講師 津村 卓(地域創造プロデューサー)
プロダクションに係る費用(公演費)
財団法人地域創造では、今年度末に「演劇制作ハンドブック(仮称)」を発行する予定です。発行に先立ち、今回から当シリーズで新たに「演劇予算の立て方」を連載します。「パッケージ事業(買い公演)」「プロデュース事業」「劇場における演劇事業の年間予算」に分けて、予算の立て方、留意点などを整理していきます。
演劇公演の予算を立てるためには、その事業によってどのぐらいの収入があり、そのためにはどのぐらいの支出が発生するのかを正しく把握しておく必要がある。収入については、「劇場における演劇事業の年間予算」のところで詳しくふれることにして、まずは、演劇公演の支出(費用)について整理していきたい。
公立ホールが主催する演劇公演には、大きく分けて2つのパターンがある。ひとつが、演劇の制作団体から一定価格でステージを買い取る「パッケージ事業(買い公演)」、もうひとつがホールが自ら企画・制作を行う「プロデュース事業」である。「パッケージ事業」か「プロデュース事業」かによって、事業の流れや仕事の内容が異なるため、支出項目も大きく違ってくる(事業の流れについては、「制作基礎知識シリーズ」別冊を参照)。
パッケージ事業の場合、費用は、「プロダクションに係るもの」と「現地で負担するもの」の大きく2つに分けられる。以下、「プロダクションに係る費用」「現地費用」に分けて、その内容と留意点について説明する。ただし、事業の内容は千差万別であり、また、事業ごとの予算管理の方法も各劇場で異なるため、ここでの説明はあくまで一般論であることをお断りしておく。
●プロダクションに係る予算─公演費
プロダクションに係る費用には大きく分けて「公演費」「移動トラック費(トランポ代)」「交通費」「宿泊費」「食費(パーディアム・日当)」の5つがある。今回はパッケージ事業費用の中心となる「公演費」について整理する。
◎公演費に含まれるもの
パッケージ事業(買い公演)では、制作団体から一定価格でステージを買い取るが、その買い取り価格が「公演費のみ」の場合と、「公演費・交通費・宿泊費・日当」のすべてが含まれている「完全パッケージ(通称・完パケ)」の場合がある。
買い取りに当たっては見積書を提出してもらうが、公演費の総額と概要(公演費のみか、完パケかの区別)だけが記載されていて、詳細項目は書かれていないのが一般的だ。詳細見積もりを請求することもできるが、パッケージ事業は巡回公演として立ち寄る場合がほとんどなので、個別ステージごとに費用をブレークダウンしても現実的でないことが多い。公演費の価格の妥当性は見積書を元に判断するというのではなく、制作者の経験を基に判断しているのが実際である。
ただし、公演費に何が含まれていて、何が現地費用になるのかは細かく確認する必要がある。例えば、公演で使う「消えもの(食べ物や花などの小道具、効果のためのスモーク、照明用の色ゼラチンなど)」についても、大量に使用する場合は、100万円単位で費用が発生することがある。また、ムービングなどの特殊機材を現地で借り上げることを求められる場合もあるが、「現地調達は現地費用」という習慣があるので、その習慣を知らないでうっかり了承すると、多額の借り上げ費用を持ち出さなければならなくなる。
こうした公演費内か、現地負担かでよくトラブルになるのが、「舞台制作費」に関係したものである。巡回公演の場合、初演した劇場とは異なる仕様・設備の劇場で公演を行うため、場合によっては、舞台奥行きが足りずに舞台を張り出すことがある。また、初演時に張り出し舞台を使用したため、巡回地でも同様の舞台をつくりたいと求められるケースもある。いずれにしてもプロダクション側と誠意をもって話し合い、その費用をどの程度負担すべきかを判断しなければならない。
こうした公演費の詳細を確認し、プロダクション側と交渉するためには、その公演を実際に見ることが最低限必要になる(新作の場合は、そのプロダクションの前作や同じ演出家の作品を見て特徴を把握し、企画内容を理解できるようになっておく)。パッケージ事業だからといって資料だけで制作するのは予算を管理する上で極めてリスキーなことであると理解しておこう。
◎公演費の妥当性
作品をプロデュースした経験がない制作者は、原価計算ができないため、提示された公演費が妥当かどうかを判断することはできないと言っていい。そういう意味からも、作品の大・小はさておき、公立ホールが自主事業をプロデュースすることは必要である。
ただし、原価といっても“時価”のようなもので価格はあってないため、多少のプロデュース経験があるからといってプロダクション側と交渉できるわけではないし、逆に高い原価になったりするので注意しなければならない(この業界の基本は人間関係、信頼関係であることを忘れてはいけない)。
制作者の経験的な判断を別にすると、営利事業ではない以上、ホールの目的に照らし合わせた時に、その公演を行うべきかどうかをまずは考える必要があるだろう。
それを踏まえて、この公演ならいくらのチケット代がつけられるかを考え(自分の地域を前提とするのではなく、あくまで一般的な価格を考える)、チケット収入×客席数=総収入が、総支出(公演費、交通費、宿泊費、現地経費等一切の費用)と同じになるかどうかを計算してみる。
これが公演費のある種の目安となるが(あくまで支払う側からの目安)、そこから、地域特性(チケット代を想定より低くしなければならないとか、集客に限りがあるとか)により総収入が低くなる場合は、公共的役割として必要と考えて事業費から補てんするということになる。指定管理者制度の導入で事情がかなり変わってくると思うが、補助金で事業運営をしている場合、甘い収入見積もりをして予想を裏切られると事業費が不足し、他の事業に多大な影響を及ぼすことにもなりかねない。かといって事業を実施することに臆病になっていては公立ホールの存在意義が問われることになる。いずれにしても、制作者には厳しくも柔軟な判断が求められるところだ。
なお、高額チケットがソールドアウトしても赤字になるような公演費・経費のかさむ大プロダクションの公演というのもある。それでもやる意義があれば善処するわけで、あくまでルールは1つではなく、個別に判断するのが基本である。
◎予算計画を立てる時期
パッケージ事業についてプロダクション側と話し合いを始めるのは、公演の1~2年前から。劇場の事業予算は、前年度の夏には作成するため、それまでに翌年公演を行うものについては仮契約を結ぶことになる(公立劇場が単年度決算のため次年度の契約が結べないといった事情もある)。
仮契約といっても別に契約書があるわけではなく、ほとんどが口頭。その時には公演費の大枠について合意し(この段階ではゆとりをもった予算建てにする)、具体的な事柄が決まっていくのに合わせて徐々に精査していく。
公演費が確定する時期は、公演の3カ月前(広報宣伝が始まるまで)がひとつのめどとなる。ここで本契約を結ぶのが理想的だが、しかし、新作の場合など、初日の幕が開くまで金額が確定しないこともあるので(プロダクション側も公演費の見積もりができない)、新作では不確定要素があることを織り込んでおくことが必要となる。契約書があれば何とかなるという問題ではなく、その都度、プロダクション側と相談することになる。信頼関係が重要視される所以である。
難しい判断が求められるのは、当初予定していたプロダクションより規模が大きくなるケース。予定していない専門スタッフが増えた場合など、他の巡回公演先との関係もでてくるため、現地増員で対応すべきか、ツアースタッフで対応すべきか、判断に迷うことも多い。これらは、劇場の技術者と常に情報を共有化しておくことが重要である。
かといって、完パケの事業をプロダクションの言い値で取り引きすればいいというものではなく、こういう諸々のことが発生するのが当たり前で、それに対応するのが制作者の仕事であることを承知しておくべきだろう。