木村伊兵衛写真賞は、時代を象徴する新しい才能を発掘することを目的に1975年に創設された新人賞である。以来、「東京漂流」で時代の寵児となった藤原新也(第3回)、動物写真の岩合光昭(第5回)、廃虚写真の宮本隆司(第14回)、女性写真家ブームを象徴するHIROMIX、蜷川実花、長島有里枝(第26回同時受賞)らを世に送り出してきた。その30年を記念して、受賞作家全36名に木村伊兵衛のコレクションを加えた約400点を展覧する「時代を切り開くまなざし」が、4月23日から6月19日まで川崎市市民ミュージアムで開催された。
この写真展のポスターを電車内で見たり、新聞記事を読んだ人も多いと思う。また、近頃では「日本の幻獣」展(2004年)やマンガのアーティスト集団「CLAMP」展(2005年)など、ちょっと変わった企画で川崎市市民ミュージアムの名前を意識するようになった人もいるのではないだろうか。実はこういった取り組みのひとつひとつが、川崎が進めている改革の現れなのである。
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改革の経緯は下記を参照していただきたい。その現状と写真展を取材すべく、6月5日にミュージアムを訪ねた。写真部門学芸員の深川雅文さんは、「これまで常設展示で固定化されていた展示スペースを、今回初めて企画展のスペースとして活用できたので、これだけ大規模な写真展が実現した。これは10部門に細分化されていた組織を博物館系と美術館系に再編した結果です。また、少ないとはいえ広報予算がついたので宣伝もできました」と言う。
博物館らしく年代順に並べられた写真を見ていると、その多様性にも驚かされるが、選考委員たちが新しい才能に出会うたびに時代を発見していく様が手に取るようにわかって興味深い。
川崎市市民ミュージアムは、歴史博物館と複製芸術をテーマにした美術館の複合施設として、郊外の等々力緑地に1988年に開館した。日本で初めての写真部のほか、マンガ部門、映画・映像部門など部門ごとに学芸員を置くなど、その専門性は関係者から高く評価されてきた。98年に朝日新聞社から、今回展覧した木村伊兵衛賞写真コレクション400点余りの寄託を受けたのも、こうした専門性が認められたからにほかならない。
「でも専門的すぎて市民から遊離してしまった。当初30万人を数えていた集客が、2002年には8万3千人にまで減少。そこで質は落とさず、かつより広い市民に訴えかける“市民の誇りとなる美術館”を目指して策定したのが改革マニフェストでした。今回の写真展もその方針に沿って、川崎市にはこれだけの文化的財産があることを誇りにして欲しいと企画したものです」(深川さん)
こうして学芸員や公募市民が知恵を出していた最中の昨春、包括外部監査により「一時休館し今後の運営を検討すべき」との調査結果が発表されたことから、事態が紛糾する。
それを受けて、教育委員会は「ミュージアム改善委員会」を設置。しかし、この委員会において、過去に改善提案が行われていることが指摘され、委員会の対面討議パートナーとしてミュージアムの経営面に関し、一緒に考える体制が市役所側に存在しないことも大きな懸念事項であった」(報告書より)と市の姿勢が資されるに至って、初めて現場、行政、市民、有識者がひとつのテーブルに着くことになる。
改善委員会を契機に全庁的に組織された改革プロジェクトチームのメンバーであり、ミュージアム副館長の梅原和仁さんは、「市としての文化行政の経験不足が混乱を招いたところがあると思います。しかし、今回の過程で文化行政とはどういうことなのかを市も現場も市民も一緒に勉強できた。今まで連携が図れなかった市民局(シンフォニーホール・ミューザ川崎を所管)とも同じテーブルに着けたことで、川崎市が推進している音楽のまちづくりとの連携も図れるようになってきた」と話す。今後の具体的な改善計画の中では川崎という地域性をもっと取り込んでいきたいと意欲を見せる。
改善委員会では市民により広く開放する方向で提言が行われていた。取材当日も、中庭で公募市民による野外ライブが行われていた。確かにこうした取り組みも必要だが、そもそもミュージアムとしての目的がうまく遂行できていなかったことにこそ問題の本質があるように思う。専門性とコレクションという財産で何ができるのか、これからが正念場である。 (坪池栄子)
●川崎市市民ミュージアム改革の経緯
2003年1月 タウンニュースにミュージアムの批判記事
2003年7月 学芸員による「改革実施プラン(マニフェスト)」作成
2004年2月 包括外部監査により「一時休館し今後の運営を検討すべき」との調査結果公表
2004年3月 公募市民11名が主体となって意見書作成
2004年4月 教育委員会が有識者15名と公募市民5名による「ミュージアム改善委員会」を設置
2004年11月 改善委員会の検討結果報告「川崎市市民ミュージアムのあり方について」公表
2005年3月 全庁的な「市民ミュージアム改革プロジェクトチーム」(総務局、財政局、総合企画局、教育委員会、市民ミュージアム)による改革基本方針発表
2005年3月 2004年度に目標にしていた11.5万人を上回る年間集客13.9万人を達成
2005年4月 プロジェクトチームに市民局が加わり、9月までに具体的な改善計画作成。
*詳しい改革の経緯については下記ウェブサイト参照
http://www.city.kawasaki.jp/88/88bunka/home/top/kaizen.htm
●時代を切り開くまなざし─木村伊兵衛写真賞の30年─1975-2005
[会期]4月23日~6月19日
[主催]川崎市市民ミュージアム、朝日新聞社
地域創造レター 今月のレポート
2005.7月号--No.123