講師 吉本光宏
(ニッセイ基礎研究所 芸術文化プロジェクト室長)
前2回の制作基礎知識では、公立ホール・公立劇場の評価指針について、評価の基本的な流れと評価フレーム、評価の基本となる戦略目標と戦略の体系を整理した。今回は、3つの戦略・評価軸のうち、A「設置目的」について主要な評価指標・基準をピックアップし、具体的な評価方法を解説したい。
●段階評価・チェックリストによる評価
当該施設のミッションが明確に定められているかどうかが、評価の大前提であることは既に述べたとおりである。ミッションが適切に定められているかどうかを評価するため、本評価指針では、A-0「ミッション」の戦略目標に対して、6つの評価指標・基準を設定した。
そのうち「①劇場・ホールのミッション、事業・運営方針の有無と内容」については、右頁図に示したような段階評価が設定されている。具体的な評価基準は、図中の記述を参考にしていただくとして、ここで重視したのは、この評価に取り組むことで、各館が自らのミッションの有無を振り返り、劇場やホールの達成目標や運営指針の再確認を促していることである。
段階評価・チェックリストに基づいた評価では、どの評価指標・基準でも、右頁図に示したとおり[イ]から[ニ]までの4段階に自己評価する仕組みとなっているが、重要なのはその評価結果ではなく、4段階の記述から改善の方向性を読み取ることである。
また、戦略目標A-1「鑑賞系事業」では、8つの評価指標・基準が設定された。そのうち「2. 誰もが、音楽や演劇、ダンスを気軽に、身近に鑑賞できる機会をつくります」という戦略は、「⑦高齢者や障碍者、子育て期の母親、外国人などの鑑賞をサポートするサービスの有無と実施状況」というチェックリストによって評価する 仕組みとなっている。
その他、段階評価の評価指標・基準として、右頁図には、A-4「普及系事業②(アウトリーチ)」の「①ミッションに基づいた普及系事業②の実施目的や戦略の有無と内容」、A-5「市民文化活動の支援」の「④地域の貸館利用者に対するサービスの内容と質(専門的・技術的なアドバイスやサービスなど)」、A-6「地域への貢献①」の「①他分野への貢献や地域の活性化を視野に入れた戦略目標の有無と内容」の3つを取り上げたが、いずれも自館の現状を把握し、改善に向けた取り組みを促すような指標となっている。
●調査データ、運営・経営データに基づいた評価
調査データに基づく代表的な評価指標は、観客や参加者へのアンケートなどで把握する「満足度」である。具体的には、A-1「鑑賞系事業」、A-2「創造系事業」、A-3「普及系事業①」、A-4「普及系事業②」、A-5「市民文化活動の支援」、A-6「地域への貢献①」で、観客や参加者の満足度が、評価指標・基準として設定されている。
そのほかにアンケート調査での把握が望まれる評価指標・基準は、A-0「ミッション」の「②劇場・ホールのミッション、事業・運営方針を支持する市民の割合」、A-7「地域への貢献②」の「④劇場・ホールの存在を肯定的に考えている(誇りに思う、市の文化政策に必要等)の割合」などである。
また、アンケートだけでは把握が難しいと思われるアウトカムについては、グループインタビュー調査などの実施も検討する必要がある。例えば、A-2「創造系事業」の「⑥創造系事業による芸術団体やアーティストへの効果」、A-4「普及系事業②(アウトリーチ)」の「⑨事業に参加したことで、子どもや高齢者、障碍者の得られたもの」などは、アンケート調査だけでは把握が難しい。
一方、運営データによる評価指標・基準としては、戦略目標ごとの年間延べ観客数、参加者数、利用者数、あるいは事業の実施本数、回数、稼働率などが設定されている。
これらの運営データは経年変化による評価が基本である。相対評価を視野に入れて、これら観客数や参加者数が、設置団体や圏域の人口に占める割合も評価指標・基準として設定しているが、それらのデータを適切に評価するには、慎重な判断が求められる。そうした、運営データによる評価の留意事項については、次回、B「運営・管理」、C「経営」の2つの戦略・評価軸の具体的な評価方法で解説したい。
*本評価指針では、戦略・評価ユニットごとに、
①段階評価・チェックリストに基づいた評価
②運営・経営データに基づいた評価(経年変化)
③調査データに基づいた評価 の3つの評価方法が設定されており、評価指針・指標のピックアップに際しては、それら3つの方法がバランス良く解説できるよう配慮した。
*紙面が限られていることから本稿では省略した「戦略目標(評価大項目)」「戦略(評価中項目)」の具体的な内容については、前回の制作基礎知識シリーズの一覧表(地域創造レター No.147)を参照されたい。
*本文中に記載したA-1、A-2などの記号は戦略目標のユニット番号を、①②などは戦略目標ごとの評価指標・基準の通し番号を表しており、報告書を参照できるよう記述に含めることとした。
*右頁図に示した段階評価の記述内容については、公立ホール・公立劇場のあるべき姿を念頭に置いて作成した例示であり、実際には、各館のミッションや設置目的、運営方針、事業内容などに応じたアレンジやカスタマイズが必要である。
*なお、この制作基礎知識の解説は、「公立ホール・公立劇場の評価指針(簡略版)」に基づいている。
A「設置目的」における代表的な段階評価・チェックリスト評価(例示)