一般社団法人 地域創造

ステージラボ松本セッション報告

●ラボ開催地の特色を活かしたカリキュラムが充実

 ステージラボがスタートして11年目を迎え、これまで開催した地域は今回の松本セッションを含め23都道府県を数えます。近年では、受け入れ先の公立ホールの実務家にコーディネーターとして加わっていただくスタイルも定着し、毎回、その地域ならではのカリキュラムが実現しています。
 今回ご協力をいただいたのは、サイトウ・キネン・フェスティバル松本(以下、SKF)のおひざ元であり、昨年8月に演出家の串田和美氏を館長兼芸術監督に迎えて開館した「まつもと市民芸術館」(世界的建築家の伊東豊雄設計)です。開館までに紆余曲折のあった施設ですが、日本を代表する演出家が市民と正面から向き合い、さまざまな取り組みを始めたことでその動向が注目されています。特に、北海道でのワークショップをきっかけに3年かけて練り上げた『コーカサスの白墨の輪』が地域における新しい演劇創作の可能性を示したことは、記憶に新しいところです(雑誌15号、レター2005年4月号参照)。
 松本セッションでは、ホール入門、自主事業 I(音楽)、自主事業II(演劇)、文化政策企画・文化施設運営の4コースが開講されました。演劇コースではまつもと市民芸術館の渡辺弘支配人がコーディネーターを務めたのをはじめ、音楽コースでSKFの取り組みについて学ぶなど、松本らしさ満載の4日間となりました。ご協力をいただきました皆様、本当にありがとうございました。

 

●全員でヴェルディの歌劇に挑戦

 ステージラボと言えば、ワークショップやアウトリーチ見学などの体験型のプログラムが名物になっています。今回も公共ホール音楽活性化事業の登録アーティストOBである礒絵里子さん(ヴァイオリン)、浜まゆみさん(マリンバ)が地元の源池小学校に出掛けてアウトリーチを行った他、人気演出家で「発声と身体のレッスン」という基礎訓練のための本を出している鴻上尚史さんによる6時間のロングワークショップや吉田重幸さんによるコミュニケーションゲームの実演などが行われました。
 なかでも面白かったのが、今年からスタートした現代ダンス活性化事業登録アーティストでもある北村成美さんによるワークショップと、ラボ受講者全員参加で行われた合唱プログラムです。「なにわのコリオグラファー」を自称する北村さんは、関西弁で参加者の心をあっという間に虜に。自分の名前や愛称を元に振り付けを考えた参加者たちは、その動きを連続させて作品にまとめ、水中にいるような不思議な雰囲気のあるホールロビーで発表しました。
 全員参加の合唱は、小澤征爾指揮によるSKFのオペラでこけら落としが行われた大ホールで稽古と発表が行われるという贅沢なものでした。指導は、SKFで1,000人の市民合唱を指揮している中村雅夫さんです。深いワインレッドとイルミネーションで彩られた美しいホールを約120名の参加者が独り占めし、ヴェルディの歌劇『ナブッコ』の「行け、我が心、黄金の翼に乗って」と「千の風になって」に挑戦しました。腹式呼吸の説明から始まった時にはどうなることかと不安でしたが、3時間後の発表では見事なハーモニーが生まれ、「合唱は入口が広くて誰にでも開かれているすばらしい芸術」であることを実証し、全員感激の面持ちでした。

 

●NPOに学ぶ

 現在、公立ホールは、市町村合併、指定管理者制度の導入等、存続に関わる大きな環境変化に見舞われています。今回の文化政策企画・文化施設運営コースでは、こうした課題に関わるケーススタディに力を入れ、全国各地から多数の講師をお招きしました。また、設置主体と運営主体のダブル講師が実現したゼミもあり、立場の違いを目の当たりにして考えさせられることも多かったのではないでしょうか。
 特に2日目の「NPOに学ぶ」は、日本初のアートNPOで今年から正式に富良野市の指定管理者として「富良野演劇工場」を運営している「ふらの演劇工房」、コンテンポラリーダンスの火付け役となったアートスペースを運営する「ダンスボックス」「STスポット横浜」の3団体が揃い踏みする贅沢なカリキュラムでした。その中で参加者に物議をかもしたのが、ダンスボックスの事例です。
 ダンスボックスは、大阪市が進める「新世界アーツパーク事業」の中で生まれた小劇場であり、アートNPOです。遊園地と商業施設が複合したフェスティバルゲートの空き店舗を大阪市が専門的NPOに無償で貸し出し、公設民営方式で運営して先端的な芸術の拠点づくりを行い、全国から注目されていました。しかし、2002年から10年計画でスタートしたにもかかわらず、財源としてきた基金の取り崩しが底をついて家賃の支払いができなくなり、事業の継続が危機的状況に。
 「今、フェスティバルゲートで活動する4NPOが『新世界アーツパーク未来計画実行委員会』を立ち上げて、シンポジウムなどを開きながら継続の可能性を探っているところです」(NPO法人ダンスボックス理事長・大谷燠さん)
 「大阪市として施策をつくり、文化振興条例も出来ていて、評価も高いのに、なぜ継続できないのか」と受講者から質問され、この事業を担当している財団法人大阪都市協会の中村和代さんは、「財源として想定していた基金がなくなるのだから事業もなくなるというのが市としての考え方だと言われています。財団としてほかの手立てがないか、調整しているところです」と、苦しい立場を伺わせていました。
 順調にいくことだけではありませんが、来年にオープンを控えたパレア若狭の下島寛久さん(福井県)は、「住民が文化芸術を生活の一部としてとらえ、活動していく結果がNPOという形で表れるということがわかりました。うちの町にはNPOはありませんが、文化芸術を生活の一部にしたいと思っている人たちのお手伝いをして、町の活性化に繋げていきたいと思います」と希望を膨らませていました。

 

●松本の取り組みを知る

 松本と言えば今年で14年目を迎えるSKF抜きには語ることはできません。立ち上げ当初から市側で仕切り、現在はそのノウハウを観光面で展開するため松本市観光戦略本部本部長として奔走する赤廣三郎さんを迎えたゼミでは、エピソードや、どこの音楽事務所も仲介せずに事務局がアーティストと直接契約するSFKの特徴などについて話をしていただきました。その内容もさることながら、民間企業の創業者社長のようなキャラクターと語り口に世界を相手にしてきた市職員の百戦錬磨のキャリアが感じられたのではないでしょうか。
 また、まつもと市民芸術館の串田館長を囲み、世田谷パブリックシアターの高萩宏ゼネラルプロデューサーが聞き手となって、幼少の頃から現在までの演劇(劇場)との関わりをディープインタビューする演劇ファン垂涎のゼミもありました。3歳の時の農村歌舞伎との出合い、新劇のエリートコース俳優座養成所時代、日本の演劇史に残る自由劇場の結成とアンダーグラウンドシアター自由劇場の開場、民間ホールのBunkamura芸術監督からまつもと市民芸術館に至った歩みまで。それはまさしく日本の現代演劇史の縮図といえるものでした。「ゆっくりものづくりをする、地方から発信をすることを考えている。シアターキャンプやアクターズスタジオのような取り組みから何かが生まれる予感がする」という芸術監督の言葉はアーティストとしての夢に満ちていました。
 このほか、閉鎖された映画館を改装した劇場「ピカデリーホール」に場所を移して、市民の立場で演劇活動を支えている人たちとの交流も企画されました。このホールは、地域の小劇場フェスティバルの走りである松本演劇祭を支えてきた地元企業社長での西堀恒司さんがオーナーとなって去年開場したものです。「芸術文化は誰かが支えないとできない」という西堀さんの信念にふれ、公立ホール職員としての気持ちを新たにしたのではないでしょうか。

 

●ステージラボ松本セッション スケジュール表

(ここに表挿入)

コースコーディネーター
ホール入門コース
大石時雄(可児市文化創造センター プロデューサー)
自主事業 I(音楽)コース
松原千代繁(東京芸術大学客員教授、アフィニス夏の音楽祭マネージングディレクター)
自主事業II(演劇)コース
渡辺弘(まつもと市民芸術館 プロデューサー兼支配人)
文化政策企画・文化施設運営コース
吉本光宏(株式会社ニッセイ基礎研究所 芸術文化プロジェクト室室長)

 

ステージラボに関する問い合わせ
芸術環境部 大崎理英 Tel. 03-5573-4164

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