とちぎ生涯学習文化財団では、アーティストや市民を対象にした「とちぎ舞台芸術アカデミー」(※1)を1999年から開講してきた。今年度から新たに「普及啓蒙部門」を設け、クラシックの新進演奏家を小中学校に派遣する学校訪問演奏会「音楽ってすばらしい! 学校でこんにちは!」をスタート。5月13日から6月12日まで県内の小中学校7校で出前コンサートが実施された。
地域に密着した市町村立ホールではこうした地元へのアウトリーチ事業が増えているものの、県立の財団がこれだけ本格的に取り組む例はまれ。「栃木県総合文化センターが宇都宮に立地しているため、どうしても事業がその周辺に偏ってしまう。県の財団としてアカデミーのような育成事業を県内に広げるためにはどうしたらいいか考えた企画のひとつがこれです」と、野中正知さん(財団のアカデミー統括担当)。
6月11日。栃木駅から車で20分ほどの山間にある全校生徒49名の栃木市立寺尾南小学校で行われた事業の模様を見学した。コンサートを前に給食を囲んで演奏家と子どもたちが和気あいあいと歓談。この日は「県民の日」の特別メニューで「普段着の交流ができるよう給食を一緒に食べてもらっています。演奏家に地元のことを理解してもらういい機会にもなりますし」と野中さん。保護者や先生たちも参加して音楽教室で行われた本番では、ロングドレスなどの正装に着替えた演奏家が楽器や曲目の解説を交えながら、10曲余りを披露した。宮崎駿のアニメメドレーでは口ずさむ子どももいて、ラストは子どもたちが手話で『となりのトトロ~さんぽ』の演奏に参加する一幕も。
今回派遣されたのは、とちぎ舞台芸術アカデミーで実施されている新進演奏家のコンクール「コンセール・マロニエ21」の最優秀賞を獲得した田口美里(ヴァイオリン)、渚智佳(ピアノ)、牛腸和彦(トランペット)の3名。
「食事をした時に子どもたちが手話で歌ったことがあると言っていたので参加してもらいました。こういう事業ではこんな風にコミュニケーションをとりながら演奏できるところがとてもいいと思います」と渚さん。
事業にあたっては、昨年の8月に県下の全公立小中学校615校に企画書と要項を直接郵送して参加を希望する学校を募集。小学校47校、中学校13校の計60校という予想を上回る申し込みがあったため、1年20校ずつ、3年かけてすべての希望校を回ることにしたとか。今回の春シリーズでは弦楽アンサンブルを、11月からの秋シリーズでは声楽アンサンブルを派遣。2月の冬シリーズでは益子町の意向を受けて、町民会館に町内7校の生徒を集めて弦と声楽を合わせたコンサートを計画している。
「コンクールから若い演奏家がどんどん育ってくるのに、鑑賞事業の聴衆は減る一方。親がホールに連れて行かない限り生の演奏にふれることができない子どもたちに鑑賞の機会を提供すれば少しは違ってくるのではないか、それとマロニエの受賞者にももっと発表の機会をつくってあげたいという思いがありました」(野中)
アンサンブルでオーケストラの大曲をいくつも取り上げてチャレンジするなど、演奏家が編曲などプログラムづくりに意欲的に参加しているのが印象的だった。一歩間違えると安易になりがちな派遣事業だが、一方で地道に演奏家を育て、信頼関係を培ってきた財団ならではの底力のある事業だった。
(坪池栄子)
※1 鑑賞事業主体だった栃木県総合文化センターが5周年を機にスタートさせた育成事業を体系化したもの。音楽部門の新進演奏家コンクール「コンセール・マロニエ21」、舞踊部門のロシア国立ワガノワ・バレエ・アカデミーと連携した留学オーディション、演劇部門の一般市民を対象にしたドラマスクール、創作部門の「オペラ『日光』」プロデュース事業など。
●「音楽ってすばらしい! 学校でこんにちは!」春シリーズ
[出演者]田口美里(ヴァイオリン)、渚智佳(ピアノ)、近藤千花子(クラリネット)、牛腸和彦(ごちょうかずひこ トランペット)
※クラリネットとトランペットは交替で参加
[日程]5月13日/黒磯市立寺子小学校、14日/西方町立西方中学校、15日/烏山町立境中学校、16日/上三川町立明治小学校、6月4日/宇都宮市立瑞穂野中学校、11日/栃木市立寺尾南小学校、12日/宇都宮市立宝木小学校
●とちぎ生涯学習文化財団
2000年設立。財団法人栃木県総合文化センター、財団法人栃木県生涯学習振興財団、財団法人栃木県文化振興事業団を統合したもの。91年に開館した栃木県総合文化センターの運営のほか、生涯学習関係の各種県民講座などを実施。
地域創造レター 今月のレポート
2003.7月号--No.99