一般社団法人 地域創造

島根県東出雲町 町民ミュージカル『黄泉(よみ)』

  島根県の東出雲町では、伝統ある町の文化を再発見し伝承しようと、「ふるさと発見実行委員会」を立ち上げ、1997年から手づくりの創作ミュージカルに取り組んできた。その成果として、第3作目にあたる『黄泉(よみ)』を第1回島根県民文化祭参加作品として発表、10月12日に県民会館大ホールで昼夜2回にわたって延べ約1,700人の観客の前で披露した。

 東出雲町は、松江市と安来節で有名な安来市に挟まれた人口約1万4千人の小さな町だ。農業機械の生産が盛んで、中海に面した地域には工場が並び、近年では松江市のベッドタウン化も進んでいる。一方で、日本書紀や古事記に記されている国造り神話ゆかりの地として知られ、ここに「黄泉の国(あの世)」の入口である黄泉比良坂(よもつひらさか)があったと伝えられている。

 創作ミュージカル『黄泉』はこの伝説を題材にしたもので、死んだイザナミ(女神)を追って黄泉の国に行ったイザナギ(男神)が、朽ち果てたイザナミの肉体を見て、はじめて個々の死を乗り越えて生きることの意味を知り、国造りを誓うという内容だ。

 出演者は公募で集まった8歳から52歳までの49名、作曲は中学の音楽の先生、衣裳と大道具のプランは広告デザイナー、振付は社会体育指導員が担当するなど、演出家と照明プランナーを除き、プランも大道具、小道具、衣裳の制作もすべて町民が中心となった手づくりで、総勢120名以上が参加している。

 発起人として「ふるさと発見実行委員会」の立ち上げを行い、今回も事務局スタッフとして飛び回っていたのが、町役場の職員でもある本多千景さんだ。

 「東出雲町には、神話や民話は伝わっているのに、神楽や農村歌舞伎といった伝統芸能が残っていません。幕末から大正時代に銅山として栄え、外から労働者や娯楽がたくさん入ってきたために伝承が途絶えたのかもしれませんが、同じ島根県内の石見神楽の話とかを聞くにつけ、子どもの頃から慣れ親しんで体に染みつくような形で東出雲の文化を伝えていけるものが欲しいと思っていました。それで“ニュー神楽”のようなものがつくれないかと、社会教育委員などをしている人たちに相談したところ、それなら神話を題材にして音楽も踊りもある、若い人にも受け入れられやすいミュージカルにしようということになりました」

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 演出を引き受けたのは、国立音楽大学でオペラを学び、一時、劇団四季にも在籍したことのある馬庭悟堂氏(出雲市在住)。馬庭氏は、97年の第1作『黄泉比良坂』、99年の第2作『花薫る~大江美人悲話』(地元の美人塚史跡にまつわる話を題材にした作品)を演出し、今回の舞台では、「心の動きやエネルギーといった目に見えないものを表現できて、誰でも感動をつくりだすことができる」というコロスを使った群読形式にチャレンジ。「プロは結果がすべてだが、シロウトは感動をつくるためのプロセスから学ぶことが沢山あり、その過程で自らと向き合うことで個性的になる」というシロウト俳優の競演は、見ごたえ充分だった。

 今回の取材で驚かされたのは、市民参加とはいえ、高さ4メートル近い巨大岩のセットや本格的な衣裳など、普通はプロの指導を仰いでも不思議はないところを、頑なに町民が自分たちの技量でやっていた点。実行委員長の立原稔さんは、「伝説や人を発見しながらミュージカルという表現にして、理解を深めて伝承していく」と言っていたが、作品をつくることではなく、文化を体で伝承するという目的を貫こうとする実行委員の人たちの強い意思を感じた。

 東出雲町は、町民投票により、松江市との合併から離脱して単独町政を行うことが決まり、情報発信もまちづくりもこれから正念場を迎える。その中でこうした強い意志をもった町民の存在は、極めて心強い味方になるのではないだろうか。

(坪池栄子)

 

●町民ミュージカル『黄泉(よみ)』

[主催]東出雲町ふるさと発見実行委員会、東出雲町、東出雲町教育委員会、東出雲町文化協会
[日程]10月12日(2回公演)
[会場]島根県民会館 大ホール
[脚本・演出]馬庭悟堂

 

地域創造レター 今月のレポート
2003.11月号--No.103

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