茨城県の水戸芸術館で「HIBINO EXPO2005─日比野克彦の一人万博」という一風変わったタイトルの展覧会が開催されている。
日比野克彦さんといえば、1980年代に段ボールを使った作品で注目を集め、国内外での活発な展覧会活動のほか、舞台装置の制作やテレビ番組の司会者などでも活躍してきたアーティストだ。美術ファン以外にもよく知られ、美術のジャンルには収まりきらないフィールドで活躍する彼をどのような切り口で紹介していくのか。悩んだ末、日比野さんと企画担当学芸員の森司さんが、紡ぎ出したキーワードが“一人万博”だ。
“一人”とは、日比野克彦というアーティスト個人の手業と感性が詰まった作品群のこと。“万博”とは、日比野さんが十数年来取り組んでいるワークショップで生み出された造形物やプロジェクト、人と人との出会い、現場の賑わいを指す。近年、各地でワークショップが盛んに行われているが、その場の楽しさだけで終わってしまうケースも多い。本展は、時間、空間、人など流動的な要素の多いワークショップを展覧会というフレームで切り取り、その意義を考えようという試みでもある。
「HAND HABITS(手癖たち)」と名づけられたワークショップは、本年5月から水戸市内で開始された。場所は、廃業したデパートだった東水ビル8階のワンフロア。長年たまっていた埃やゴミを掃除し、床面に段ボールが敷き詰められると、物づくりの意欲をかき立てる魅力的な空間になった。
ここに、毎週土・日の26日間、延べ約千人の市民がやって来た。日比野さんは彼らに、「オシャレな乗り物」「午前2時のガラスについたごはん粒」など7つの言葉を提示。その“指令”をきっかけに、参加者は日々の生活の中で知らず知らずのうちに身に付けていたHAND HABITS(手癖)を発揮しながら工作に取り掛かった。回数を重ねるごとに子どもや学生だけでなく、会社帰りのサラリーマンらも参加し始めたそうだ。展覧会場では、それらを日比野さんがひとつの造形作品に仕上げ、展示している。
このワークショップは、日比野さん自身にも新しい経験をもたらした。当初は、週末ごとに水戸に来て帰る予定だったが、平日も水戸に滞在し、自分の作品制作をしたいと申し出たのだ。芸術館を通してビルの所有者の許可を得て、5月末より8階フロアをアトリエとして常時使い始めた日比野さんは、周りの人間が驚くほどのスピードで次々と新作をつくり出していった。
「東水ビルでの制作は、僕にとって新鮮な経験でした。僕が個人制作に使っていたエリアは仕切りはあるのだけれど、その向こう側にいる人の気配は伝わってくる。他人の気配があるからこそ、一人であることがより強く実感できる。独房のように完全に隔離された空間では物を作る気にはならないでしょう。今回のように、微妙なすき間のある空間で物がつくれたのはいい経験になったし、今後の自分の制作にも影響してくると思います」と日比野さんは言う
ところで、この展覧会は、一連の水戸芸術館の取り組みの中で成立した。2002年、2004年に開催した『カフェ・イン・水戸』は、アーティストたちが街の中でさまざまなアート活動を展開し、市民と交流するプロジェクトである。そこで培われた市民との繋がり、信頼という土台があったからこそ、東水ビルの使用許可や延べ千人ものワークショップ参加者が集まってきたのだ。
同館現代美術センター芸術監督の逢坂理恵子さんは言う。
「ご存知のように、美術館は厳しい状況にあります。水戸市でも、市民に理解され、コミュニケーションを取っていくことが求められている。幸い水戸芸術館は、市民と交流をもちやすい街の中にあります。これまで街と関わってきた実績から、空洞化の進む商店街からも『あそこなら何かやってくれそう』と期待していただけるようになりました。演劇・音楽・美術の複合施設として役割分担をしながら、これからも市民に直接働きかけていければと思います」
次回の展覧会は、建物などにスプレーで描く“グラフィティ”を取り上げ、展示室の中だけでなく街のビル壁面にも描くという。美術館と街がコミュニケーションをし、協働する時代が始まっている。 (山下里加)
●「HIBINO EXPO2005 日比野克彦の一人万博」展
[主催](財)水戸市芸術振興財団
[会期]8月6日~9月19日
[会場]水戸芸術館現代美術ギャラリー ・広場・セントラルビル
地域創造レター 今月のレポート
2005.9月号--No.125