講師 大月ヒロ子(有限会社イデア代表取締役)
教育的展示からミュージアムショップまで多様な普及事業のアプローチ
数年前まで、美術館における教育普及事業というと、短絡的に子どもを対象にしたワークショップをイメージする人が多かった。実際にはさまざまな事業があるにもかかわらず、こうした考えをもつ人が多かったため、教育普及事業を館全体に絡む仕事として大きく捉えることができず、館の活性化の妨げになっていた。
教育普及は子どもだけを対象としたものではないし、また逆に、子どもを対象とした事業が大人にとって不満足なものだというのも偏った考え方と言える。子どもにとっても、また、専門家ではない大人にとっても理解しやすい展示やプログラムを開発・実施することは、美術ファンを広げるきっかけとして極めて重要な取り組みである。そこに教育普及事業の本質がある。
●教育普及事業のバリエーション
ここでは、その多岐にわたる教育普及事業にどのようなものがあるのか、ひとつずつ紹介していきたい。
1)教育的展示
従来のオーソドックスな展示方法では、来館者が深い理解を得にくい、あるいは興味をひかれにくいと想定できる場合、参加体験型展示などを用いて、実感を伴った深い理解が得られるよう工夫することがある。また、幅広い年齢層に向けて、また逆に、ターゲットを絞って(子ども・親子・視覚障害者など)、それらの人々が十分に楽しめ、理解できるようにつくる場合もある。これまでに行われたものの中から幾つか拾っていくと、北海道立近代美術館の「A★MUSE★LAND」、世田谷美術館「あそびのこころ展」、板橋区立美術館の「メディア・エポック展」、名古屋市美術館「手で見る美術展 セブンアーチスツ―今日の日本美術展に寄せて」などがある。1977年以降徐々に増えてきた展覧会といえよう。
2)教育的補足展示
教育的配慮から補足的展示コーナーを設ける、あるいは幅広い年齢層が理解しやすいキャプションを付け加えるなどして、従来の展示方法を壊すことなく行われる展示。板橋区立美術館の古美術展示などでは、しばしばこの手法がとられており、平易な文章でつづられたキャプションに対する来館者の評価は高い。
3)実技講座
さまざまな技法や考え方を体験し学ぶ講座。内容は実に多岐にわたり、昨今は美術の分野だけでなく、工芸、デザイン、写真、映像、建築、ダンス、音楽などとその守備範囲も広い。
4)ワークショップ
さまざまな実施形態があるが、参加者とファシリテーターが対等の立場でコミュニケーションを取りながら出来事や場、モノを創造していく試み。なによりも過程を大切に考えるプログラムであるのが特徴的だ。
5)一般出版物(カタログ、マップ、ニュースレター)
展覧会カタログ、館内やその周辺の案内マップ、定期的に発行されるニュースレターなどは、館のメッセージを伝えたり、館や展覧会、作品などについてさらに深く知ってもらうための道具として出版される。
6)エデュケーショナルキット、アクティビティーパック
展示をより深く理解するためにつくられた、教育用ツールのセット。館内で利用されるだけでなく、館外でも使うことを想定したものもある。代表的なものでは目黒区美術館の「引き出し博物館」がある(写真1)。さらに、エデュケーショナルキットとティーチャーズガイド、アウトリーチを複合的に組み合わせたプログラムとして「セゾン美術館」の「スクールツーリング あそびじゅつ」が挙げられる。また展示室で使用できるファミリー向けのアクティビティーパックでは、国立西洋美術館の「びじゅつーる」がつくられている(注)。今後こういったキットづくりはますます盛んになるだろう。
注 国立西洋美術館の「手と心─モネ、ドニ、ロダン」展に合わせて館では、新たに「ファミリー・プログラム びじゅつーる」を作成。7歳~9歳の子どもを対象とした、ファミリーで楽しめるこのキットを企画・制作したのは、国立西洋美術館で長期の実習を行っているインターンの学生たちだ。展覧会の会期中、受付で布のバッグを借り受けた家族は、この中に入っているグッズで遊びながら展示を楽しんだ。大きな袋の中には、3人の作家に対応するように3つの小さな袋が入っており、作家の作品の魅力や制作のヒミツに気付いてもらえるような工夫が凝らされている。ドニの点描を小さな毛糸玉でつくったり、ロダンの彫刻のポーズを手足が自由に動く人形に真似させたり…。美術館の展示室では、これまで手を動かしながら、観て考えることは意外に行なわれてこなかったが、マイペースで楽しめるこういったツールは、美術館を訪れる際の楽しみの一つとなりそうだ。
7)ワークシート、ポストカード
展示をより楽しみ、深く理解するために補助的に使用する書き込み式のノートやシート。作品の詳しいデータやポイントなどが記されたポストカードもある。
8)ティーチャーズガイド
展覧会やコレクションを授業で有効利用できるように、学校の教師が使用することを想定してつくられたガイドブック。代表的なものには東京都写真美術館のティーチャーズガイドが挙げられる。
9)ビデオ・スライド
展覧会や作家などに関して、館で制作した映像ツール。
10)講演会、講座、シンポジウム
展覧会に合わせたり、あるいは体系的に美術を学んだり、ある特定のテーマに絞り込んでのレクチャーなどがある。
11)ギャラリートーク
展示室で作品を前にして話し合うというプログラム。広島市現代美術館の「ミュージアムアドベンチャー」は、小学生のための体験型作品鑑賞教室である。収蔵作品展の作品を選んでグループで見て回り、簡単な工作をすることもある。この場合はやや複合的なプログラムと言えよう。
12)オリエンテーション、団体解説
学校その他の人々が、大勢で館に訪れた際に受ける館や展覧会の説明。
13)映像プログラム(ビデオ、スライド、パソコン、ハイビジョンシアターなど)
館が制作した作品や作家についてのビデオなど。展覧会場脇コーナーや講義室で上映される。用途によって形態もさまざま。
14)ホームページ
展覧会や教育普及プログラムをはじめとしてさまざまな企画の広報のほか、最近は東京国立近代美術館の「こどものページ」などのようにネット上でコミュニケーションを深められるコーナーも登場している(写真2)。
15)アウトリーチ
館の外へ積極的に事業を持ち出す。目黒区美術館のオモチャコレクションを使用して、ボランティアの方々が行う事業などがある。
16)アーティスト・イン・レジデンス、公開制作、デモンストレーション
アーティストが館に滞在しながら、作品制作や交流事業を行うもの。また、版画の刷りを実演して見せるような技法寄りのものもある。間近に見ることによって、作品や作家、技術が自分とかけ離れた遠いものであるという感覚から解き放たれる。
17)コンサート、パフォーマンス
展覧会に合わせた内容のコンサートやパフォーマンス。事業をより立体的に捉えることができる。
18)オリエンテーリング、バックヤードツアー、見学会
展覧会を楽しみにやってくる人々にとって、館の裏側で今、何が起きているのかを知ることができる貴重なプログラム。参加者にとっては、まさに生きているミュージアムを身近に感じることができるチャンスだ。
19)レファレンス
美術や作家、作品に対する疑問を明らかにするため、図書の閲覧、パソコンでのデータベース検索などが行えるようにしてある。一般から研究者レベルまで対応し、研究をバックアップしている。
20)補足的解説装置(音声ガイドなど含む)
展示をキャプションに頼ることなく、音声での案内を聞きながら会場を回れる装置。見ることに集中できるメリットがある。
21)フリーマーケット、お茶会、コンサート、ファッションショーなどのイベント
通常美術館に足を踏み入れなかった人々にもアピールするような催しは、館のファンを増やす意味からも重要である。
22)ミュージアムショップ
単に商品を売るというだけではなく、館独自のフィルターを通したセレクションは1つのメッセージでもある。ショップでは館でオリジナルに開発した商品や、過去のカタログも取り扱うところが多い。最近はネットショッピング対応のショップも増えてきた。モノを通して日常の中で美術を楽しむことができる。
●
以上が多岐にわたる教育普及事業の内容である。各館の特徴や資源を生かして、この中から館に最もふさわしく、効果的な事業をピックアップし、うまく組み合わせて実施することが大切だ。どのように組み合わせるかが、館の腕の見せ所、そして魅力づくりとなるわけである。