」~アーティストの思考と感性をめぐる旅~

[主催]神戸アートビレッジセンター

 

◎「榎忠のアトリエ訪問と食の夕べ」
[ナビゲーター]榎忠
[会期]10月21日 [会場]兼正興業株式会社、中華料理店「愛園」
◎「束芋の部屋への招待」
[ナビゲーター]束芋
[会期]10月28日 [会場]GREEN HOUSE Aqua
◎「澤田知子を巡る5つの話」
[ナビゲーター]飯沢耕太郎、小橋弘之、竹内万里子、姫野希美、ブブ・ド・ラ・マドレーヌ
[会期]11月4日 [会場]CREOLE
◎「島袋道浩と行く港町神戸の旅」
[ナビゲーター]島袋道浩
[会期]11月10日 [会場]ロイヤルプリンセス号、伝説の船員バー
◎「藤本由紀夫と過ごすCAP HOUSEの午後」
[ナビゲーター]藤本由紀夫
[会期]11月23日 [会場]CAP HOUSE

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