歴史的建造物が残る異国情緒溢れる横浜を舞台にした一晩だけの街頭ダンス公演「横浜ダンス界隈」の3回目が、3月29日に開催された。これは、横浜市の実験プログラム「BankART1929」(※)の事業として企画されたもの。日常空間で気軽にダンスと出会う機会を提供するとともに、アーティストにサイトスペシフィックな作品づくりの場を提供するという一石二鳥の取り組みだ。
今回は、約150名の観客が、BankART1929 Yokohama(旧第一銀行)に 集合し、船舶資料館だった旧日本郵船倉庫をリニューアルしたBankART Studio NYKまでの約800mを約2時間半かけて歩き、途中の歴史的建造物など7カ所のサイトで9カンパニーのパフォーマンス(10分~15分)を見物した。
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夜7時15分、古いダンスホールのような雰囲気の集合場所に出向くと、パフォーマンスの場所を記したプログラムが手渡された。コンタクト・インプロビゼーションという、即興ダンスの手法を普及しているC.I.co.,のダンサーたちが生トランペットと点滅するライトで観客をサイトまで誘導する。数分で、最初の旧横浜正金銀行(現・神奈川県立歴史博物館)に到着した。
ライトアップされた展覧会の垂れ幕に書かれた「神々と出逢う」というコピーがとても意味深長に思える。そのせいか、バルコニーで行われた舞踏出身の鈴木ユキオの踊りや彼の肉体がことさら儚く見える。
一転、次のサイトの馬車道通り商店街は、カラフルな看板や店舗の蛍光灯が眩しく、夜の巷という現実に一気に引き戻された。自転車に乗った男女二人が「パーマネントはやめましょう」と叫びながら車道に登場したのを合図に、白シャツ&モンペ姿の30人近いフリーターの一群が、「食費は1日500円」「ティッシュは街でもらうもの」と貧乏暮らしの標語を唱え、念仏踊りさながらの脱力ダンスを繰り広げる。店舗からダンサーが出てくるなど、現実世界から踊りが炙り出されてくるようで、今回の企画を象徴するパフォーマンスだった。
この作品をつくったモモンガ・コンプレックスは、アートマネジメント教育に力を入れている桜美林大学出身の白神ももこ(振付)と高須賀千江子が卒業後に結成したユニット。興味が湧いたので公演後に話を聞くと、プロのアーティストと作品をつくる授業や、先輩たちの自主創作活動に刺激されて、自分たちもつくり始めたとか。昨年、NYKで旗揚げ公演をやったというので、「なぜ横浜で?」と尋ねたら、赤レンガ倉庫ホールやSTスポットもあってダンスが盛んでしょ、と当然という風情だった。こういう新しい世代が育ってきているのだなと実感した。
STスポットのプロデューサーとして演劇やダンスの若いクリエーターを育て、BankART1929の館長としてこの企画を立ち上げた岡崎松恵さんは、「アーティストには創作を刺激するシチュエーション、新しい機会が必要。限られた場所や時間でダンスを発表できる機会は増えたが、作品が小粒になり、見る人に新しい発見をさせる力がなくなっていると感じていた。こういう機会を面白がって、挑戦してほしかった」と言う。
施設の利用時間の延長や管理者の立ち会い、電源や器材の提供、道具保管、下見・リハーサル時間の確保など、関係者の現物支給に近い協賛がなければこの企画は実現できなかった。こうした理解が得られたのも、2年にわたる実験プログラムで街との関わりをつくってきた実績があったからだろう。「BankART1929」の実験期間はこの3月末で終了し、市が設けた推進委員会からの答申により、4月から本格的な事業として3年間の継続が決定した。運営母体は現在NPO法人として申請中のBankART1929となるが、どの施設が利用できるか来年度以降は未定だ。市所有の施設だけでなく短期賃貸施設も含めて検討していくそうで、まだまだ不安定な要素も多い。
「この2年やってみて、街とアートが関わるのは何も大袈裟なことをする必要はないとわかった。人が集まるとか、人の行為が加わるとかで驚くほど街の風景が変わっていくのは本当に面白かった」と岡崎さん。実験プログラムに参画していたSTスポット横浜は新たなNPO法人には参加しないが、この間の経験を活かして横浜ダンス界隈のような事業をこれからも仕掛けていきたいと意欲をみせていた。
(坪池栄子)
●BankART Café Live Series vol.10
「横浜ダンス界隈#3」
[主催]BankART1929
[日程]3月29日
[会場・出演]サイト1:神奈川県立歴史博物館(旧横浜正金銀行)/金魚(鈴木ユキオ)、サイト2:馬車道通り/モモンガ・コンプレックス、サイト3:東京藝術大学横浜校地(旧富士銀行)/中野茂樹+フランケンズ、サイト4:県民共済馬車道ビル/矢内原美邦(ニブロール)、サイト5:富士ソフトABC株式会社ビル(旧若尾ビル)/C.I.co.,、サイト6:相模運輸ビル1階(元喫茶室ルノアール)/ひろいようこ/吉福敦子、サイト7:BankART Studio NYK/能美健志&ダンステアトロ21/ブシタギ
※BankART1929
横浜市が推進する歴史的建造物を活用した芸術文化による地域活性化の実験プログラム(実験期間は2004年3月から2年間)。歴史的建造物の運営を芸術文化の専門性をもった非営利団体に委託し、アーティストたちの視点で横浜の街と文化を見直すとともに、街とアートの新しい関係を築くさまざまな試みを実施。1929年に建てられた旧第一銀行と旧富士銀行の建物を活用することから銀行とアートを組み合わせた名称が付けられた(途中から旧富士銀行の建物に替わって旧日本郵船倉庫をリニューアルして使用)。運営団体はコンペで選考し、横浜で長く小劇場を運営してきたNPO法人STスポット横浜と現代美術・建築のグループPHスタジオが核となった「YCCCプロジェクト」が事業を委託された。
地域創造レター 今月のレポート
2006.5月号--No.133