一般社団法人 地域創造

新年の抱負─林理事長に聞く

2007年1月1日
財団法人地域創造

 

聞き手:坪池栄子

 

坪池:就任後初めて迎える新年の抱負をお聞かせください。
理事長:私にとっては新しい世界で、はまってしまいそうですよ。観るもの、聴くもの、そして会う人すべてが新鮮で、財団の設立の意義を再評価する毎日です。
理事長をお引き受けするにあたり、私がまず考えたのは、芸術文化活動を通じた地域づくりは自分のライフワークである「地方自治の仕事」の延長線上にあるのではないか、ということでした。地方自治の仕事とは、地方団体の行財政の体制をしっかりと築くことですが、それはあくまで手段であり、目的は「人々が生き生きと暮らすことのできる活力ある地域社会」を実現することにあります。とすれば、今の時代において芸術文化の役割がいかに重要かは推して知るべしでしょう。私はこうした地方自治の取り組みの中に地域創造を位置づけ、初心に戻って仕事をしてまいりたいと思っております。

 

坪池:これまでも芸術文化の分野で新機軸を打ち出されたことがあるとお聞きしています。
理事長:20年程前、静岡県の教育次長をしていた時のことですが、衰退していく地域の伝統芸能を応援するため、ある篤志家の方のご協力により文化振興財団を設立したことがあります。また、静岡県立美術館の開設に携わった時に、館長の鈴木敬先生と共に、美術の専門施設としての役割を果たしながら市民が運営などに参加する開かれた美術館のシステムづくりを行ったことも、今日の仕事に繋がるいい経験でした。
当時、特に力を入れたのは図書館についての取り組みでした。図書館は学生が勉強をするだけの場所ではなく、地域に暮らすお父さん、お母さん、子ども、おじいちゃん、おばあちゃんなどがいろいろな本に接する「広場」として位置づけるべきだと考えて、いくつかの取り組みを行いました。また、学校・市町村・県の図書館と国会図書館などをネットワーク化し、日本の公的な図書館の蔵書を誰もが利用できるようにする仕組みづくりにも着手しました。こうした考え方は図書館に限ったことではなく、公立文化施設の運営についても共通するものがあるのではないかと考えています。

 

坪池:芸術文化活動の振興による地域社会の活性化をどのように考えておられますか?
理事長:最初に申し上げました通り、私は地域創造の仕事を地方自治の中にきちんと位置づけたいと思っています。これまで、当財団の事業につきましては、公立文化施設の関係者の方々から非常に高い評価をいただいております。その一方で、芸術文化活動を通じて地域社会を元気にするという財団のミッションに照らすと、もっともっとできることがあるようにも思います。
財団が設立されて今年で14年目を迎えますが、これまでの実績を踏まえ、これから新たなセカンドステップを踏み出すにあたり、地域社会を元気にする芸術文化振興はどうあるべきかをもう一度整理してみたいと考えております。特に、地方自治の根幹として位置づけるには、行政の責任者である知事や市町村長のご理解が必要不可欠です。そのためには、ホームページなどを活用して財団の事業についてわかりやすく情報提供をさせていただくことはもちろんのこと、芸術文化活動の地域づくりにおける効用についても、その行政上の効果をわかりやすく説明できるようにする必要があると考えています。

 

坪池:芸術文化の振興とコミュニティの関係について力説しておられますが。
理事長:今の日本は、少子高齢化、情報化、国際化などにより国民の価値観が大きく変わっていく中で、地域社会がコミュニティとしての機能を失いつつあるように思います。いじめや犯罪、教育や介護など、社会を騒がせている諸問題はそこに起因しているといっても過言ではなく、地域社会の再生は地方自治の急務となっています。私は、長年、地方自治に携わってきた経験から、芸術文化活動が単なる余暇生活を充実させるためのものではなく、地域社会の再生の起爆剤になるのではないか、コミュニティの結束を強める役割を担うことができるのではないか、と考えています。
地域社会の再生が新しい地域の産業振興に繋がる可能性もありますし、また、地域住民が元気になることで医療費などの抑制効果が期待できるかもしれません。そういう行政的な波及効果を狙いながら戦略性をもって事業を展開することができれば、これまでの道路などのインフラ整備に代わり、芸術文化活動はこれからの地域づくりに必要不可欠な社会の公共財になりえます。
ただ、現状では、戦略性という観点からするとまだまだ工夫する余地がありますし、せっかくいい取り組みをしていても地域社会の活性化に繋げるための具体的な方策が取られていないことも多いように思います。今、地域の芸術文化環境は、市町村合併、地方団体の財政難、指定管理者制度の導入など大きな変化に見舞われている時期でもあり、当財団としても新しい時代のあるべき姿をもう一度確認した上で、より政策的・戦略的な取り組みのあり方を提案してゆく必要があると思っています。

 

坪池:そのための具体的方策は?
理事長:来年度は、事業を一過性で終わらせるのではなく、地域社会に根付かせるにはどうすればいいかを少し考えたいと思っています。例えば、地方団体と協力して芸術文化活動を通じた地域社会づくりのモデル事業ができないか、あるいは、アーティストと地域がもう少し継続的に関われる仕組みがつくれないか、といった検討を始めたいと思っています。アーティストももう少し市民の中に入り込み、トークなどを通して市民の理解を深め、市民生活の中に入り込む努力をしていただきたいと思っています。
いずれにしても人材(ヒューマンウェア)の育成が重要課題となりますので、地域社会の基礎単位である市町村における人材育成に今まで以上に力を入れてまいります。また、公立美術館の収蔵作品リストがデータベース化されていないというお話を伺いましたので、当財団が関係団体のネットワークの拠点としてデータベースづくりをお手伝いさせていただければと考えています。

 

理事長:戦後、私たちはナショナルミニマムを効率よく達成しようと努力してきました。経済優先、成長優先の時代から、人はいかに生きるべきか、人として生きる喜びは何かを考える新しい時代となり、これからの社会をどうつくっていくかが今まさに問われています。
人の生きる喜び、人間らしい生き方を示す芸術文化がそのための有効な切り口であることは間違いありません。そういう自信と誇りをもって、関係団体の方々と手を携えて地域社会の活性化に向けて努力してまいりたいと思います。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

hayashi.jpg

●林 省吾(はやし・しょうご)

岡山県生まれ。
昭和45年自治省入省。総務省自治財政局長、総務省消防庁長官、総務省事務次官を歴任。このほか、京都府、外務省在サン・フランシスコ日本国総領事館、茨城県、静岡県教育委員会、静岡県、大阪府での勤務

 

カテゴリー