一般社団法人 地域創造

群馬県大泉町 大泉町文化むらオペラ『ちゃんちき』

 人口約4万2,000人の約10%が外国人。小中学校には言葉が通じない子が多く通うようになり、街中にも外国人が屯する場所が増えて不安視されていた─。90年代半ばからそんな課題を抱えていた群馬県大泉町で、新たな取り組みが行われている。
 テーマは「絆と共生」。町民が自ら立ち上がり、異文化交流や多民族の共生を目指して、舞台上に150人もが立つ町民ミュージカルが4年連続してつくられている。
 プロデューサーの長ケ部さつきが言う。
「きっかけは2002年、ヴァイオリニストの五嶋みどりさんが大泉町文化むらで開いてくれた『トータル・エクスペリエンス』というコンサートでした。そのコンサートは、ただアーティストが演奏して聴衆は聴くだけというかたちではなくて、演奏家と聴衆と制作者がひとつのテーマを共有して参加型の創造体験をするというものです。その時のテーマは“絆”でした。以前から五嶋さんとはお付き合いがあったのに加え、外国人が10%もいるこの町に相応しいテーマだったので、ボランティア集団ミーティング・ポイント・ドゥ・プラス(meeting point doux+)を立ち上げて制作に参加しました。あの時は、300人以上の住民がボランティアで協力してくれて、キッズ・ミックス(Kids Mix)という子どもたちの合唱グループも結成しました」
 この時集まった子どもたちは約80人。日本人が約半数と、もう半数はポルトガル語を母国語とする主にブラジルからの日系移民の子どもたちだった。
 毎月2回、1年間かけて子どもたちは一緒に言葉や歌を習った。練習時間に遅れがちな日系ブラジル人たちも、言葉の壁が比較的少ない音楽を通して、次第次第に町に馴染むようになったという。2002年の発表が好評だったことから、長ヶ部たちは翌年、思い切って町民ミュージカルの構想を立ち上げる。
「なるべく大勢の子どもたちを舞台にあげようと考えた企画です。最初は演奏会のようなかたちで考えていたのですが、照明ができるよとか道具がつくれるよというボランティアの方が集まって来て、最終的にミュージカル『ヘンゼルとグレーテル』になりました。それを2年続けて、05年にはモーツァルトの『魔笛』に挑戦しました。そこからは群馬大学の先生で声楽家の勝部太さんに指導をしていただいて、本格化していったのです」
 その間に長ヶ部は大泉町スポーツ文化振興事業団の理事にもなり、ホールとの提携も円滑に進めることができた。そして迎えた4年目の今年。ドゥ・プラスが選んだ演目は、町歌の作曲者でもある團伊玖磨のオペラ『ちゃんちき』だった。
 その経緯をホール職員、小河弘二が言う。
「このホールが出来て18年になりますが、五嶋さんのコンサートはその中でも画期的な取り組みでした。あれを経緯に『文化で共生を』という取り組みが始まったのです。ホールとしても主催事業と位置づけて、今年も本番前一週間は舞台で稽古できるようにしたり、連日夜10時まで練習場を確保しました」
 歴史を振り返ると、この町は戦時中飛行機製造工場があり、人の異動が活発だったので、新住民に対して比較的開かれた感覚をもっていたという。日系ブラジル人が目立ち始めた頃も、町ではまず小学校と役場に日本語とポルトガル語ができる外国人を臨時に雇い、子どもたちの教育や生活環境等、基本的人権を守ることから始めている。移住者に対して過度な受け入れ体制をつくるのではなく、当たり前の生活環境があるように。そんな姿勢が住みやすさに繋がったのか、ますます移住者が増えたという事情もある。
 10月1日、『ちゃんちき』公演は満員の観客の前で演じられた。チケットは完売。終演後はロビーで町民同士が肩を叩き合ってその成果を喜ぶ姿があった。
 町のマイナスの要素を文化の力でプラスに転じよう─。継続してこそ力になると信じる長ヶ部たちは、来年は『フィガロ』に、そして将来的には、町の歴史を折り込んだオリジナル作品をつくろうと夢見ている。

(ノンフィクション作家・神山典士)

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公演の模様 ©大泉町スポーツ文化振興事業団

 

響悠空間MUSIC NEPOS VOL.4オペラ『ちゃんちき』

[作曲]團伊玖麿
[作]水木洋子
[総監督]長ヶ部さつき
[指揮]田部井剛
[演出]星野孝雄
[振付]KARAMA WAIOLI
[合唱]ちゃんちきオペラシンガーズ、Kids Mix
[管弦楽]ちゃんちき室内管弦楽団
[主催]大泉町スポーツ文化振興事業団、meeting point doux+
[日程]10月1日
[会場]大泉町文化むら

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