指定管理者についての議論が白熱
今回のステージラボは、愛知県の「長久手町文化の家」を会場に7月11日から14日まで開催されました。長久手町は、愛・地球博会場にもなった、名古屋駅から地下鉄東山線で約30分、リニアモーターカーの走る田園風景と新興住宅地が交錯する人口4万4千人余りの町です。 文化の家は、1998年にオープンした町直営の複合文化施設(馬蹄形の森のホール・819席、風のホール・300席、生涯学習施設等)で、町民劇団の活動やオペラの普及活動など、活発な自主事業で知られています。閉講式には7月15日にオープンする愛・地球博記念公園からモリゾーとキッコロも挨拶に訪れるなど、和気あいあいとしたラボになりました。共催者として全面的にご協力をいただきました文化の家の皆様には心よりお礼申し上げます。
●白熱した議論が随所で展開
長久手セッションでは、指定管理者制度導入期限を9月に控え、いつもよりも座学やディスカッションに多くの時間が割かれました。
「文化政策企画・文化施設運営コース」では、コーディネーターの熊倉純子さんが文化政策の基礎について講義。日本の将来像として「開かれた文化創造国家」を目指すとした「日本21世紀ヴィジョン」や、文化に関する関心の低下を指摘した内閣府の世論調査などの最新トピックスを紹介し、問題提起を行いました。そして指定管理者の講義を踏まえ、4班に分かれて2日間にわたる専門家を交えたグループ・ディスカッションを行いました。今回の特徴は、各グループに2名ずつ、東京藝術大学でアートマネージメントを学ぶ学生が参加したことです。その中のひとりは、「現場の方々の切迫感を目の当たりにし、私たちもそういう緊張感をもって文化政策について考えていかなければと感じた。一緒に状況を変えて、顔の見える文化政策がつくれれば」と4日間を振り返っていました。
また、実務現場の講師陣が揃った「音楽コース」では、明日からでもすぐに会館運営に役立ちそうな豊富な事例が紹介されました。教えたい人を市民から公募し、低料金の講座を開講して収益を上げている多治見市文化振興財団のオープンキャンパス事業、多彩なロビーコンサートなどを実施しているかすがい市民文化財団、倒産の危機から地域の楽団としてNPO化し建て直しに成功した関西フィルハーモニー管弦楽団の取り組みなど。「自分で自分の身を助けられるというのがわかり、目からウロコだった」と好評でした。コーディネーターの善積俊夫さんは、最終日の締めくくりとして、長年にわたってクラシック業界に関わっている自らの経験を踏まえ、企画のための心得を披露。「Plan-Do-Checkとよく言うが、Planの前には“想”が必要。想というのは難しいことではなく、ちょっとした発想。思いつきでいいから、まずはそれを実行してみよう」「アプローチには目的に従ってやるものと試行錯誤するものがあるが、その両方が必要」といった含蓄ある言葉にみんな静かに耳を傾けていました。
●ラボ名物のアウトリーチとワークショップ
今回最もワークショップが充実していたのは、演出家の内藤裕敬さんがコーディネーターを務めた「演劇コース」です。鑑賞・育成・普及事業を企画する前提となる演劇の創造を体験することを目的に、全員が劇作と俳優に挑戦。「戯曲の書き方には大きく分けて“テーマ主義”と“モチーフ主義”の2つがある。前者はテーマを表現するためにモチーフを探して書く方法で、これはどちらかというと緻密で整った戯曲になる。後者は面白いと思ったモチーフを遊んでいくうちにテーマが出てくるというもの」と内藤さん。今回は後者の方法で、「ある日、部屋に帰ってみると脅迫状が届いていた」「冷蔵庫を開けると、真っ白なウサギが入っていた」というありそうもないシチュエーションを遊ぶ戯曲づくりを行いました。ラボ参加者全員が観客となった最終日の発表では、演出家のダメだしの模様を公開。演出家の一言で演技が見る見る変わる様子に、創作の秘密を垣間見た思いがしました。
「ホール入門コース」では、最新のトピックスである指定管理者やアートNPOについての講義に加え、定番のアウトリーチ見学が行われました。アウトリーチでは長久手町立東小学校にマリンバの浜まゆみさんと金管五重奏のBuzz Fiveが出かけ、3・4年生を対象に事業を実施。図工室で行われたマリンバ演奏では、鍵盤の振動でピンポン球を1メートル近く撥ねさせたり、固いマレット・柔らかいマレットで弾き比べをするなどユニークな楽器紹介が行われ、子どもたちと受講生の興味を大いにそそっていました。授業終了後、受講生たちも浜さんにマリンバを触らせてもらい、目をキラキラさせていました。音楽を担当している鈴木環先生は、「今回の浜さんのアウトリーチは、話からではなく曲から入り、楽器の説明、身体を動かすなど、子どもたちの興味・関心を繋げていく内容で組み立てられていて、とても参考になりました」と子どもたちの集中ぶりに感心しきりでした。盛岡市のベテラン文化担当職員としてコーディネーターを務めた坂田裕一さんは、「初めてホール担当になった頃を思い出します」と受講生の初々しい様子に目を細めていました。
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このほか、共通ゼミでは、着物の着付け、扇の差し方、すり足から初心者が必ず習う「寿」までを体験した日舞ワークショップ、チャンバラ好きの大人心をくすぐり、斬り役、斬られ役を体験した殺陣ワークショップ(下写真)、名古屋を拠点に活動する劇団ジャブジャブサーキットを主宰する劇作家はせひろいちさんの演劇ワークショプが行われました。
西濱秀樹(NPO法人関西フィルハーモニー管弦楽団 理事・事務局長)発言要旨
1996年に関西フィルハーモニー管弦楽団に入って10年になる。学生時代から関西フィルが好きだったので、その経営危機を訴えるシンポジウムを聞きに行ったら、あれがない、これがないという話ばっかりでだんだん腹が立ってきた。それで、「関西フィルに何があるのかから出発しないと何も生まれない。関西フィルには聴衆との距離を縮める楽しそうな雰囲気があるし、600人の会員がいるじゃないか」と発言した。それをきっかけに楽団に誘われ、何の実績もなかった26歳の自分が営業をやることになった。
ヨーロッパでは、まず最初にクラシック音楽を聞きたい聴衆がいて、ホールがつくられ、そこで演奏するオーケストラを立ち上げるという経緯があり、クラシック音楽を支える社会的な基盤がある。しかし、日本はまず音楽家ありきで、それを支える社会的な基盤をつくってこなかったと思う。その基盤となるのが「地域」であり、ファンとの交流なのではないかと考え、関西フィルの稽古場がある弁天町(大阪市港区)を本拠地と定めて、まずは地域の人たちに関西フィルを知ってもらうところから活動をスタートした。
稽古場が弁天町に出来て5年も経っていたのでいろいろと問題があったが、地元のお店や自治会に通い、信頼関係を取り戻す中で、回覧板などでも紹介してもらえるようになった。年4回、稽古場でコミュニティ・コンサートを開催しているし、常任指揮者の就任披露コンサートも稽古場から始めた。楽団の運営に当たっては、どうやってこのコンサートが開催できるようになったかの経緯を必ず担当者から説明させるし、主催者やホールの担当者を紹介するなど、みんなで一緒にコンサートをつくるという意識をもつことを一番の方針にしている。
地域文化の貢献をオーケストラの柱に据えたことで、現在、野洲文化ホール、文化パルク城陽、小野市民会館などいくつかのホールと継続的な事業が実施できる関係が構築できている。
●ステージラボ長久手セッション カリキュラム
●コースコーディネーター
◎ホール入門コース
坂田裕一(盛岡市観光課主幹兼ブランド推進室長)
◎自主事業 I (音楽)コース
善積俊夫(社団法人日本クラシック音楽事業協会常務理事)
◎自主事業 II (演劇)コース
内藤裕敬(劇作家・演出家、南河内万歳一座座長)
◎文化政策企画・文化施設運営コース
熊倉純子(東京藝術大学助教授)
●ステージラボに関する問い合わせ
芸術環境部 関根健 Tel. 03-5573-4164