講師 吉本光宏(ニッセイ基礎研究所主任研究員)
アートNPOのポテンシャルを活かす
最後に、アートNPOと行政の関係について整理してみたい。行政サイドからみたNPOとの関係は、概ね、(1)助成・支援、(2)事業委託、(3)文化施設の運営委託、(4)遊休施設の利活用の4つに分けられる。
(1)助成・支援は、NPOの活動を支えるために資金的な援助をしたり、事務所スペースを格安で提供したりするケースで、行政との関係では、現在最も一般的なものであろう。
(2)事業委託は、NPOの専門的なノウハウや実績に基づき、行政の業務の一部をNPOに委託する形態である。自治体の文化課や文化施設の運営財団などから、事業の一部をアートNPOに委託することは、オーソドックスな行政とNPOのパートナーシップといえる。しかしこの場合、本来、政府組織から独立しているべきNPOの自立性や自主性をどのように確保するかという点には、留意が必要である。
(3)文化施設の運営委託は、行政とNPOのパートナーシップを考える上で、今後注目される。2003年9月に地方自治法の一部が改正され、それまでの「管理委託制度」が「指定管理者制度」に切り替わり、設置自治体の出資した財団などだけではなく、議会の承認が得られれば、株式会社やNPOなどの民間事業者も自治体の指定を受けた指定管理者として公の施設の管理運営を行うことができることになったからである。
ふらの演劇工房や福井芸術・文化フォーラムのように、すでに公立ホールの運営や自主事業を受託するNPOは存在しているが、この法律の改正にともなって、今後、NPOへの運営委託を検討する公立文化施設も出てくるであろう。ただし、文化予算が削減される中、NPOに委託することで経費を圧縮できるのではないか、という安易な考え方は禁物である。NPOへの委託は、より質の高い事業や効率的な運営を実現するために、限られたリソース(予算、人員、施設等)を活用して最大限の成果を得るための手段として検討する、というスタンスが肝要である。
(4)遊休施設の利活用は、利用されなくなった公立の施設を、NPOの活動拠点として提供し、NPOに運営してもらうというものである。廃校になった小学校の教室などを稽古場に活用したり、遊休スペースをアトリエやギャラリーとしてNPOが運営したりするのが、典型的なケースだろう。アミューズメント施設の空きテナントのスペースを活用した大阪市の「新世界アーツパーク事業」(「地域創造」14号、P44~47参照)も、遊休施設の利活用とアートNPOが結びついた例である(横浜市でも、都心部の旧銀行ビルをアートNPOに運営してもらう「BankART 1929(バンカート1929)」がスタートした。)。
運営資金の限られたNPOにとって、活動拠点の確保は、大きな課題のひとつである。米国などでは年間1ドルで賃貸契約を結ぶ例もあるが、施設の維持費や設備費といったハードの基本的な経費を行政が負担し、そこでの事業の収支はNPOの責任で行う、といったパートナーシップの形態が広がれば、NPOの活動領域は大幅に拡大するであろう。こうした方式は、NPOの側からみると、行政から活動スペースの支援を受けることに等しい。(3)の文化施設の運営委託は、NPOが行政機能を代替するという形であるのに対し、この方式であればNPOの独立性や自主性を維持できるという点でも、有効な方法である。
行政とNPOとの関係を考えるとき、こうした支援や委託という形から、さらに一歩進んで、行政とNPOが目標を共有し、互いの役割分担を明確にして共同で文化事業を行うというスタイルは考えられないだろうか。例えば、地域の文化政策の目標設定そのものを、行政とNPOが協議しながら構築していく、あるいはNPO側から提案していくような関係、つまり、NPOが行政のコンサルタントや代理店として機能するといった可能性も、視野に入れたい。
市民の文化的なニーズは何か、地域内の芸術活動を活発にするにはどのような取り組みが必要か、こうした文化政策上の課題は、地域で活動するNPOの方が的確に把握できる可能性がある。今後、アートNPOの活動が成熟してくれば、そうした課題に対応する事業を実施する専門的なノウハウや経験、そして実行力や機動力も、行政組織よりNPOのほうに期待できるようになるだろう。
もちろんその場合、NPO側にも広い視野や公益的な姿勢、専門的な能力や実績、そしてしっかりとした経営体制が求められることは言うまでもない。自らの芸術活動の実現だけを目的にするようなNPOには、そうしたパートナーとなる資格はない。そんな行政をリードできるようなアートNPOが、現在、全国にどの程度存在しているかは、全く未知数である。しかし、長期的な視点から、そうした関係を模索することで、これまでの文化行政の枠にとらわれない、新しい発想や展開も可能になるはずである。
●アートNPOと行政とのパートナーシップ関係図
●アートNPOの意義
まず、NPOの活動は、何らかの社会的な問題意識をもった市民が主体になっている、という点を指摘しておきたい。つまり、国や自治体の文化政策、あるいは、民間企業や財団のメセナ活動にはない発想や取り組みが生まれる可能性があり、そのことで、広い意味での我が国の芸術文化の振興に繋がるものと思われる。
次に、芸術活動や文化政策の多様性が担保される、という点もNPOの存在意義のひとつである。政府や地方自治体の文化政策では、どうしても公共性や公平性の原理が優先される。いきおい玉虫色のものになったり、事業の目的やゴールが曖昧なものになりがちだ。それに対し、NPOの場合、納税者全体の賛同が得られなくても、あるまとまった数の市民や関係者の賛同が得られれば、活動を立ち上げ、継続することができる。それは、まだ社会的に認知されていないもの、実験的なものなどを含め、多様な価値観や表現形態、芸術活動が同時に存在できることを意味している。
また、アートNPOの活動が活発化することで、営利活動としての文化事業と、非営利すなわち公共政策としての文化事業の線引きが明確になってくる、という点も見逃せないだろう。NPO制度が確立されていなかった時代には、非営利であっても、法人格を取得するために、やむなく営利法人としていた芸術団体も多かった。今でもその名残はあるが、今後、NPOの数がさらに増大し、活動が成熟してくれば、法人格と実際の事業内容の間でねじれ現象が生じていた、営利と非営利の芸術活動の区分も、明確になってくるものと思われる。また、任意団体や営利法人がNPO化されれば、必然的に公益的な芸術活動とは何か、という問題と向き合わざるを得なくなり、そのことで、団体の意識が変わったり、公共的な芸術活動が拡大したりする可能性もある。
そして、最後に指摘しておきたいのは、アートNPOのメンバーは、アートが社会に必要だということを「確信」している、という点である。これは、文化政策を担う行政組織やメセナ活動に取り組む民間企業のスタンスとの決定的な違いである。国や地方自治体の文化政策の裏付けとなる基本法は、2001年にやっと成立したばかりであり、税収が減れば予算削減の対象になりやすいのが文化事業である。また、企業はなぜメセナをするべきか、という議論もいまだに絶えない。それに対し、NPOはどんな逆境に遭遇しようと、目的達成のためにあらゆる努力を惜しまない存在である。すべてのNPOがそうとはいわないが、アートにかける「本気度」が違うのである。
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芸術を単なる鑑賞の対象や市民の文化活動の領域としてとらえるのではなく、アートそのものの新たな価値や社会的な役割を見出し、芸術文化を媒介にした新しい社会サービスを創出することで、市民社会の課題解決に立ち向かっていく─そういう姿勢こそアートNPOならではのものであり、行政とのパートナーシップも、彼らのそうしたポテンシャルを前提に考えるべきではないだろうか。