●理事長あいさつ
◆新年のごあいさつをさせていただく前に、昨年11月21日に急逝された高円宮殿下のご冥福を心よりお祈り申し上げます。高円宮殿下は、芸術文化に造詣が深く、国際交流基金でのお仕事などを通じてご活躍されていたのに加え、日本サッカー協会名誉総裁を務められるなど、スポーツの振興に大変な尽力をされた方です。特に、昨年開催された日韓史上に残る「2002FIFAワールドカップ」では、皇族として戦後初めて韓国を公式訪問され、両国の架け橋という重責を見事に果たされました。私は、日本組織委員会事務総長として、開会式をはじめ試合観戦等を何度もご一緒させていただき、スポーツへの愛、ネイティブも驚く英語力、気さくなお人柄などを直接存じ上げていただけに、今後のご活躍を思えば思うほど、本当に無念でなりません。改めて、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
◆私は、日頃から「感動(市民の多様な感情の表現)なくして人の成長や地域の発展はない。そのためにもスポーツや芸術文化は地域に不可欠だ」と言っていますが、ワールドカップでもたくさんの“感動”に出合いました。閉会式で全国の小学生がつくった270万羽の折り鶴を「夢のつばさ」と名付けて飛ばした時、それを拾った人が折り鶴に添えてあった学校の名前とメッセージを見つけ、「270万分の1の縁」に感動して文通を始めたそうです。また、フーリガンがイングランドのユニフォームを着て温かく応援する日本人サポーターに感激し、札幌の大通り公園で朝まで交流していたという話も聞きました。スポーツにせよ、文化にせよ、みんなが心を一つにして取り組めば、巧まずしてこうした交流が生まれてくる。私は、この交流こそが人や地域や社会を動かす大きなエネルギーになると信じています。
◆ワールドカップの最大の成果は、これまで「最も近くて最も遠い国」と言われていた日韓両国の国民の心を近づけたことではないでしょうか。「日本組織委員会の問題は韓国組織委員会の問題、韓国組織委員会の問題は日本組織委員会の問題。両国が共に成功して初めて共同開催の意義がある」との信念で、多くの課題を粘り強く解決していった成果だと自負しております。特筆すべきは、日本の若者がワールドカップをきっかけにして初めて韓国と向き合ってくれたこと。ベスト4に進出した韓国チームを日本の若者が一生懸命応援している姿を見た時、日韓共催で本当に良かったと思いました。
◆財団法人地域創造では、今年度の調査研究事業として有識者の方々を招いた「これからの地域文化施設の在り方」と「地域文化施設における財団運営」に関する両調査研究会、さらには芸術文化関係の専門家と意見交換するアドバイザリー会議を開きました。平成16年度の財団設立10周年に向けて、財団の事業の方向性を検討する上からも、貴重なご意見をお聞きすることができました。みなさんが異口同音に指摘されたのは、文化施設の運営にとって最も重要なのは「人」だということです。こうした人材をどうすれば地域で確保し、また育てられるのか─地域創造としても手助けができる仕組みを、真剣に考えていきたいと思っています。なお、「財団運営に関する調査研究」報告書については近々発行する予定ですのでご覧いただければと思います。
◆自治体が自主的、自立的に地域づくりを行うという地方分権の流れの中で、文化行政は今後ますます重要な役割を担っていくと思われます。現在、公立ホールは、地方自治法第244条の「公の施設」に分類され、公平平等な使用が定められていますが、地域がより自主的、自立的に活用できるよう、法改正を視野に入れた見直しの時期にきているように思います。個人的にはこうした提案も含めて、検討していければと考えています。最近の動向を見ると、これまで教育委員会が所管することの多かった文化施設を市長部局、知事部局で所管するところが増えています。それは市民の多様な文化(感動)を求めるニーズが首長を動かしている表れだと思います。こうした市民の意向を大切にすれば、各地で進んでいる市町村合併についても、地域の体力が増すことで文化施設の役割分担と個性化が進み、より一層の発展に繋がるのではないかと期待しています。
◆さて、本年度も「ステージラボ」「ステージクラフト」といった人気の研修事業をはじめ、東京都との共催で大規模な催しとなった「アジア舞台芸術祭/芸術見本市」、「公共ホール演劇製作ネットワーク事業」「リージョナルシアター・シリーズ」など、財団の自主事業に対し多くの方々にご協力、ご参加をいただきました。心よりお礼申し上げます。徳島県山川町でマリンバの浜まゆみさんとチェロの唐津健さんが行った「公共ホール音楽活性化事業」のアクティビティに私も参加しましたが、アーティストと同じステージ上でマリンバのバチが魔法がかかったように動くのをギラギラした目で見つめていた子どもたちの顔が忘れられません。あれだけの感動を子どもたちに伝えることができる生の体験の重要性を改めて感じました。財団設立10周年に向けて、こうした事業をより発展させ、地域の皆さまに喜んでいただけるような新たな地域振興策を検討してまいりたいと思っています。地方公共団体の皆さまをはじめとして関係者の方々のより一層のご理解を、心よりお願いする次第です。
(聞き手:坪池栄子)
●遠藤安彦(えんどう・やすひこ)
1940年生まれ。自治省事務次官を経て、1998年2月から財団法人地域創造理事長。12月1日に大阪城ホールで行われた佐渡裕指揮による「1万人の第九」を聞いて大感激したとのこと。「1万人の合唱団に対して聴衆は7千人だから、それは凄い迫力。1年かけて練習しただけあって1万人の合唱がぴったり合っていて。今回の練習で見違えるほど上達したという学生オケの演奏も本当に素晴らしく、ウィーンフィルから参加していた招待演奏家たちも涙を流していたそうです」