一般社団法人 地域創造

制作基礎知識シリーズVol.17 ホール職員のための文化政策の基礎知識(2) 文化政策の構造

 ―自治体の個性を生かした「理念」「政策」「計画」「事務事業」を体系的に組み立て―
 講師 中川幾郎(帝塚山大学法政策学部教授)

 

●「政策」は企画・管理部門の独占領域ではない

 現場は「政策」の下請け部門であり、「施策」「事業」だけの実施部門であるような観念が一部にあります。つまり「政策」立案は、総務、企画、部局別の管理部門の担当であり、現場は黙って従っておればよい、という縦割り序列的な考えです。これは誤りであり、実はどのように細やかな施策・事業領域にも「政策」が反映されているのですから、現場こそより視野の広い「政策」的思考をもたなくてはならないのです。要するに、事業現場と政策理念、政策目標とが密接に繋がっていなければなりません。言い換えますと、事業現場からも「政策」企画、提案があって、初めて予算段階(施策確定プロセス)での政策討議が予算担当者との間で成り立つはずです。

 下の表を見てください。理念なくして政策なく、政策なくして計画なく、計画なくして実施なし、というのが本来の姿なのです。経営の世界では、理念を「使命(Mission)」と考え、政策に相当する次元をさらに詳しく、「目標(Objective)」と「戦略(Sarategy)」に分けます。また計画・施策に相当する次元を、「戦術(Tactics)」と考えます。そして、実施(事務事業)の次元を「遂行(Execution)」と「管理(Control)」に分けます。

 この6段階論では、文化ホールの使命確認、目標設定、目標実現のための戦略構築、戦術的資源配置・計画作成、実行技術鍛錬、遂行のための進行管理が必要である、ということになります。ところが自治法改正前の機関委任事務型業務の場合は、理念(使命)を形づくったり掘り下げたりする必要もなく、また政策目標も先験的に固定化されていました。自治体職員は、法律・政令・規則・通達、マニュアルに依存して予算を作成し、かつ事務事業をする習性が身に付いてしまったのです。

 いわば、使命感もなく、政策(戦略)的発想も持たず、個別分野における計画・施策(戦術)のたこつぼに押し込められ、実施段階での作業に習熟することが要求されたわけです。しかしながら、文化ホールの運営・事業企画は、そのような機関委任事務型思考とはもともと無縁な独自領域のはずではなかったでしょうか。にも関わらず、やはり機関委任事務型思考法に追い込まれてしまうのは、基本的な理念・使命の構築(再構築)がなされず、目標設定の努力もなされていないからではないか、と考えるべきでしょう。

 

表 政策の構造

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●それぞれの主体的な文化ホール「政策」を確立しよう

 文化ホール、と一くくりにしますと全国共通の存在理念があるかのように見えます。たしかに、ホール建設や事業に関わる国や都道府県の補助金要綱等にも、それらしき記述があります。またホール竣工時のパンフレットなどにも、時の首長挨拶が掲載されており、抽象的ではあれ、それなりの建設・運営理念が掲げられています。しかしそれらは本当に「政策」に反映されるべき価値概念を明確にし、方向性を示しているのでしょうか。

 自治体の文化振興ビジョンなども理念を掲げています。ところがその多くは、余りにも抽象度が高すぎて空疎に響く印象があります。さらに、理念と施策レベルとの間を繋ぐ「政策目標」が設定されておらず明確ではない、というのが大半です。自治体文化政策の展開現場である文化ホールの理念は、当然にその自治体の個性、地域特性、アイデンティティを踏まえていなければなりません。さらに、ホール規模の大小や立地特性によっても存立理念は変わるはずです。市民の文化的権利実現を第一理念に掲げ、併せて地域コミュニティの活性化を意図しようとする小型ホールと、都市政策の戦略拠点として都市アイデンティティ情報発信、訪問人口獲得、産業としての芸術をインキュベートしようとする大規模ホールなどとでは当然に理念の据え方も変わるはずです。

 この基本理念確立は、さまざまな価値の内、どのような価値実現を追求し最優先するか、という自己確認と外部への宣言でもあります。あれもこれもでは、やはり政策(戦略)目標が分散して力も分散するので効果(有益な社会的変化)を発揮できません。「小出郷文化会館」の建設をめぐる住民参加の基本コンセプトづくりは、まさしく地域に根ざした有効性がある理念形成と、目標が明確な政策形成プロセスの優れた実例です(※1)。

 コンセプトという用語は本来「概念」という意味であり、戦略までを意味しませんでした。ところが戦略は理念なくしてありえない、という前提から「戦略」までを意味するようになりました。自治体文化ホールは、地方への平均的な芸術・文化事業配給の下請け機関ではありません。主体的(自己決定)、個性的(地域課題に対応)とならざるを得ない自治体文化政策実現の大きな拠点なのです。そのためにも、それぞれの文化ホールが自ら存在理念と政策「目標」つまりコンセプトを問い直し、そこから施策、事業を組み立てていく必要があります。
※1 小林真理、小出郷の記録編集委員会/編著『小出郷文化会館物語-地方だからこそ文化のまちづくり』(2002年/水曜社)参照。

 

●評価ではアウトプット(産出量)とアウトカム(成果)とを混同しない

 経済学の世界では、「投入費用(コスト)」を「インプット」と言います。これに対して産出される「財・サービス」を「アウトプット」と言います。投入費用を軽減させることを「コストダウン(経済性追求)」と言い、一定コストで産出されるアウトプットを増やすことを「効率性追求」と言います。事業計画(予算)の段階では最適資源の配置を行って効率性を事前に追求し、事業実施段階で所与の資源を節約するコストダウンを追求します。これらのことは、事業担当者としては常識の世界でしょう。

 ところが本当の課題は、アウトプットがどのような「アウトカム(成果)」をもたらしたか、なのです。市民会館収益事業としてクラシックコンサートを行ったところ、90%の入場者数が達成できたとしましょう。まずまずのアウトプットです。ホール事業が財団等の独立採算事業である場合は、財団としての活動資源獲得のための収益事業を行うことももちろん大切です。収益事業の場合、アウトプット(入場者数)がアウトカム(収益)の上昇と単純に連動します。これ以外にも、アウトプットの増加が、比例的にアウトカムに繋がるケースは沢山あります(※2)。

 しかし、公共ホールの使命はただ収益を上げるためだけにある訳ではありません。社会開発型事業や地域アイデンティティ形成型の、必ずしも収益につながらない事業も開拓していかなくてはなりません。ここでは、成果目標及びそれと連動する「指標(ベンチマーク)」を探し、また因数分解するように細やかにしていく必要があります。ホールの自主事業などでは、本来それがどのように有益な社会的変化を期待して行われたのか、その結果はどうであったかが問われます。初期効果の低い啓発的事業であっても、効果を示す目標値が何らかの形で示され、中長期的な評価がなされるべきです。市民の一般的教養向上のためとか、やること自体に意味があると居直っていたのでは決してその答えになりません。

 また、表面的な「顕在需要(ディマンド)」だけに対応するのではなく、「潜在的な需要(ニーズ)」にも対応していかなくてはなりません。いわば、能動的なマーケッティングの努力が必要なのです。顕在的・潜在的需要の把握と、これに対応したサービス(商品)開発をしなくてはなりません。しかし、顕在的需要や観客動員数ばかりを意識していると、少数者のニーズや多数市民の潜在化した期待を見落とす危険もあることを注意すべきです。このディマンドとニーズの違いは、社会教育の世界で言う「要求課題」と「必要課題」への対応の違いと言ってもよいでしょう。
※2 一人暮らしのお年寄りへの声かけボランティアが増えると、独居老人の孤独死が減る、というような場合はアウトプットとアウトカムの比例関係がある、と見るようなケースである。

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