6月29日、日曜日の朝10時。東京・浅草のアサヒビール本社ビル前に止まっていた観光バスに、人々が乗り込んだ。「すみだ・こうとう産業文化ツアー」が出発するところだった。
参加者は約30人。20代から60代と幅広い。深川江戸資料館の職員、久染健夫さんがガイド役となり、日本人形や江戸切子、更紗染め、べっ甲、舞台衣裳工房など、下町のものづくりの現場を訪ね歩く。途中、洋食屋さんでの昼食、横綱町公園での休憩をはさんで夕方5時まで、7カ所を回るという盛りだくさんのツアーである。
これは「アサヒ・アート・フェスティバル(AAF)2003」のプログラムのひとつである「すみだ川モード すみだ川左岸カルチャーツアー」と銘打った企画。AAFはメセナ活動を推進してきたアサヒビールが昨年から3年計画で実施しているアートプロジェクトで、芸術系NPOや市民による任意団体が集まって5月から8月にかけ、アサヒビール本社周辺の隅田川沿いを中心に、現代美術や音楽、映画、パフォーマンスやワークショップなど30以上のイベントを繰り広げている。
「カルチャーツアー」をプロデュースしたのは、ティアラこうとう(江東公会堂)の主事、森隆一郎さん。「ティアラこうとうの職員有志で続けている、地域の文化を掘り起こすという月1回の勉強会がヒントになりました。墨田区、江東区にまたがる隅田川の左岸を、パリのセーヌ川左岸にならって、ひとつの文化圏としてとらえてみたら面白いのではと思ったんです。向島、本所、深川には、江戸時代から続く独特な庶民文化が祭りや習い事などを通じて今でも息づいていますし、ベニサンピットやセゾン森下スタジオなどの、地元の人にはあまり知られていない施設もある。向島ではアーティストが住んで新しい文化も生まれようとしています。子どものころ体験した社会科見学や遠足みたいに、アートや文化でもそうしたツアーができないか、と」
といっても、史跡めぐりなどの“学習モード”ではなく、遊びを取り入れた、魅力あるツアーを目指した。「わざわざ観光バスで大仰に見て回る。そうしたこと自体がパフォーマンスになっているんです」。
「産業文化ツアー」のほかにさまざまなメニューを揃えた。中でも日本でただ一人の縁日研究家・渡辺直氏と門前仲町をめぐる「縁日と粋なナイトツアー」は、定員5人、タクシーを利用して夕方から街に繰り出すというディープでユニークなもの。
AAFは「アートのつくり手と受け手を繋ぐ人や団体の主体的な活動」をすすめることをフェスティバルの主眼に置いている。この「カルチャーツアー」も、森さんが友人である縁台美術家の荒野真司さん、アーティスト・サトウヒトミさんとともに結成しているA.S.O(アブストラクト・ショウ・オーガニゼーション)が主催・企画制作を、ティアラこうとうは協力という体制。「『A.S.O』はまだ名前だけの活動です」と森さんは説明するが、“行政が用意した催し物”ではなく、より自由な発想と運営ができるシステムづくりが進めば、行政と地域の住民との協働で効果的なイベントを打ち出すことが可能になるだろう。
ツアーに参加した会社員の釣井経未さんは「江東区に住んでいても案外知らないことが多くて、参加しました。六本木や汐留など、新しいスポットがたくさんできましたが、それはただ“楽しみを与えてもらう”ところ。今回は、街の人と直接触れ合えたし、人間味があった。参加している人たちでひとつのことをつくり上げているという実感が新鮮でした」と話す。
来年はさらにAAFのほかのイベントと連動した横断的な内容にしたい、と森さん。「例えば水上バスで行われるダンスパフォーマンスと開催時期を合わせたりと、それぞれの団体とのネットワークを密にしたい」。“すみだ川左岸”の文化を掘り起こし、発信を続けることで、地域の可能性がさらに広がっていく。
(土屋典子)
●すみだ川モード~すみだ川左岸カルチャーツアー
[内容]バスツアー「アサヒ・アート・フェスティバルのイベントを全部観てまわるツアー」(6月22日)/まち歩き「日本でただ一人の縁日研究家とめぐる、為になる夜遊び。縁日と粋なナイトツアー」(6月28日、8月15日)/バスツアー「日本のもの作りはスゴイぞ! すみだ・こうとう産業文化ツアー」(6月29日)/バックステージツアー「普段は見られない、舞台の裏側お見せします。」(7月19日)
[主催・企画制作]A.S.O(アブストラクト・ショウ・オーガニゼーション)
[協力]財団法人江東区地域振興会/ティアラこうとうほか
●アサヒ・アート・フェスティバル(AAF)2003
[主催]アサヒ・アート・フェスティバル実行委員会
[全体会期]5月~8月
[メイン月間]6月14日~7月13日
[会場]アサヒビール本社周辺、すみだリバーサイドホール・ギャラリーほか全国各地
地域創造レター 今月のレポート
2003.8月号--No.100