今年の巡回展は教育普及が主眼
地域創造では美術の分野における取り組みとして、「公立美術館活性化事業:通称美活(びかつ)」を実施し、毎年全国規模の巡回展をサポートしています。同事業は地域の方々に多彩な美術作品にふれる機会を提供すると同時に、公立美術館同士の連携を強化することを目的としたもので、4つの事業によって構成されています(詳細はこちら)。
なかでも「市町村立美術館活性化事業」は、地域創造が企画を提示して参加館を募り、実行委員会を組織した後、約1年をかけて学芸担当者同士で準備を進めるもので、美活の中核を成す事業といえます。
本年は「参加してエンジョイ展―不思議なアートに触れてみよう―」と題し、岐阜県美術館所蔵の安藤基金コレクション(国内外の戦後美術の諸作品を継続的に幅広く収集しているコレクション)を中心とする約40点の作品群を、教育普及的視点から、ユニークな展示と関連イベントによって紹介する展覧会を、八王子市夢美術館を皮切りに全国4カ所の美術館で巡回中です。
体験型の作品を展示
美術館の展示室では、手にバッテンの「お手を触れないでください」のマークをよく見かけます。しかし今回の展覧会では、触ったり動かしたりして鑑賞する体験型の作品を出品し、その脇に手にマルのマーク(つまり、「お手を触れてください」という意味)を掲示して、来場者の興味をひいています。
例えば磯辺行久の『WORK64-16(雷神)』(1964)は、約120個の扉が並ぶ下駄箱状の立体前面に、国宝『風神雷神図屏風』の左隻、雷神の図を模写した作品で、扉の中には家紋など、日本の伝統的なグラフィックをコラージュしたオブジェが設置されています。一つ一つ異なる中身に興味をそそられ、次から次へと扉を開けたくなります。
また、佐藤慶次郎の『エレクトロニック・ラーガ』(1980)は、ちょうど腰の高さほどのボックスの上に、ステンレスの半球(端子)が2つ並んだ“装置”で、2つの半球を同時に触ると、その触り方(接触面積)によってさまざまな音色の電子音を発します。鑑賞者が関わることによって成立する、インタラクティブ(相互作用的)アートのひとつです。
このほかにも、戦後日本を代表する具象彫刻家、柳原義達の『風の中の鴉』(1981)も、自由に触ることができるよう展示されています。絵画が視覚の芸術とするならば、彫刻は触覚の芸術です。触ることによって表現の核心へと感覚的に迫り、来場者が新たな発見をすることができるよう意図されているのです。
今回の展覧会が目指すもの、それは来場者が作品へアプローチする(=参加する)ための工夫をさまざまに施し、多様な表現が生まれた現代の美術を楽しんで(=エンジョイして)鑑賞してもらうことです。体験型の作品展示もその一環であり、ほかにも、抽象絵画に描かれた“かたち”を分解し、その断片を組み合わせて再構成するシミュレーションキットや、感情を“色”で表現するミニ・ワークショップコーナーなど、会場内には鑑賞を促す仕掛けがたくさん用意されています。
関連イベントも充実
展覧会を構成する要素の一つとして、今回は関連イベントも重要な位置を占めています。特筆すべきは、先に紹介した出品作家、磯辺行久氏によるワークショップです。作家からの提案により、巡回先の4館それぞれに内容を変え、各地の名産品を利用して実施するものです。
2番目の会場となった倉敷市立美術館では会期最終日の前日(9月9日)に開催されました。テーマはずばり「ワッペンをつくろう」。1960年代、前衛美術の作家として活躍した同氏がしばしばモチーフとしたのがワッペンであり、今回も62年に発表した『WORK62』が出品されています。ワークショップの内容は、小中学生を対象に、岡山が世界に誇るデニムの生地を使ってこのワッペン作品を制作するというもので、作家にとっても初の試みとなりました。
当日集まった参加者は12名。まずは学芸員が展示室へと案内し、みんなで磯辺先生の作品を鑑賞します。続いて会議室へと移動して、いよいよ制作スタート。数名ずつのグループに分かれた子どもたちは、大小さまざまなワッペン型にデニムを切り、土台となるボードに次々と貼り付けていきます。ボード一杯にワッペンを貼り付けたら、次は着色。磯辺先生も各テーブルを回りながら、アドバイスをします。
「ワッペンというのは紋章のこと。日本にも家紋があるでしょ。みんな自分のお家の家紋は知ってる?」
子どもたちは知ってか知らずか、お構いなしに自由に図柄を描いていきます。それに応えるかのように先生も筆を取り、さらに図柄を描き加えます。途中からは色とりどりのハギレが投入され、思い思いの形に切ってワッペン上にコラージュし、約1時間後、ついに完成。出来上がった作品は展覧会場に設けられたワークショップ紹介コーナーに展示されました。参加した子どもたちは展示室で再び磯辺先生の作品と対面し、その存在をぐっと身近に感じているようでした。
「参加してエンジョイ展」は10月29日まで福井市美術館で開催中、次は安城市民ギャラリーへと巡回します。ぜひ、お立ち寄りください。ちなみに磯辺先生のワークショップは、福井では「和紙」を、安城では「凧」を用いた企画を予定しています。
杉野文香さん(倉敷市立美術館学芸員)コメント
「参加してエンジョイ展」は、会期が夏休みと重なったため、親子連れや中学生グループの来館が目立ちました。展示室で美術作品に触れるといういつもとは違った体験が大変好評で、折り紙や紙版画などのワークショップも熱心に取り組んでいただけました。これからもさまざまな角度から美術作品を楽しみ、理解を深める機会が提供できるよう、今回の展覧会から生まれたアイデアなど巡回館同士で情報交換を行って教育普及活動に生かしていきたいと思います。
市町村立美術館活性化事業では、平成20年度に実施予定の「向井潤吉展(仮称)」の開催館を募集しています。詳しくは財団からのお知らせをご覧ください。
●平成18年度市町村立美術館活性化事業第7回共同巡回展「参加してエンジョイ展―不思議なアートに触れてみよう―」
[会期・会場]
6月10日~7月17日/八王子市夢美術館
7月28日~9月10日/倉敷市立美術館
9月30日~10月29日/福井市美術館
11月18日~12月24日/安城市民ギャラリー
●公立美術館活性化事業に関する問い合わせ
総務部 大竹・阿部・上野山 Tel. 03-5573-4057