重層的に展開する公共ホール音楽活性化事業
地域創造では、平成10年に「公共ホール音楽活性化事業(以下、おんかつ)」に着手して以来、クラシック音楽の地域への普及を支援し、若手演奏家を育成することを目的として、重層的に事業を展開してきました。今回は、今年度初めてモデル事業として実施した「オーケストラプログラム」と、3年目となる「アウトリーチ・フォーラム事業」の模様をレポートします。
音楽室やランチルームにオーケストラが出前
これまでおんかつではソリストやアンサンブルなどの登録アーティストを地域に派遣してきましたが、それでは味わうことのできないオーケストラの醍醐味に身近にふれてもらいたいと企画されたのが「オーケストラプログラム」です。
この事業は、地元の交響楽団の地域活動の向上を推進し、小中学校へのアウトリーチとホールでのコンサートを実施するというものです。アドバイザー兼指揮者として、楽器の特徴やオーケストラでの役割を軽妙なトークと楽曲構成で紹介しているコンサートシリーズ「人間的楽器学コンサート」(三鷹市芸術文化センター)の茂木大輔氏に参画していただきました。今年度は、広島交響楽団との連携により、庄原市と府中市で事業を実施しました。
府中市立上下南小学校での模様(5月30日)
府中市では、教育委員会が受け皿となり、市内の小中学校から参加校を公募。身近に交流できるよう少人数(70人以内)で、音楽教室やランチルームなど手頃なスペースがある4校が選ばれました。
上下南小学校は、府中駅から車で30分ほど、芦田川沿いに棚田を横目に見ながら進んだ山間部にあります。今回のアウトリーチでは、広島交響楽団の選抜メンバー33名がガラス張りの明るいランチルームに集まった4年生~6年生までの子どもたち36人を対象に出前コンサートを行いました。
子どもたちと指揮者の間は1メートル足らず。ヴァイオリン、ヴィオラ、クラリネット、オーボエなど、指揮者自らが演奏家と一緒に楽器紹介をしながら代表曲を演奏する様子は、まるで大ホールで行われている人間的楽器学を独り占めしている贅沢さでした。茂木さんは、「オーケストラというのは、一人一人すごい人たちが集まって、みんなで一生懸命に練習して、それぞれ性格の違う楽器が役割分担して成り立っているのです」とメッセージ。「こんな機会はめったにないから、どこに行って聴いてもいいよ」と茂木さんに言われた子どもたちは、演奏家のそばや指揮者の足下に潜り込み、最後はオーケストラと子どもたちが渾然一体となった前代未聞の『プリンク・プレンク・プランク』が実現。その演奏はまるで子どもたちのエネルギーに後押しされたかのように力強いもので、通常のオーケストラ公演では考えられない勇気ある試みに拍手喝采でした。
- 平成18年度公共ホール音楽活性化事業─オーケストラプログラム─
[指揮]茂木大輔(NHK交響楽団首席オーボエ奏者)
[管弦楽]広島交響楽団 - 開催地
[広島県庄原市]アウトリーチ:総領中学校、比和中学校(5月9日)/西城中学校・小奴可中学校(5月10日)、コンサート:庄原市民会館(6月2日)
[広島県府中市]アウトリーチ:第三中学校・上下南小学校(5月30日)/南小学校・西小学校(5月31日)、コンサート:府中市文化センター(6月3日)
県域へのアウトリーチ事業の普及を目指すフォーラム
アウトリーチ・フォーラム事業は、都道府県の参加のもと、県域におけるクラシック音楽のアウトリーチ事業の普及を推進することを目的に2004年にスタートしました。熊本県、沖縄県に続いて、3回目となる今年度は宮城県環境生活部生活・文化課との共催により、県下の6市町村でのアウトリーチ事業と、県内のクラシック音楽の拠点ホールでのコンサート(おんかつ支援登録アーティストによる特別コンサートと新進アーティストによる活動報告コンサート)が開催されます。
フォーラムの最大の特徴は、地域創造の協力によりアウトリーチ事業を行う参加館と新進アーティストに対する充実した研修プログラムを実施し、スキルアップを図っていることです。特にアーティスト研修では、地元にゆかりのある新進演奏家や将来有望な若手演奏家がアンサンブルを組み、現地に1週間程度滞在してコーディネーターと共に実地研修を交えながらアウトリーチのプログラムづくりを行います。今回の宮城セッションでは、6月5日から9日まで1997年にオープンした真新しいガラス張りの名取市文化会館で研修が開催されました。
初々しさと緊張感ただようアーティスト研修
宮城セッションに参加したのが、桐朋学園大学の学生によって結成された弦楽四重奏Quartet Nats、今回のために結成されたピアノトリオ、木管五重奏の3組です。
研修初日、まず、西住小学校で行われたおんかつ支援登録アーティストの白石光隆さんによるアウトリーチのデモンストレーションを見学。その後、市町村の担当者との顔合わせを行い、早速、中ホール、リハーサル室、スタジオを借り切って企画づくりと練習がスタートしました。3日目にコーディネーターと関係者を前に通し稽古を行い、その後2日間にわたって実際に地元の小学校2校で、各アンサンブルが3年生、4年生、5年生をそれぞれ対象に実地研修を行いました。
愛島小学校でのアウトリーチを取材しましたが、楽器の説明と体験、アンサンブルの醍醐味が伝わる代表曲の演奏をバランスよく構成したピアノトリオや、演奏と曲目解説を中心にした弦楽四重奏、アイデアルな楽器解説とパフォーマンスで楽しさを全面に出した木管五重奏など、いずれもアンサンブルの特徴を伝えたいという努力の跡の見えるプログラムでした。
初めて子どもたちの生の反応を目の当たりにし、また、他のアンサンブルのアウトリーチを見学していろいろな思いが去来したのか、反省会では、「こちらが用意したものを押し付けてしまった」「子どもたちの反応がたくさんある時にどれを拾えばいいかわからない」「拾われない子どもの反応を大切にしたい」「子どもたちとの近すぎず、遠すぎない距離感が必要だと思った」「普段着で演奏してみて、子どもたちが好きな音楽と同じレベルでリラックスして演奏することが重要なのがわかった」などなど、みんな改めてアウトリーチについて問い直していました。
上野真理(ピアノトリオ・ヴァイオリン)コメント
私たちは、最後に演奏するブラームスの『ピアノトリオ第1番ロ長調』を子どもたちに集中して聴いてもらえることを目標にプログラムを組み立てました。3つの楽器が会話しているようなこの曲をどう説明したらいいか悩んでいたら、コーディネーターの津村さんが「それなら台詞に起こしてみれば」とアドバイスしてくださって。それで忘れ物をして不安になっている妹(ヴァイオリン)がお兄さん(チェロ)に話すみたいなせりふをつくって説明しました。今回の研修では、普段言われたことのないことを指摘されたり、予備知識もない子どもたちがどこまで曲を聞き取れるのかとか、何をわかってもらいたいかとか、話し合いをする時間がとても長かった。演奏だけしているとそういう機会はほとんどなくて、この話し合いは本当に有意義でした。
平成18年度公共ホール音楽活性化アウトリーチ・フォーラム事業
- 開催地
[フォーラム事業]宮城県名取市(名取市文化会館)、大河原町(えずこホール〈仙南芸術文化センター〉)
[公演事業]宮城県内6市町村(本吉町、栗原市、大和町、石巻市、蔵王町、七ヶ浜町) - おんかつ支援登録アーティスト
礒絵里子(ヴァイオリン)、浦壁信二(ピアノ)、菅家奈津子(メゾソプラノ)、久保田葉子(ピアノ) - フォーラムアーティスト
[弦楽四重奏Quartet Nats]松浦奈々(ヴァイオリン)、荒井章乃(ヴァイオリン)、直江智沙子(ヴィオラ)、新倉瞳(チェロ)
[ピアノトリオ]上野真理(ヴァイオリン)、伊久希(チェロ)、佐々木祐子(ピアノ)
[木管五重奏]最上峰行(オーボエ)、早川邦宏(ファゴット)、猪俣和也(ホルン)、宮崎由美香(フルート)、濱崎由紀(クラリネット) - コーディネーター
楠瀬寿賀子、津村卓、内藤るみ、山本若子、柴田謙