一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.24 舞台監督の仕事① 舞台づくりを支える人々と舞台監督の位置づけ

講師 草加叔也(空間創造研究所・劇場計画コンサルタント)

舞台作品の創造組織のスタッフワークを束ねる舞台監督とは?

 

演出者の創造したい舞台を具体化する舞台づくりの裏の責任者「舞台監督」の仕事を3回にわたって紹介します。

 

●まず、“劇場”とは

 「舞台監督」という職能をつまびらかにするためには、「劇場とは?」という問いから始める必要がある。

 それは、日本の劇場においては、「上演する場」と「創造する組織」が独立した存在として別々に活動を行ってきたという背景があるからだ。欧米の劇場ではこの2つは一体のもので、“作品を創造する”という本来の劇場機能とそれを支える職能が劇場に備わっている。特に、量において日本の劇場・ホールの圧倒的多数を占める「公立ホール」は、基本的にこの“舞台芸術を創造する意思と力”を外部に依存してきた。その結果、劇場という言葉のもつ意味が形骸化し、単なる“場”や“器”としての総称に止まってきた経緯がある。そのため、舞台づくりに関わる職能についても組織的に位置づけられることなく、未整理のまま今日に至っている。

 以下、舞台監督について整理するにあたり、単なる場や器としての「劇場」ではなく、舞台芸術を自ら創造し発信する継続的な意志を備えた「機関(institute)」としての劇場を前提に話を進めたい。

 

●創造する力を支える人たち

 劇場では、舞台芸術の創造・発信機能を支えるため、実に多くの才能や技能、専門的な知識や経験を蓄えた職能を必要としている。実際に舞台で表現活動を行う出演者はもとより、演出家、舞台美術家、プロデューサー、制作係、広報・宣伝係、票券係、教育・普及係、衣裳係、大道具・小道具・衣裳などの製作係、技術監督など、一見すると異なる専門性をもった人々が協働し、創造を支える力になっている。そして「舞台監督」もその中の重要な職能のひとつに位置づけられる。

 ただし、舞台芸術が「上演する場」と「創造する組織」が分離した形で共存してきた日本においては、こうした専門家と劇場の関わり方や雇用関係もまちまちであるため、いずれの職能の確立もまだ道半ばの感がある。したがって、こうした職能を個別に整理しようとすればするほど現実との乖離や齟齬が際立ち、誤解を生みかねない。それを承知の上であえて大きく分類するならば、舞台芸術を創造する力を支える職能は、以下の3つに分けられる(*)。

 

* 「観客」も広い意味で舞台芸術活動を創造する力を支える大きな役割を担うが、ここではあえてふれない

 

◎アーティスト(+デザイナー)

出演者や演奏者などだけでなく、演出家、ドラマトゥルグ、舞台美術家、舞台照明・舞台音響・衣裳の各デザイナーなどをいう。

◎テクニシャン

舞台技術者と総称される職能。技術監督、舞台機構・舞台照明・舞台音響などのオペレーター、劇場技術管理者、大道具製作、そして舞台監督なども含む。

◎アドミニストレーター

舞台制作業務を司る業務を中心に担う職能で、プロデューサーや制作担当だけではなく、広報・宣伝係、教育・普及係、票券係などもその一翼を担う。

 

  この分類において、舞台監督は「テクニシャン」の中に位置づけられる。テクニシャンとは、一般に舞台技術者と総称される職能を指す。これら全ての舞台技術者に求められる職能として不可欠な本来的資質は、舞台芸術に対する知識と理解力である。加えて舞台芸術を創造・発信していくために必要とされる個々の専門的知識と技能、そして経験値が必要となる。また、地域の劇場に所属する劇場技術管理者には、先の本質的な資質に加えてそれぞれの劇場および設備の管理と運用能力、そして劇場が備えられている地域への貢献も重要な使命として位置づけられるようになってきている。

 しかし日本においては、こうした同じ舞台技術者が、例えば照明会社や大道具会社など別の組織に所属しているため、別な職能とみられてきた。ただ、最近では高機能化する劇場設備を効率良くかつ安全に運用する専門的技能を備えた職能として、「劇場技術管理者」としての専門性の確立が求められるようになってきている。

 

●舞台監督が担う役割とは

 舞台芸術を創造する力を支えるのに必要な職能は、作品の内容や公演規模によってさまざまに異なり、それぞれの舞台技術者が担う役割も千差万別となる。そのため、場合によっては一人の人格がいくつかの職能を兼務するということもよく起こる。

 なかでも舞台監督は、作品創造組織のスタッフワークにおいて最大公約数的な職能であり、いかなる規模のプロダクションにも不可欠な存在であるため、時として演出家的な役割(演出助手)を期待されこともある。特に日本のように小規模プロダクションが多いところでは、望むと望まざるとにかかわらず、作品の創造や公演活動の過程で発生するあらゆる事象に関わるので、現場で起こる課題を手際よく処理していくことがその役割あるいは職能と誤解をする向きもある。このような実態が舞台監督という職能の専門性を曖昧にしている原因のひとつでもあるが、創造体制が劇場に組み込まれていないため、分業化できない脆弱な日本の制作体制が抱える根本的な問題に起因する結果でもある。

 とは言うものの、公演ポスター等で必ず舞台監督という職能がクレジットされるほど、作品上演のために重要な役割を担っていることは誰もが認めるところだ。ただ、仕事内容が多岐にわたるため、一般的にはその職能がわかりにくく、上演の間、舞台袖から舞台技術者や出演者に対して公演進行のための指示を出している人程度の理解に止まっているところがある。もちろん、本番の進行を司ることも舞台監督の重要な役割の一つであるが、それ以上に作品創造の過程においてさまざまな役割を期待されている。

 以下簡単に紹介すると──。

◎プロダクション立ち上げ時

  スケジュールづくりやキャスティングの支援、公演を行う劇場の下調べや舞台技術的な課題の整理と解決。そして技術進行スタッフのチームづくり。

◎作品制作段階

  稽古場の手配と稽古の進行管理、舞台美術・舞台照明・舞台音響・衣裳などのデザイン打ち合わせと進行、大道具や小道具製作図の作成から発注、場合によっては衣裳の製作発注、特殊効果(裸火・スモーク・レーザーなど)の進行管理や禁止行為の解除申請、劇場との仕込みおよび進行打ち合わせ、舞台技術に関わる予算管理。

◎劇場での仕込み段階

  搬入・搬出、仕込み進行、舞台稽古、字幕調整、フォトコールや通し稽古(ゲネプロ)。

◎本番

  大道具の転換など本番進行の全て。
 ただし、10人の舞台監督がいれば10通りの職能があり、10本のプロダクションがあれば10通りの作業が舞台監督に課せられる。結果、先に示したように雑用係的な職能と誤解を受けることにもなる。しかし、舞台監督ほど舞台芸術作品の創造に対する理解はもちろんのこと、舞台制作過程と舞台技術に関する幅広い知識や経験、そして何よりもスタッフからの信頼がなければ務まらない仕事はほかにない。
 近年、施設の大型化や高機能化が進むにつれて、舞台監督という職名で総称される職能を欧米の劇場システムのように、より専門性の高い職能として分化していこうという動きも出てきた。それが「プロダクション・マネージャ」「テクニカル・マネージャ」「ステージ・マネージャ」という3つの職能分類である。

 こうした議論が行われるようになった背景として、一人の人格が負いきれないほど舞台監督が担う実質的な作業が複雑化・多様化してきているという現実がある。ちなみにプロダクション・マネージャは「舞台進行に伴う予算管理を行うとともに、舞台セットの移動やツアーにおける技術連絡調整、そして舞台セットの仕込みなどの進行管理を行う」、テクニカル・マネージャは「搬入から搬出までの舞台製作の進行や劇場の技術的課題、そして舞台スタッフなどの管理を担う」、ステージ・マネージャは「稽古から本番に至る進行管理を行い、特に上演中の舞台進行と舞台スタッフを統括する役割を担う」とされている。

 次号以降、舞台監督の具体的な実務について時系列に従って、この3つの役割に分けながら紹介していきたい。

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