3月27日から4月4日まで、北海道立近代美術館で札幌アーティスト・イン・レジデンス展「国境を越えた美術の冒険」が開催された。これは、1999年に文化庁の助成を受けてスタートした「札幌アーティスト・イン・レジデンス(以下、S-AIR)」が5カ年計画の最終年を迎えることから、総括として企画されたものだ。
アーティスト・イン・レジデンスとは滞在型創作活動のことで、1666年にフランスが創設したローマ賞(受賞者をローマの研修施設ヴィラ・メディチに派遣して研鑽を支援)に由来するといわれている。日本でも茨城県によるアーカスプロジェクトなどがあるが、S-AIRの特徴は、建築家、ジャーナリスト、アーティスト等が実行委員会を組織し、民間主導で進めてきたところ。5年間で15カ国・31名のアーティストにホスピタリティを提供し、展覧会やワークショップを開催してきた。年間事業予算2,000万円の内、2分の1は委託事業や企業協賛、個人負担などで乗り切った。
3年目の2001年、札幌市デジタル創造プラザ(ICC)がオープンし、事務所の提供を受けてから活動が安定。隣接の小学校や市内の高校を対象にしたワークショップなど、市民交流事業を活発化していく。
「アーティスト・イン・レジデンスの目的は、作品を完成させることや交流ではなく、新しい方向性を模索する機会を提供すること。でも本末転倒のような要求をされることも多く、アレルギーになっていました。しかし、実際に人の手を借りないで創作活動までもっていくのは至難の業。日本の文化について理解してもらわないと日常生活さえままならない。交流によって文化の違いを理解し、交流によって作品が生まれてくることの大切さに気が付きました」と事務局長の柴田尚さんは振り返る。
今回の展覧会では、S-AIRの活動年表のほか、2003年度に滞在した最新アーティストの作品と、過去の滞在作家の作品および地元の日本人作家の作品を併せて展示。単なる回顧ではなく、札幌の現代美術シーンが伝わる構成になっていた。
最新作には交流の軌跡を感じさせる作品も多かった。ビデオのワークショップを行ったヤウ・チン(香港)は、女子高生たちに「自分自身に向けた手紙」として“自分撮り”させた映像を、自作の街角写真と合わせてインスタレーション。「モーニング娘。の曲に合わせて踊る子」や「自傷の跡を見せる子」などが繰り返し語りかけてくる。
不思議な機械やサウンド・インスタレーションをつくるユリア・ヴァンデル(ドイツ)の作品は、人の笑い声がする白いボックスだった。製作中に、隣室から聞こえてきた笑い声に疎外感を感じたことがモチーフになっている。
こうした作品と並んで、同列に“展示”されていたのが四畳半ほどの屋台「アートよろず相談所」である。さまざまな情報を揃えてはいるが、それが目的ではなく、現代美術を通じて人と人が繋がることのできる場所をつくろうと企画されたものだ。壁一面がS-AIRの裏話をマンガに見立てた作品になっている。
作者の宮嶋宏美さんはボランティア。「レジデント・アーティストのさまざまな作品づくりに関わるうちに自分の表現方法はこれでいいのかと迷いがでてきた。今、マンガという手法を使って何かできないか模索しているところです。S-AIRのお陰で、学校作家の作品を見るだけではわからなかったことが発見できたと思っています」
アパートやアトリエ探しに苦労し、応募者もいなかった1年目から数百件の問い合わせがくるまで普及したS-AIR。5年目の今年は、10月に「全国アートNPOフォーラム」を札幌に誘致し、今後のアートNPOのあり方について集中討議をする予定になっている。
夢をもって海外に出掛けていく若い作家も増えた。国内外の人的ネットワークもできた。これらの成果をどう活かしていけるかは、今後の活動資金の確保にかかっている。NPO化、メディア系まで広げた総合的な取り組みへの脱皮など、検討しなければならない課題は山積している。
「S-AIRの名前は残し、規模は小さくてもレジデント機能をもった活動は続けます」という言葉に、パブリックな活動を民間が主導することの“成果”と“責任”と“苦悩”が滲んでいた。
(坪池栄子)
●札幌アーティスト・イン・レジデンス展「国境を越えた美術の冒険」
[日程]3月27日~4月4日
[会場]北海道立近代美術館 特別展示室
[主催]札幌アーティスト・イン・レジデンス実行委員会、文化庁
[出展アーティスト]クリスタップス・ゴォービス、シャンヒ・ソン、ヤウ・チン、ユリア・ヴァンデル、レジーナ・フランク、コー・ナッポン、河田雅文、白戸麻衣、谷口顕一郎、畑俊明、板東史樹、真砂雅喜、山本謙一、伊藤隆介、端聡、高橋妙子、高幹雄、武田浩志
地域創造レター 今月のレポート
2004.5月号--No.109