講師 草加叔也(劇場コンサルタント/空間創造研究所代表)
劇場・ホールを管理運営していく上で、さまざまな不測の事態を想定し、それによって発生するリスクを最小限に止めるような対策を講じる必要があるのは言うまでもない。しかし、現実にはコストがかかりすぎる、イベント主催者にアマチュアが多いといったことなどが要因で、充分な対応がとられているとは言い難い。今回は、「ホールの防災と安全管理」の最終回として、そうした不測の事態に対応する「補償と保険」について紹介する。
ただし、ここではあくまで最も代表的な対策について紹介するものであって、個々の具体的な案件については個別に検討が必要となることをお断りしておきたい。
●不測の事態で想定される損害
劇場・ホールで「不測の事態」が発生した場合、事態によっては、公演やイベントを主催する側は有形無形の損害を負うことになる。主催者が負うことが想定される損害は以下のようなものが考えられる。
◎費用的な損害
予定していた公演やイベントが不測の事態により変更、延期、中止された場合の費用的な損害。既に支出した費用に加えて、事態を周知するための告知費用やチケットの返券手数料など二次的に発生する追加費用など。
◎鑑賞者などに対する賠償
公演やイベントなどに参加した観客、鑑賞者など第三者の身体や財物に対して、損害を与えた場合に発生する法律上の損害賠償。
◎出演者などに対する賠償
公演やイベントなどの主催者、出演者、スタッフなどがその公演中に怪我を負ったり、死亡することによる賠償。
◎財物的な損害
公演やイベントなどを行う劇場・ホールなど会場の施設あるいは設備、またそこで使用する機材や展示品などの火災、破損、減失、盗難などによる損害。
●損害を補う保険
これまでも述べてきたように、劇場・ホールでは、「多くの鑑賞者を一時的に集める」「生身の人間が演じ、演出する舞台芸術を媒介とする」「劇場・ホールという特殊な建築施設や設備で上演を行う」といった特別な条件を考慮したリスクマネジメントが求められる。だからと言って劇場・ホールが特別に危険性が高いということではない。しかし事故や損害が発生しないように事前の予防措置を講じることは何にもまして重要なことである。その上で、一般的な想定を超えて起こりうる不測の事態に対する措置を講じるのは、劇場・ホールの設置者あるいは管理運営を行う主体の社会的な責務であり、舞台芸術やイベントを主催する主催者も同様である。
こうした不測の事態によって引き起こされる損害に対し、最も一般的な手当ての方法が「保険」である。例えば、よく耳にする「イベント保険」がその代表的なものである。商品名としてこのような名前の保険を扱う保険会社もあるようだが、一般的にいくつかの損害保険を組み合わせた総合保険の総称として用いられている。以下に、「イベント保険」と総称される保険の具体的な内容や特徴を整理してみた。
◎興行中止保険
公演やイベントなどが悪天候や出演者などの偶発的な出来事、劇場・ホールの事故や不備により中止、中断をされた場合、被保険者である主催者に対して、それまでに支出された費用、例えば会場費(設営費を含む)、人件費(アルバイトや警備等を含む)、交通宿泊費、広告宣伝費、大道具製作費、各デザイン料、諸経費(食費、運搬費等)などに加えて、中止や延期の告知、チケットの払い戻し手数料などに必要な費用を加えたものの一定額(約8~9割程度)が支払われる。
◎賠償責任保険
公演やイベントなどを行う劇場・ホールの構造や設備の不備、管理上の手落ちや不手際などにより観客や鑑賞者など被保険者である主催者側以外の第三者に対して身体的な怪我を負わせたり、財物を壊したり盗まれた場合に発生する法律上の賠償損額(治療・入院費、休業損害、慰謝料、財物の修理費等)に対して一定の保険料が支払われる
◎傷害保険
公演やイベントなどの出演者や仕込みから本番、撤去などに関わるスタッフなど主催者側に属する者が負った怪我や事故に対して入院保険金等(手術、通院、付添看護等保険)や後遺障害保険金、死亡保険金などが契約内容によって一定額支払われる。ただし、イベントの内容によっては参加者を含めた保険として扱われることもある。
◎動産総合保険
公演やイベントの仕込みから撤収までの期間における火災、盗難、破損、事故などにより劇場・ホールの施設や設備を壊した場合や使用する大道具、小道具、衣裳そして楽器や音響照明機材に生じた損害を補償する保険である。
以上の「イベント保険」は、実際に行われる事業やイベントの内容により個々にカスタマイズ(特約契約)して用いるが、市民が運営に携わるケースなどはその補償対象を特約として広げることもできる。また、劇場やホールといった特定の施設での活動を対象とした総合保険として設計することもできる。
なお、保険は、個々の契約内容に応じて免責事項や補償範囲が定められるので、上記に例示した内容がすべて補償されるわけではない。
●ボランティア活動の補償
各地で実施されているボランティア活動やワークショップ事業については、「ボランティア保険」「レクリエーション保険」でカバーすることができる。どちらも一般的には傷害保険と賠償責任保険を組み合わせたセット保険となっている。
ボランティア保険は、年間の活動を通して、本人の傷害から活動中に第三者に怪我を負わせたり財物を破損させた場合を補償する。保険会社にもよるが、一人当たり年間300円程度で加入できるものもある。もちろん、ボランティア行事を対象としたものやNPO法人を対象とした保険も取り扱われている。
またワークショップなどの活動を対象とした保険として「レクリエーション保険」に加入する例が多い。一般には一日を単位として参加者全員が同一の条件で加入する。保険料は対象となる活動によって異なるが、簡易なものであれば一人一日当り50円程度から加入できる。ただし、保険会社によっては最小単位の参加者数や宿泊を伴う場合の特例を定めている場合もある。
●全国公立文化施設協会(公文協)の保険
公立文化施設(およびその管理を請け負っている業者)を対象にしたイベント保険が公文協によって加盟団体向けに設計されている。詳しい資料は公文協事務局に問い合わせをしていただきたいが、主な保険内容は以下の通り(「舞台芸術と法律ハンドブック」(芸団協出版部発行)より作成)。
◎公立文化施設賠償責任保険
施設の設置・管理・運営に問題があったために事故が生じ、その施設が法律上の損害賠償責任を負担しなければならなくなった場合に、その賠償損害額を補償する保険。必要に応じて「施設管理責任」「受託物管理責任」「駐車場自動車管理責任」の補償を組み合わせることが可能。
◎公立文化施設災害補償保険
災害、落雷、爆発などの万一の災害時、また偶然の事故により利用者が怪我をした際に、被災者やその親族等との対応に要する費用(被災者対応費用補償)や被災者への見舞い費用(傷害見舞費用補償)が支払われる保険。
◎施設管理請負業者賠償責任保険
公文協に加盟している施設から、施設のメンテナンス、清掃業務や舞台施設の運営、維持、管理業務(日常および夜間の警備業務を除く)を年間請負契約により請け負っている業者の管理・運営に問題があったために事故が生じ、法律上の損害賠償責任を負担しなければならなくなった場合に支払われる保険。
◎公立文化施設自主事業中止保険
公文協に加盟している施設が主催して屋内で開催する自主事業の中止による損失を補填する保険。台風・雪害、悪天候による交通遮断、落雷による停電、出演者の交通事故、会館設備のトラブル、その他の原因で中止または延期した場合、被った損失の90%または契約金額を上限として保険金が支払われる。屋外など対象外となっているものについても別途保険をかけることは可能。また、事業開催が危ぶまれるような事故が発生した場合、さまざまな努力によって中止を回避できた場合にかかった費用をカバーする特約(中止回避費用特約)を設けることも可能。
以上、保険はあくまでも不測の備えなので、日常的に安全管理を怠らないことが最も重要だということを改めて再確認していただきたい。
※参考文献
「舞台芸術と法律ハンドブック-公演実務Q&A」
[定価]2300円(本体)
[発行]社団法人日本芸能実演家団体協議会(芸団協)出版部
Tel. 03-5353-6606