一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.22 舞台美術の基礎知識② 舞台美術の仕事

 講師 島次郎(舞台美術家)
 劇場条件と照らし合わせながらプランニングする

 

 ホールの職員が劇場のハードについて説明する場合、間口・奥行・タッパ・客席数等を簡単に紹介することが多いが、実際に舞台美術家がプランニングをする場合は、当然こうした数字だけで劇場空間を把握することはできない。そこで今回は、舞台美術をデザインする前にプランナーが劇場空間、劇場機構を把握するために行うチェック作業について整理する。

 

●劇場空間をチェックする

(1) 観客の視界範囲を確認

  舞台美術をデザインするに当たって、最初に確認するのが客席から舞台のどの範囲が見えるのかという「観客の視界範囲」である。そのためには、客席を含めた劇場図面(立面・平面)が必要だが、この客席込みの図面を準備しているところはとても少ない。特に傾斜や階層がある場合、位置によって視界範囲が全く異なるため、実測して対応したこともある。
 次に空舞台の見え方を確認するが、見られない場合は、写真(最後列センター・上手・下手/中央演出家席から撮影)を準備してもらう。このほか、客席の視界範囲に入る次のポイントを目で確認する。

・プロセニアムの条件(形状、色等々)、インナープロセニアムの条件
・舞台床の条件(黒・白木等々)
・文字の見え方
・袖の条件
・客席からの見え方(最前列センター・上手・下手/最後列センター・上手・下手)
・袖幕など稼働するものは動かして確認
・壁色等

(2) セットする場所の空間的な条件の確認

  観客からの視点でチェックした後、舞台美術をセットするための条件を細かくチェックしていく。例えば袖中など、図面上ではわからないダクトなどが付いていることがあるため、必ず実際に目で確認することが必要となる。
 ステージ上については、セットを吊り込むすのこまでの空間についてチェックする。また、張り出し舞台をつくるのも舞台美術の領域になるので、その条件(舞台と客席の床面のレベル等)についても確認する。

(3) 機構(動かすもの)の確認

  劇場は、場面を転換したり、舞台美術を転換するための機構をいろいろと備えている。舞台美術を動かす可能性がある場合は、こうした機構についても確認を行う。動くものに関しては、実際に動かしてみて、稼働スピードと動いている時にどう見えるかもチェックしておく。

・美術バトン(数・位置・荷重)、暗転幕バトン(数・位置・荷重)。大劇場の場合は自ずと美術パネルも大きく、重くなるため、特に荷重について留意する
・セリ、ボン、切り穴
・床荷重(特に水舞台の場合は想像以上に重くなるので要注意)
・反響板がある場合は、位置・形状(通常、図面に破線で書き込まれている)

(4) 図面上の数値の確認

  間口(だいじんの内側)、タッパ(床面からプロセニアムの下までの高さ)、奥行き(ステージ面から大黒、ホリゾント幕、裸舞台の壁の所まで。劇場条件で奥行きという場合は壁の所まで)などは図面上に数値が書いてあるが、あくまで実測して確かめる必要がある。

(5) 搬出入の確認

  セットは外部で製作してから舞台上に運び込むため、搬出入路を事前に把握しておく必要があるが、これは舞台監督の仕事になる。

・エレベーター(開口部の幅・奥行き・高さ・荷重)
・搬出入口の大きさ等
・本舞台に移動するまでの通路

(6) 床条件の確認

  一番問題になるのは床に釘が打てるかどうか。これは舞台美術をプランする上で最も影響が出る条件のひとつで、「ベニヤ釘まではOK」「何寸釘まではOK」など、釘打ちの細かい条件もあるので、注意しなければならない。釘打ちができない床の場合、ステージに平台を敷いて釘を打つか、もしくは釘を使わないプランに変更しなければならなくなる。
 舞踊公演の多いところは、床にリノリウムが常設してある劇場もある。その場合、リノリウムに傷が付くため釘を打つことはできない。
 床に敷くリノリウムを劇場の備品として所有しているところも多い。床の色を確認するとともに、リノリウムの色(黒、グレーといってもさまざまな色調がある)と大きさ、コンディション(傷、汚れ)を確認しておく。リノリウムは消耗品なので、古くなって廃棄予定のものは、釘打ちができるケースもあるし、コンディションによっては使えないケースもある。なお、リノリウム同様、床板も本来は消耗品であり、自由に釘打ちができるのが基本である。

(7) カバー類の確認

  大黒(ヒダあり・ヒダなし)、袖(ヒダあり・ヒダなし)、文字幕(ヒダあり・ヒダなし)、紗幕(大きさ・色)、スクリーン色、ビニールホリゾント色、その他所有している幕や地絣の大きさ・枚数などについて確認しておく。特にヒダがあるかないかで見え方が全く異なるため、確認することを忘れずに。ちなみに演劇の場合、方向性のある照明プランが主流になってきているので、ヒダのない幕が主流になってきている。また、幕類がない場合は、借りるか舞台美術費の中で製作する。

 

●空間に関わる演出条件をチェックする
 劇場のハード条件(特性)を把握した後、演出プランから求められる空間条件と絶対的なビジュアル条件について確認する。美術プランをつくる前に演出家と打ち合せをするが、多くの場合は、ラフプランを元に作成した模型を見ながら演出プランとすり合わせを行い、美術プランを修正していくことになる。
 空間造形に関わる演出プランを実現することは、舞台美術の仕事にとって最も重要なことだが、演出家、舞台美術家、劇場の話し合いだけで調整できない問題が出てくるので注意が必要。例えば、花道をつくる場合、客席形状を変えることになるため、消防署の許可が必要になる。このように本来あるかたちのままで劇場を使用しない場合は許可が必要になり、劇場が関係機関と交渉することになる。非常口や避難路との関係で制約を受け、本来のプランが実現できなくなることもある。

・舞台形状を変える(張り出し舞台をつくる等)
・客席形状を変える(花道、桟敷等)
・間口形状を変える(間口を狭める等)

 

●見切れをチェックする
 舞台美術のプランによっては新たに見切れ席が発生する可能性があるので、チケット価格や販売などの制作的な対応ができるよう、できるだけ早く条件を確定する必要がある。
 私の場合、「このプランで客席から見えない場所はどこか」「セットのこの部分は観客全員が全部見えることが必要な要素か」「一部見えなくても成立する要素か」といったことを区分けしてプランに反映させるようにしている。また、途中で見切れ席が判明した場合、スタッフ会議で確認し、制作的な対応をお願いしなければならないケースもあるが、収入に影響するため演出家、美術家、制作者のせめぎ合いになることもある。

 

●プランができてからの検証
 プランを作成した後、1センチ違っても搬入できなくなったりするので、改めて劇場条件と照らし合わせながら、袖に入れることができるか、吊り込めるか等を検証する。できない場合は、プランを変更するか、解決方法を検討する。
 また、別の劇場での旅公演がある場合は、舞台監督が他の劇場条件と照らし合わせて仕込み図面(平面図、立面図)を作成する。しかし、客席入り図面がないと、各劇場の見切れを確認することができない。最初に述べたが、舞台美術家にとって客席からどう見えるかが大変重要な要素になるため、プランする上でも、見切れを確認する上でも、客席入りの劇場図面(平面・立面)をぜひ準備していただきたい。

 

新国立劇場・中劇場の客入り平面図(『喪服の似合うエレクトラ』)。2列目下手からの視界

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