一般社団法人 地域創造

広島市 旧中工場アートプロジェクト

 日本のみならず、世界中で特別な感慨をもって語られる被爆都市ヒロシマ。重い過去の歴史をもつこの街で、現在の広島市という都市のありようを見つめ、暮らしている人々を巻き込みながら未来に向かうメッセージを発していくアートプロジェクトが行われた。「旧中工場アートプロジェクト」と題したこの取り組みは、広島湾岸にある操業を停止したゴミ処理場「旧中工場」、爆心地の平和公園近くの被爆建造物「旧日本銀行広島支店」、2つの施設の中間に位置する「吉島学区・吉島東学区」という3つの主会場を結んだ美術展だ。
 企画・運営の主体は広島市立大学芸術学部現代表現領域の学生と、2005年に准教授に就任した柳幸典さん(今回の総合ディレクター)。柳さんは、プラスチックの箱に入れた色砂の国旗を蟻が穴を掘って崩していくという「アント・ファーム」で一躍脚光を浴びた国際的アーティストである。また、10年前からは瀬戸内海の小島にある銅製錬所跡地をアートで再生する「犬島プロジェクト」にもベネッセコーポレーションの福武總一郎会長らと共に取り組んでいる。
 「大学が郊外にあるため、学生が市内で美術活動のできるスペースを探していた時に、市の環境局が旧中工場での文化的な活動を模索していると聞いたのがきっかけです。犬島プロジェクトで瀬戸内海を調査中に海から広島を見たことがあるのですが、海側のゴミ処理工場を起点にして、吉島地区を通った突き当たりに平和公園があり、この3点を結ぶことで広島の都市軸が浮かび上がると考えました」と柳さん。

 

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「ゴミがアートになる! 超高品質なホコリ」展(旧中工場)

 約1年前から市立大学の学生、卒業生を中心に準備に着手し、それぞれの場所の個性を活かしたプロジェクトが立ち上がった。旧中工場の企画を担当したのは、市立大学1期生で非常勤助手を務めていた岩崎貴宏さん。「ゴミがアートになる! 超高品質なホコリ」展と題し、卒業生を中心に作家を選出。埃や髪の毛、シャープペンシルの芯などを素材とする繊細で極小の作品を、がらんとしたゴミ処理場に展示した。入場者も一度に5人と限定し、受付で案内書と虫眼鏡と双眼鏡を配布。観客は巨大空間の中で小さな作品宇宙を旅するように楽しんだ。

 「価値のない埃を作品にするという、美術の原点のような展覧会にしたかった。消防法上の関係で一度に大勢が入れないし、プロジェクトの予算も限られていた。そういう制約をすべて逆手にとって、少人数だからこそ可能な展示を工夫しました」と岩崎さん。

 

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「金庫室のゲルトシャイサー」展(旧日本銀行広島支店)

  一方、旧日本銀行広島支店で開催されたのは、柳さんが自らキュレーションした「金庫室のゲルトシャイサー」展。オフィスだけでなく、中庭や無傷の金庫室にまで、柳、赤瀬川原平、会田誠ら第一線で活躍するアーティストの、国家、戦争、貨幣をテーマにした作品が展示されていた。「戦争は、貨幣とそれを支配する国家と切り離せない。広島だからこそ、単なるお題目として『平和』を唱えるのではなく、もっと深く切り込んでいくべきだと考えました」(柳さん)。
 そして、プロジェクト中最も多くの時間と労力がかけられたのが、大学院生だった今井みはるさん(現在は非常勤助教)が企画を担当した吉島学区・吉島東学区の「わたしの庭とみんなの庭」展だ。「最初は説明会を開いても誰も来てくれない(笑)。でも公民館の前館長さんが各町内会などに連れて行ってくださって、少しずつ町の人たちが協力してくれるようになりました」と今井さん。これまでアートとは無縁だった地域の人たちにコンセプトを説明するだけでは共感されない。顔を見せ、働いている姿を見せることが一番の説得材料になった。最終的には、学生を含む若手作家たちが福祉センターや空き地など約10カ所で作品展示を行い、場所によっては老人会のメンバーが展示の監視を買って出てくれるほどの関係が生まれたという。
 3会場には、それぞれに明確なコンセプトがあり、そこを巡ることによってプロジェクトの意味、広島という都市の多様性、アートの可能性が厚みをもって伝わってきた。「3年は続けて、旧中工場や旧日銀をアートセンターにできるよう提案していきたい。広島は世界に直接メッセージを発することのできるポテンシャルをもった都市。こうしたプロジェクトを継続しながら、広島から世界に送り出した若いアーティストが帰って来れる場所をつくっていきたい」と柳さん。広島の新たなる歴史が始まろうとしているのかもしれない。

(フリーライター・山下里加)

 

●旧中工場アートプロジェクト

[会期]2007年4月1日~22日
[主催]旧中工場アートプロジェクト実行委員会
[共催]広島市立大学芸術学部、広島市吉島公民館、(財)広島市ひと・まちネットワーク
[総合ディレクター]柳幸典

◎主なプログラム

「ゴミがアートになる!超高品質なホコリ」展(旧中工場プラットホーム)
「わたしの庭とみんなの庭」展(中区吉島学区・吉島東学区各所 )
「金庫室のゲルトシャイサー」展(旧日本銀行広島支店)
シンポジウム「地域におけるアートの役割」(4月1日/広島市環境局中工場)

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