OBが講師で協力、20回目を迎えたステージラボ
1994年にスタートして以来、札幌、仙台、金沢、水戸、神戸、広島、高知、大分など19地域の公立ホールを会場に開催されてきたステージラボ。今回で20回目を迎え、昨年から正式に発足したアートミュージアムラボを含めて、修了者数は延べ1,357名となりました。
地域創造のサイトでコーディネーターのリストを公開していますが、この領域における人材バンクといっていい陣容に、改めてラボが公立文化施設職員の育成と交流に果たした役割の大きさを感じずにはいられません。これまでご協力をいただきました皆さまには、心からお礼申し上げます。
さて、今回の会場は、コーディネーターとしてお馴染の中村透氏が芸術監督を務める沖縄県佐敷町のシュガーホールです。その名のとおり、サトウキビ畑の真ん中につくられたクラシック専用ホールで、来年度、10周年を迎えます。
町の行事を積極的にホール運営に取り込み、少年少女合唱団、中学校吹奏楽部の育成、3年に一度の町民参加ミュージカル、小学校へのアウトリーチ事業などを展開。地域の文化拠点モデルとして全国的に高い評価を得ているところです。来年度には町の直営ホールとしては画期的な、専門職員1名の雇用も決定しています。
今回のコーディネーターは、開催地の中村氏(文化政策・企画コース)、小出郷文化会館館長の櫻井俊幸氏(ホール入門コース)、アートNPOによるホール運営を行っている特定非営利活動法人トリトン・アーツ・ネットワークディレクターの児玉真氏(自主事業コース)です。講師陣にはラボOBやマスターコースOBがずらりと顔を揃えており、ラボ20回の蓄積が感じられるセッションとなりました。
●コーディネーター
【ホール入門コース】
櫻井俊幸(小出郷文化会館 館長)
【自主事業コース】
児玉真(特定非営利活動法人トリトン・アーツ・ネットワーク ディレクター)
【文化政策・企画コース】
中村透(作曲家、琉球大学教授、シュガーホール芸術監督)
●アウトリーチ体験に感動
このところ定番になっているアウトリーチ体験プログラムが、2コースで実施されました。協力していただいたアーティストは、自主事業コースで佐敷小学校に出掛けたクロマチックハーモニカの小林史真さん、ホール入門コースで佐敷中学校に出掛けた声楽家の中鉢聡さん、沢崎恵美さん。いずれも公共ホール音楽活性化事業の登録メンバーとして、全国の公立館とともに数多くのアウトリーチを実践してきたオーソリティです。
特に、シュガーホールを活動拠点にしている佐敷中学校吹奏楽部の協力により、アウトリーチの対象としては難しいとされている中学生へのセッションを体験できたのは大きな収穫でした。
受講生が見守る中、約50名の吹奏楽部生たちは合唱にチャレンジ。緊張でこわばる顔を見た中鉢さんは、「顔が死んでるッツーの」の一言で気持ちをほぐす。沢崎さんは、歌っている自分の身体を触らせるなど、体当たりで指導。中学生たちは、時に手足を伸ばし、肩を組み、全身を使ったワークショップでプロとの交流を楽しみました。
「みんなに合わせようとして退いた音楽より、飛び出していても一人ひとりが主役になっている音楽の方が人を感動させられる」「息を限界まで吸う、止める、限界まで吐ききる、と常にマックスを意識しながらやらないとダメ」「間違った腹式呼吸でお腹に力を入れて硬くするとノドが締まる」などなど、一流のアーティストならではの的確なアドバイスを受けて、子どもたちの表情や声はみるみる豊かに。
「鳥取県では昨年10月からアウトリーチをスタートし、希望のあった県内53施設で実施しました。地産地消を目指して、県内の人材を派遣しているのですが、今回、一流のアーティストのアウトリーチを見て質の高さがいかに重要かを実感しました。できれば中鉢さんと沢崎さんに来ていただいて、指導者向けの研修をやりたい」(三浦栄里子・鳥取県文化振興財団)など、受講生たちは確かな手応えを感じていました。
●ワークショップで沖縄文化を学ぶ
アウトリーチと並ぶラボ名物がワークショップです。今回は演劇のほか、開催地ならではの琉球舞踊と三線(さんしん)のワークショップが開かれ大好評でした。
琉球舞踊の指導をしてくださったのは、沖縄県立芸術大学で指導する舞踊家の真喜志優子さん。題材は、沖縄からの移民が遠くふるさとに思いをはせて歌った『浜千鳥』です。
「ひざを少し曲げて腰を落し、重心を前にかけて(前傾姿勢になって)ください。目はまっすぐ前を見て」という号令のもと、琉球舞踊の基本である「姿勢」「目線」「足の運び」を特訓。約2時間で『浜千鳥』の手技をマスターし、ラボ最終日の閉講式で成果を発表しました。
また、三線のワークショップでは、全員が練習用の“My 三線”を組み立て。基本的な弾き方を習った後、模範演奏を聞きながら教則本に載っている『安里屋ユンタ』などの曲に次々とチャレンジ。みな童心に戻って沖縄の音階を身体いっぱい吸収していました。
演劇ワークショップでは、弘前劇場の作家で演出家の長谷川孝治さんが登場。「“確信”があれば予め台本がなくても誰にでも芝居はつくれる」ことを受講生とともに実践。目をつむった人を言葉だけで目的地まで誘導するゲームで演劇の基本であるコミュニケーション(相手の話を聞く、信頼する)を模擬体験した後、『ある公立ホールの一日』と題した作品づくりにチャレンジしました。
●各地の取り組みに刺激
講師にラボOBが顔を揃えていたこともあり、先進館の事例報告が豊富だったのも今回の特徴のひとつです。
そんな中でちょっと違ったアプローチとして興味深かったのが、記録映像作家、マイケル・カーンさんの取り組みです。カーンさんは、96年から人口約1,700人の山村、高知県鏡村に移住。古い民家で囲炉裏のある生活をしながら、先祖代々、鏡村に住んでいる村人の話や暮らしを映像で記録しています。
「個人の命をひとつの輪に例えると、アメリカでは一人ひとりが独立した輪だと教えられる。でも、先祖代々の暮らしが続いている鏡村で生活をしてみて、それが違うというのがわかった。先祖代々というのは、個々の輪が鎖のように繋がっているイメージ。自分の輪は、昔の輪と未来の輪を繋ぐ接点。だから私が“昔”と“未来”の両方に興味があるのは当たり前なんだと…。しかし、先祖代々、同じ土地に住んでいれば自然に伝わっていた昔の生活文化の知恵が、今では意図的に伝えないと残らない時代になった。昔の日本人の生活の中に未来のためにとっておきたい知恵があるという意識を、僕は育てたいと思っている」とカーンさん。
面白かったのは、手のひらサイズの荷造り用のヒモを1巻使った“体験”。「1センチを1年とすると、1メートルが100年になります。これ1巻が100メートルなので、これでちょうど人類1万年分の歴史になる(笑)。ちょっと外に出て伸ばしてみましょう」と中庭へ。
100メートルの長さを実感して部屋にもどると、「人類の歴史の中で電気のある暮らしはたった1メートルぐらい。その生活が続く保証がどこにあるのでしょう。電気のある暮らしのほうが異常だと思いませんか」。カーンさんの問いかけに、受講生たちはそれぞれ物思いにふけっていました。
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このほか、最終日に行われた企画発表会も工夫が凝らされたものでした。ホール入門コースでは、ラボOBに率いられた3チームがシュガーホールのための企画づくりを競い合いました。佐敷町教育委員会の渡名喜元久課長以下、地域創造助成担当者らに向けたプレゼンテーションでは、芝居仕立ての発表が行われるなど、みんなの笑いを誘っていました。
自主事業コースでは、予め宿題としてもちよった事業アイデアの中から4企画を選考。4グループに別れてみんなで企画の練り直しを行いました。由緒ある明倫小学校を改修した京都芸術センターが地域との連携を図るために考えた「明倫音頭が生まれる日」はリアリティのある企画に仕上がり、「ぜひ実現したい」と担当者も夢をふくらませていました。
最後になりましたが、多大なご協力をいただいたシュガーホールと沖縄県文化振興課の皆様に改めてお礼申し上げます。
●ステージラボ沖縄・佐敷セッション スケジュール表
ホール入門コース | 自主事業コース | 文化政策・企画コース | |
2 月 3 日 (火) |
開講式・全体オリエンテーション・地域創造紹介 | ||
佐敷町文化センター シュガーホール事業紹介 | |||
「はじめまして~自己紹介とホールおよび地域紹介」 櫻井俊幸 | 「自分を書く(自己紹介)こと。音楽遊び」 小林史真、松尾優美 | 「コースびらき~研修生自己紹介と担当ホールおよび地域紹介~」 中村透 | |
「うまく運営している公共ホール 3つのキーワード+1」 櫻井俊幸 | 「企画を書く」 児玉真 |
「ワークショップ1~歌う声、話す声、人の心にとどく声~」 玻名城律子、外間三千代 | |
2 月 4 日 (水) |
「住民参加の文化事業運営について~レ・コード館の知恵袋」 堤秀文 | 「アウトリーチの現場」 小林史真、松尾優美 |
「地域文化政策と公共ホール(1)~その役割と足元文化の発掘~」 中村透、野中正知 |
「アウトリーチ事業と芸術の力~音楽普及への挑戦」 藤田茂樹 | |||
「手紙を書く」 箕口一美、小林史真 |
「異国人のみた地域文化~高知県鏡村の生活と自然」 マイケル・カーン | ||
「コンセプトを生かした企画展開~どこでもできることをやる」 榎本広樹 | |||
共通プログラム「選択ゼミ」 「三線を弾こう」(神野河一代、照喜名朝栄) 「演劇ワークショップ」(長谷川孝治) |
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全体交流会 | |||
2 月 5 日 (木) |
「ホールをめぐる『善循環』と企画制作のポイント」 津村卓 | 「スケジュールを画く」 箕口一美 |
「地域文化と公共ホール企画~可児市文化創造センターと文化事業~」 桑谷哲男 |
「地域創造連携プログラム」 吉本光宏、堤秀文、藤田茂樹、榎本広樹 |
「演奏家へのインタビュー」 藤瀬綾、小林史真 |
「国際交流と世代交流~宮崎県立芸術劇場の場合」 青木賢児 | |
「アウトリーチを体験しよう~学校訪問現場をのぞく」 吉本光宏、沢崎恵美、中鉢聡、瀧田亮子、堤秀文、藤田茂樹、榎本広樹 | 「PR文を書く」 藤瀬綾、箕口一美 |
「公共ホールの管理運営・マンパワー編~困った上司、嬉しい上司~」 漢幸雄、水戸雅彦、野中正知 | |
「プランピクニック1 3+1 野外で企画案をねろう」 津村卓、堤秀文、藤田茂樹、榎本広樹 | 「市民と描く」 吉川由美 |
「ワークショップ2~琉球舞踊のからだと肝心(ちむぐくる)~」 真喜志優子、與儀明恵、金城安恵 | |
番外ゼミ | 番外ゼミ | 番外ゼミ | |
2 月 6 日 (金) |
「プランピクニック2 3+1 野外で企画書をまとめよう」 津村卓、堤秀文、藤田茂樹、榎本広樹 | 「企画を考える(企画会議)」 児玉真、吉川由美 |
「地域文化政策と公共ホール(2)~研修生による課題提示~」 中村透 |
「企画をプレゼンしよう~企画発表/企画評価と総評」 櫻井俊幸、津村卓(審査員:渡名喜元久、宮地俊江、田巻昭彦) | 「企画プレゼンテーション」 児玉真、吉川由美 |
「最終ゼミ~ゼミ全体をふり返って~」 中村透 |
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閉講式 |
●ステージラボに関する問い合わせ
地域創造芸術環境部 鈴木・富士原 Tel. 03-5573-4076