2003年7月1日~4日
●横浜のまちを舞台にした多彩なプログラム
今回の会場は、明治・大正時代の倉庫をリニューアルした施設として話題となっている「赤レンガ倉庫1号館」です。コンベンション施設やオフィス・ビル、ホテルなどが建ち並ぶ「みなとみらい21中央地区」東の港湾部を新たに「新港地区」として整備。そのシンボル施設として、昨年4月にオープンしました。
2棟あるレンガ倉庫は、ショッピング・飲食施設とアートスペースとして生まれ変わり、周囲を取り巻く石畳のレンガパークの向こうには、これまた新建築として全国的に注目されている「大さん橋国際客船ターミナル」を臨む絶好の“視察”スポット。研修希望者も殺到したため、いつもより多い計88名が参加しました。
また、地域における美術館の役割を考える研修として、前回のセッションで実験的に行ったアートミュージアムラボを本格スタート。その第1回として、世田谷美術館の高橋直裕氏をコーディネーターに迎え、「地域の資源を活かす」をテーマに、連日、まち中を歩き回るタフな研修が行われました。
●コースコーディネーター
◎ステージラボ
【ホール入門コース】
間瀬勝一((財)横浜市芸術文化振興財団エグゼクティブディレクター/テアトルフォンテ・リリス館長)
【自主事業入門コース】
津村卓(地域創造プロデューサー)
【自主事業企画・制作コース】
仁田雅士(東急文化村取締役文化事業部長)
◎アートミュージアムラボ
高橋直裕(世田谷美術館 学芸員)
大月ヒロ子((有)イデア代表)
●地元の豊富な人脈を総動員
ホール入門コースのコーディネーターを務めたのは、横浜市芸術文化振興財団エグゼクティブディレクターでテアトルフォンテ・リリス館長の間瀬勝一氏。地元の人脈をフル活用したプログラムは、横浜アートLIVEで演劇ワークショップを依頼している花輪充氏によるコミュニケーションゲームからスタート。音楽を聴きながら、「季節」「風景」「そこでの出来事」をイメージするワークショップでは物語づくりの一端も体験しました。
「こうした音楽の力を借りたワークショップは大学の授業にも取り入れて、学生に物語をつくらせています。文集にして他の大学の学生に読ませ、好きな作品をリーディングしているところをビデオ収録して執筆した学生に見せる。こうすると表現したいという気持ちが自然と育っていく」(花輪氏)
ホール入門コースの中で特に印象深かったのが、日本に10人しかいない本物のホテル・コンシェルジュから「サービスとは何か」について学んだ講座でした。制服姿で登場したパンパシフィックホテル横浜の椙江里恵さんは、鍵を2本クロスした襟章(コンシェルジュの国際組織「レ・プレドール」の正式メンバーである印)を指さしながら、コンシェルジュの成り立ちや「道徳、倫理、法に触れない限りお客さまのリクエストにノーと言ってはいけないよろず承り役」としての仕事を説明。社会人として、ホール職員として、サービスの本質を常に考えているコンシェルジュ・マインドから学ぶことがとても多く、驚かされました。
●椙江里恵さんのお話(要旨)
「レストランのリストはできても、お客様の層や目的によってお勧めできる店は全く違う。リクエストの内容も、そんなことは調べたことがないということに毎日出合うなど、コンシェルジュの仕事はマニュアル化できない。そういうコンシェルジュにとって最も重要な財産が、困った時に相談にのってくれるレ・プレドールの仲間やサポート企業の方々などの横の繋がり。社会人として仕事をしていく上でこうしたコンシェルジュ・マインドがあると、多角的な視野から柔軟な発想で仕事ができるようになると思う。
コンシェルジュ・マインドで重要なことは、(1)顧客意識、(2)マーケティング、(3)セールスの3つ。コンシェルジュの仕事は目に見える利益が発生する仕事ではないが、ホテルをセールスしていることに変わりはない。ホテルには10%のサービス料が設定されており、それに相当する目に見えない利益を生む、サービス料分の価値を担うのが私たちの役割だと考えている」
●充実の創作ワークショップ
自主事業入門コースの目玉が、創作ワークショップです。まず、ステージラボですっかりお馴染の朗読家兼プロデューサー、能祖将夫氏によるクラシック音楽と絵本と詩を使ったワークショップが行われました。
「子どもの頃に絵本を読んでもらって以来、落語好きは別として、人間の肉声を通じて物語やイメージを受け取る機会がなくなり、バッタリ経験が途絶えてしまう。ワークショップで人間の肉声を通じて場全体がイメージを共有することはとても豊かなことだというのを思い出してもらえたら」と能祖氏。
ピアニストの白石光隆さんとソプラノ歌手の大森智子さんの協力で、演奏を交えた詩の朗読を鑑賞した後、「青い鳥」の物語に受講生の “自分史”を織り込んだオリジナルの“音読劇”(音楽+朗読)づくりにチャレンジしました。
「自分が幸せだと思う時は? 身近な死の思い出は?」という質問で掘り起こした自分史を、「青い鳥」を探す旅の途中でチルチルとミチルが訪れる「幸せの国」や「思い出の国」のエピソードとして織り込むという趣向で、あっという間に「自主事業入門コース2003版・青い鳥」が完成。自分史の中にあるオリジナリティを発見するワークショップとなりました。
また、南河内万歳一座の主宰、内藤裕敬氏による戯曲ワークショップも、芝居の醍醐味を味わわせてくれる楽しいものになりました。
「ものを見る目、判断する能力をもっていないと、才能のある人をダメにしてしまうかもしれない。例えば、戯曲を読む場合、この戯曲はつまらない、と思ったら逆に気をつけた方がいい。自分がつまらなくしか読めないのかもしれないと疑って、面白く読む作業をしないとダメ」と、戯曲に臨む心構えからスタート。その後、書き方のコツを伝授された受講生は、「部屋に帰ってみると、脅迫状が届いていた」という設定で30分間の作文タイムに突入しました。
●戯曲を書くコツ
一、戯曲は会話で成り立っている言葉遊び。文字は書く段階では記号のままとし、言葉として発して初めて意味がでてくるように、文字の段階で意味を説明してはいけない
二、落ちを考えるとそこにまっしぐらに向かって広がりがなくなるので、先に落ちを考えてはいけない
三、自分の思いつきは大切にしたほうがいいが、たいがいのことは誰かが先に思いついている。自分さえ思いつかないことなら誰も思いついていない可能性があるので、自分でも思いついていないことに向かって書け
四、身近なことから発想すれば自分のオリジナルになる
娘が見つけた封筒だけの脅迫状を本気にしない母の話、友達のいたずらだと思った関西人の話など、短い時間にもかかわらずいろいろな作品が完成。
「母娘の話には、娘を心配しない母というルールができている。ここを展開していくと母を心配させたい娘の狂言という話に発展する」といった解説が付く度に、どの会話劇にも創作のシーズがあることがわかってくる。その演出家マジックに受講生たちはすっかり魅入られていました。
●徹底的にまち歩き
「これまでの美術館の固定概念をかなぐり捨てて、新しい美術館の姿を追求してほしい」という高橋氏の檄を受けて、アートミュージアムラボの受講生たちは連日まちに飛び出し、最終日に発表する、横浜をモデルにした「地域の資源を活かした企画」づくりのための取材活動を行いました。旧居留地、遊廓もあった歓楽街、中華街、新しく開発されたみなとみらい21地区、高級住宅街の山手など多彩な顔をもつ横浜は、素材としてとても魅力的だったのではないでしょうか。
最終日の発表では、こうした異なるまちの風景の中で出会った子どもたちを撮影する写真展(実際に撮影した子どもたちの写真付きでプレゼン)や、川のまちでもある横浜の橋に注目して調査したチームの発表など、足で稼いだ企画が満載でした。
まち歩きカリキュラム以外で最も印象に残ったのが、横浜美術館「子どものアトリエ活動」の見学と体験です。同美術館では施設構想段階から子どものアトリエをつくるという方針があり、開館以来、15年にわたって「学校のためのプログラム」への取り組みが行われてきました。今回は、幼稚園児を対象にしたギャラリー・ツアーを見学し、子どもたちのための紙素材を使ったワークショップを実際に体験しました。
ギャラリー・ツアーでは、指導員の三ツ山一志さんが、「美術館に来たら、僕はこう思う、私はこう思うと、自分で決められることが大事」と、子どもたちに話しかけながら、作品の感想を引き出していました。
「学校教育における美術の授業は“描き方を教える”から“好きなものを描いてもらう”に変わってきた。じゃあ、つくりたい気持ちは誰が育てるのか? 好きなことをやれと言われても技術的・経験的な裏付けがないとたいしたことはできない。できることが多い人ほど自由度が高くなるなら、できることを増やすための基礎的な訓練はどうやるのか? 技術は繰り返さないと身に付かないが、子どもに繰り返させるためには強制するか、楽しくするしかない。学校のためのプログラムでは、子どもたちに繰り返させるために、“美術館って楽しいなあ”“自分でやるって楽しいなあ”という体験をもって帰ってもらえるような活動をしています。私たちが子どもたちに活動を提供できるのは『一期一会』。一度きりの出会いの中で何が提供できるかをやっているのが私たちの教育普及事業です」
現場から込み上げてくるような三ツ山さんの言葉に受講生は圧倒されていました。
●商業ホールのプロデュースに学ぶ
東急文化村文化事業部部長の仁田雅士氏がコーディネーターを務めた自主事業企画・制作コースでは、自らがプロデュースを手がけたオペラ『マダム・バタフライ』の記録映像などを題材に、商業ホールのノウハウが惜しみなく提供されていました。
「制作段階での僕らの仕事は、換気、温度、湿度の調整をはじめ、いかに歌いやすい、仕事しやすい環境をつくるかということ。プロデュースというのは“企画”、演奏家やスタッフがつくりだす“場”、“観客”という3つの要素のどこかが突出してもうまくいかない。このバランスが崩れないよう、常に心がけている」というプロデュース論は、自主事業を考える時の座右の銘にできる言葉ではないでしょうか。
このほか、みなとみらいホールのパイプオルガンを開放して行われた共通ゼミ「パイプオルガンを身近に感じよう」は、横浜市芸術文化振興財団の心のこもったラボ受講生へのプレゼントになりました。
専属のオルガニストを抱えるみなとみらいホールでは、1ドルコンサートや夏休みの子ども向けワークショップなど、パイプオルガンを活用した事業をたくさん企画しています。今回の共通ゼミでは、ステージに座布団を敷いて行っている子ども向けワークショップをベースに、小学生の手づくりパイプオルガンを使って楽器の仕組みを説明した後、希望者が演奏にチャレンジ。調律体験も企画していただくなど、ぜいたくなプログラムとなりました。多大なご協力をいただきました横浜市芸術文化振興財団の皆さまに心よりお礼申し上げます。
●ステージラボ・アートミュージアムラボ横浜セッション スケジュール表
●ステージラボに関する問い合わせ
地域創造芸術環境部
鈴木・福井・富士原
ステージラボ:Tel. 03-5573-4076
アートミュージアムラボ:Tel. 03-5573-4068