一般社団法人 地域創造

高知県 高知県立美術館 「5 ROOMS」

  美術作品を鑑賞するのに最適な空間は、その作品がつくられた場所、すなわちアトリエだといわれる。食べ物はその産地で食すのがいちばんうまいのと同じだ。だが、アトリエを1軒1軒訪ねるわけにはいかないので、かわりに美術館の展示室をアトリエ空間に近づけて鑑賞することになった。美術館が白くて飾り気のない「ホワイトキューブ」に仕立ててあるのは、アトリエを最大公約数的に模しているからだ。

 しかし、アトリエと違って美術館には作者本人がいない。そのため鑑賞者は制作過程を眺めたり、作者と言葉を交わすことはできなかった。ならばいっそのこと、美術館をアトリエにして制作してもらったらどうだろう? これを10人の美術家の参加を得て実現させたのが、高知県立美術館の「5 ROOMS」である。会期を前後2期に分けて5人ずつ若手作家を招き、館内で公開制作してもらおうという企画だ。

 そもそも高知県立美術館では、1999年から「ヤンガーアート」「NO BORDER」などを開いて地元の若手作家の発掘・紹介に努めてきた。「しかし」と主任学芸員の松本教仁氏は言う。「これまでは作品が主眼で、作者の顔が見えなかった。今度は人に焦点を当てて、作家とおしゃべりできるような企画をやってみようと。作品を見ることと作家と交流することは別ですから、今回はコミュニケーションを主目的にしています」。ちなみに同館は今年で開館10周年。これを記念して、幕末から現代の中堅作家までを集めた「高知の美術150年の100人展」を同時開催しているので、その続編として見ることもできる。

 筆者が取材した前期(8月22日~9月7日)は、石井葉子、宇田見ひと美、中平順子、西緑、百田美賀の5人がそれぞれブース内に作品を展示し、そのかたわらで思い思いに仕事をしていた。前期も後期も全員20~40代の女性だ。別に男性を排除したわけではないそうだが、女性のほうが元気がいい上、この年代の男性作家は定職をもつ人が多いからだろう。

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 織物作家の西さんも高校教師という定職をもっているので、毎日来られるわけではないが、「せっかくのチャンスだから」と参加した。西さんいわく、「普段はひとりで集中して織るんですが、今回は気楽にやってみようと。自分もやってみたいと言ってくれる人もいて嬉しいですね」。

 このように普段とは異なる環境で制作し、多くの人たちと接することで思わぬ発見もある。昆虫をモチーフに絵を描く石井さんは、「作品をつくりながら人に説明することで、だんだん自分でもわかってくるものがある」というし、イラストの百田さんは、「完成した作品を見て感想をいってもらうのと、つくりかけを見て言ってくれるのと、どう反応が違うのか、それを体験してみたかった」と語る。また、木版画の宇田見さんは、ワークショップや海外のアーティスト・イン・レジデンスの経験もあるせいか、「今お客さんがどんな傾向の作品を望んでいるのか、市場調査みたいな感じもあります」と、プロ意識をのぞかせる。

 だが、床に描きかけの作品を広げた石井さんを除けば、みんな隅のほうで淡々と制作していていささか活気に乏しい。ある作家が言ったように、「好きな音楽もかけられないし、お茶も飲めない」という規制や遠慮もあるだろう。一方、観客も「作家本人に聞きたいことを聞けてよかった」といった意見が多かったものの、的外れな質問や身の上相談をもちかける人も少なくなかったという。要するにつくるほうも見るほうも慣れてなく、少々とまどい気味なのだ。

 市内で活動的なギャラリーを経営する信田英司氏は、「もっと冒険があってもいいのでは」と注文をつける。高知では美術の層が薄いのだから、美術館側がもっと積極的に交流の仕掛けや見せる工夫をしたほうがいいというのだ。いずれにせよ、これ1回限りで終わらせるのでなく、例えば海外作家も加えて継続していけば、作家にとっても県民にとっても刺激になるに違いない。

(美術ジャーナリスト・村田真)

 

●高知県立美術館 公開制作ワークショップ「5 ROOMS」

[主催]高知県立美術館、高知新聞社
[日程]8月22日~9月28日(前期:8月22日~9月7日/後期:9月9日~28日)
[会場]高知県立美術館
[参加作家]前期:宇田見ひと美、西緑、石井葉子、中平順子、百田美賀/後期:山道、国吉晶子、森田優子、野町佳代、柴田啓子

 

地域創造レター 今月のレポート
2003.10月号--No.102

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